みんなで初詣、できる限り……ずっと一緒に
拝殿から少し離れた場所、その左側にある二本の楠の木――夫婦楠の前。
一緒に訪れた誰よりも先に参拝を終えた千恵子とアカーシャは、ここで彼らを待っていた。
「で、なんで引っ張ったの? なんか理由があるのでしょう?」
列を変えて参拝を終えたところまでは、良かった。
二人っきりになれたことが嬉しかったようで、満面の笑みを浮かべていたほどだ。
けれど、その直後。
アカーシャはどういうわけか執拗にベタベタしてきた。
それどころか、聞いてもいないのに、「旦那様は、なにをお願いするのだ? 我は旦那様と一緒に居たいと願ったのである!」と、自らの願いを口に出してきたのである。
(まーたいつもみたいに、なんかよくわかんない持論を持ってきて勘違いしただけかなって思ってたけど――)
実に見事な読みをみせる千恵子である。
しかし……。
(なんでそんな顔してるのさ……)
自分の目の前、夫婦楠の前に立つ、アカーシャはどこか寂しそうで、このまま何も聞かず放って置くことはダメだと感じて。
「言いたいことがあるなら、言ってよ? そんな遠慮する仲じゃないんだし」
初めの頃のように、同情してとかではなくて、アカーシャの心の内を読んで、それを後押ししようとした言葉でもない。
――ただ、気が付いたら自然にそう口にしていた。
支え合いたいと。
一緒になんでも解決したいと。
理屈ではなく、魂から湧いてきた混じりっ気のない本心であった。
その声が、言葉がアカーシャに届いたようで、【千恵子の嫁】とプリントされた赤色パーカーの袖をギュッと握るとゆっくりと口を開いた。
「うむ。その少し……」
「少し?」
「嫉妬してしまったのだ」
「いや、誰によ……もしかして、マナちゃんとか?」
「違うのである」
「じゃあ、誰さ」
「神なのだ……」
「いや、神って……」
呆れて物が言えないとはまさにこういうことを指すのであろう。けれど、全てを乗り越えてきた千恵子は、そうは思わなかった。
(……うん、最後までちゃんと聞こう)
首を振って自分の言葉を紡ごうとしているアカーシャに耳を傾けた。
「……初詣という文化はわかるのだ」
「うん」
「でも、お願いなら我が聞くのだ。だから我にお願いして欲しいのである」
「いや……」
「それとも……旦那様の願い事は、我に頼めないものだったのか?」
「違うけどさ」
そう違う。
けれど、あまり口にしたくないものであったのだ。
千恵子が視線を外そうとも、アカーシャは引くことはなく、一歩前に踏み出して、ズイッと詰め寄った。
「じゃあ、言ってほしいのだ」
(めちゃ真剣だし……)
真っ赤な瞳には、自分の姿が映っていて、それ以外は入れたくない。そんな意思すら伝わってくる。
「はぁ……わかった。言うよ?」
「うむ」
観念した千恵子は、白い息をゆっくり吐き出しては、吐いてを繰り返すと、アカーシャの目を真っ直ぐ見つめて、
「アカーシャ……できる限り一緒にいて……私が亡くなるその時まで」
そう口にした。
今までも頭の片隅に過っては消えてを繰り返していた。
本当は言いたかったけど、言えなかった言葉。
口にしてしまうと、終わりがくる日をちゃんと意識してしまうから。
そして、きっと自分が亡くなった後もアカーシャは、想い続けて、誰よりも哀しむことがわかっていたから。
だから、この神様に願った。
《どうか、できるだけアカーシャと一緒に、できるだけ長く、この皆と笑顔で過ごせますように》と。
(あはは、重いなー……我ながらさ……)
自分の言葉を耳にしたことで、その重みと独占欲を感じて苦笑いしてしまう。
(まさか、私がこんなに誰かのことを好きになるなんて……)
参拝客の足音も、鈴の音も遠くに聞こえて。
今、目に映るのは、アカーシャただ一人。
なんとも、いい雰囲気が漂う中。
その想い人アカーシャが返した言葉は――。
「ぬわぁぁぁぁーーーーーん!!! よがっだのだぁぁぁ……グスッ……我も一緒に居たいのだぁぁぁぁーーーー!!! ズル、ズルルゥ……ずっと言ってほしかったのである……! というか、亡くなっても一緒にいるのだぁぁぁーーー!」
鼻水――いや、心の涙を全パージしてからの、千恵子の胸元にダイブであった。
全てをぶち壊してしまう最強嫁爆誕である。
まぁ、元々、常識など通じはしないのだけれど。
(てか、生と死の概念をさらっと飛び越えるのやめて……シュール過ぎるから)
骨になっても手を繋いで歩きそうな勢いに、千恵子は苦笑い――でも、少し泣きそうになって、
「こらこら……わかったから、鼻水拭きなって――」
蝙蝠の形をしたポーチから、ティッシュを取り出し、えらいことになっている、心の涙を拭き取る。
「ムウ……ありがとなのだ」
(ふふっ、可愛いんだから)
実に二人らしいやり取りを繰り広げていると、どこからか声が聞こえてきた。
「やっほー♪ ここにいたんだねー! って、アカちゃん泣いてるの?」
陽気な声を響かせながら、近づくはセーラー服を、なぜか“へその上”まで巻き上げた季節も空気も読んでいない魔女キルケーであった。
(タイミングよ……)
千恵子が疑い深く彼女をジーッと見つめると、いつぞやのなんとも意味有りげなウィンクを披露した。
(やっぱり……この人見てたな……)
確信を得たのだが、それもなんか自分たちらしくて感じて、不思議と嫌ではなくて。
「って、ああ! 山本さんも一緒だったんだー。あー、びっくりーびっくりー」
(下手過ぎますって……さすがに)
白々しいほどに、大根役者っぷりを披露する魔女キルケーに呆れて、思わず吹き出してしまう。
「――って、ふふっ、なんですか! それ! さっきも会ったじゃないですか!」
例え誰かに見られても、別に恥ずかしがることはない。
世界で一番好きな人を抱き締めているのだから。
すると、その気持ちを試すかのように、バタバタと複数人の足音が近づいてきた。
(はぁ〜、やっぱりこうなったかー)
ため息をつく千恵子の視線の先には、愛美を筆頭に見てませんというスタンスを顔に出しまくっている、いつものメンバーがそこに立っていた。
「人の色恋沙汰を覗くとか趣味悪い」とか、「もしなにか企んでいたならバレないように」とか、言いたいことはある。
けれど、
(これ、偶然じゃないよね……)
過去の経験からして、ほぼ確実に偶然ではない。
キルケー登場のタイミング、そして意味深ウィンクからの、全員集合である。
これらを偶然と捉える方が無茶である。
(じゃあ……)
全てを理解した千恵子が出した答えは――。
「えーっと、ありがとう……?」
お礼であった。
別に怒ることでもない。
だって、自分が一番欲しかったものが、腕の中にあるのだから――。
今まで違う彼女の反応に驚いたようで、全員が顔を見合わせたり、目を見開いたりと大忙しである。
それがなんともおかしくって、自分たちらしくって、腕の中にいるアカーシャを優しく抱き締めて、
「……大好きだよ、アカーシャ」
ちゃんと言葉にした。
愛しているより、大好き――それが千恵子の気持ちだった。
そして、今度はアカーシャの気持ちを確認する。
「……アカーシャは?」
(って、どう答えるかわかってるんだけどさ)
何度もアプローチしてくれた。
一緒に居たいと素直に口にし、夕日を見ては、月が綺麗だと口にしたりと、かなり抜けているけれど。
純度百パーセントの好意だった。
だから、敢えて聞く必要はないのかも知れない。
けれど、
(でも、やっぱ口にして欲しい)
そう、聞きたいのだ。
好きな人がどう思っているのかを。
(そっか……アカーシャもこんな気持ちだったんだね)
ようやく、その気持ちを理解する千恵子である。
すっかり変わってしまった自分自身を、なんだか不思議に思えて小さく笑う。
すると、アカーシャの手が背中に回って、ギュッと抱き締めてきた。
「二へへ〜♪ もちろん、大好きなのだー!」
(って……変わらないんだから)
「ふふっ、そっか! じゃあ、帰ろっか♪」
答えを受け取った千恵子は立ち上がり、アカーシャに手を差し伸べた。
「うむ!」
アカーシャはその手を握り立ち上がると、今度はキルケーの後ろで様子を伺っていたアラクネに声を掛ける。
「アラクネも一緒に帰るのである!」
「……うん! みんなで帰ろう」
そして、その手を握って三人で家に帰っていく。
それは回り回ること。
いつか終わりが来ようとも、いつか別れが来ようとも。
それを抱き締めて、今を大切に生きる。
できるだけ、優しく。
できるだけ、笑顔で。
できるだけ、楽しんで。
違いを認め合って、ただ傍に。
だが、その直後。
三人の前に物凄い勢いで、人影が飛び込んできた。
☆☆☆
「ってぇーーーーー! ちょっと待ったぁぁぁーー!!!」
いい雰囲気をブチ壊しにきたのは、もう一人の女性の愛美であった。
「マナちゃん……せっかくいい雰囲気だったのにー……」
さすがの千恵子も本音ダダ漏れである。
「そうなのだ! このまま行けば、結婚初夜的な流れにもできたかも知れぬのに!」
「んなわけあるかっ!」
ぶっ飛んだ発言をする我らがアカーシャ。対して、食い気味でツッコミを入れる千恵子。
結局、いつも通りである。
そうやって、痴話喧嘩ならぬ――痴話漫才を繰り広げていると、先程割り込んできた愛美がもう一度割って入る。
「そうやって仲良くするのは、いいですし! 凄く捗るのでどんどんやってほしいです」
「愛美殿の言う通りです」
今度は、パートナーであるフリーディアを引き連れて。
(フリーディアさんまで……そっち側ですか)
愛美とアイコンタクトをしてからの、固い握手。
すっかり染まったデュラハンにため息をつく千恵子。
それでも愛美は持論を展開し続ける。
「いいですか? 山本さん、私たちがすることは、後世の育成です」
(いや、どういうことよ……)
なにを語り始めてたかと思えば、後世の育成という意味不明なテーマである。
さすがの千恵子も次の言葉が出てこない。
しかし、彼女が固まっていようとも、愛美は止まることなどない。
「お二人の百合展開……後世に大変いい刺激を与えているので、もっと小分けしていきましょう! 初心者には少し刺激が強過ぎるので――」
彼女が視線を送る先には、猛や独走蝙蝠の田口、村田に抑えられている大きなリボンを付けた少女がいた。
(ああ……くれはちゃんかー……)
そう、未来の女性西園寺くれはである。
目を輝かせて、「これが百合の幸せの極地、私も……ラクネちゃんと」など口にする始末だ。
こちらもこちらで、本音ダダ漏れである。
しかし、千恵子は別に引かなかった。
(ラクネちゃんどんまい……って、そういう目で私たちを見られるのは、複雑だけど……仕方ないよね)
特殊でいかがわしい方面に関して、一度芽生えてしまったのなら、止まらないし、止まれないのだ。
なので、それらをしっかりと受け止めて、
「おっし! 帰ろう! いくよ――二人とも!」
「ぬぉっ!」
「は、はい!」
しょげているアカーシャと呆れているアラクネの手を取り、そそくさと帰る帰る。
ややこしいことには、首を突っ込まない。
彼女の一番の処世術である。
(私、今が一番幸せだ♪)
笑顔を咲かせて、昇っていく朝日に向かって駆けていった。
愉快で大切な仲間たちの戸惑う言葉を、その背に受けながら――。
☆☆☆
こうして、晴れて両想いとなった……というか、ずっと両想いだった気が――しなくもないのだけれども。
とにかく、ようやく想いが通じ合ったヴァンパイアの王様と社畜OLの夫婦の物語は、ひとまず終わりの始まりを迎えたのであった。
おしまい♪
☆☆☆
まずは、ここまで読んで下さり、またアカーシャ、千恵子たちのどこかズレた恋物語を追いかけて下さり、本当にありがとうございます。
楽しんで頂けましたでしょうか?
少しでも笑顔になれましたでしょうか?
この物語が少しでも、皆様の人生を彩れていたら幸せで す。
どうか、皆様の人生に幸ありますように!
笑顔が溢れますように♪
という、締めの言葉を述べさせて頂きましたが、あと一話だけ続きます。
お付き合い頂けると幸いです。
ではでは〜♪ヽ(=´▽`=)ノ




