余韻たっぷりの初詣♪
アカーシャの嫁宣誓、その大立ち回りによって、二日目のコミケも大成功に終わり、二日後の朝。
時刻は午前7時00分頃。
千恵子引率の下、アカーシャ、アラクネの両名は、自宅マンションから私鉄を乗り継いでおおよそ五十分――明治神宮へと来ていた。
目的は言うまでもなく初詣である。
「なかなかに混んでいるのであるな〜!」
「まぁ、初詣だしねー」
(って、なんでそんなに普通なのよ!)
千恵子は左側を歩くアカーシャをチラリ、まるで何事もなかったかのように、子供の姿でキョロキョロと周囲を見渡している。
(こっちは、忘れられないってのにさ――)
思い出すは、二日前の出来事。
嫁宣誓のあとであった。
あの後、式場と化したコミケ会場は大盛り上がりを見せて、あれよあれよと、結婚式と言えばの流れになったのだ。
ふと自身の唇に触れて、
「し、したんだよね……私、キス」
誰にも聞こえないくらいの声で呟いたのだが――。
右側を歩いていたアラクネがそっと距離を詰め、小声で——。
「あの……おめでとうございます。ちえちえさん」
「あ、えっ……き、聞こえてた?」
「はい……でも、アーちゃんには聞こえてないから大丈夫です……」
「あ、あはは〜! そ、そ、そっかー」
とんでもなく恥ずかしいひとり言を聞かれた挙句、祝福&気遣いされて、カチンコチン固まる千恵子。
けれど、そうなのである。
千恵子は、三十三年の人生で初めて口吻を交わしたのだ。
しかも、不特定多数の前で。
それだけではない。
異様な盛り上がりを見せたことで、SNSではちょっとした話題になっていた。
二日間ではあるけれど、トレンドトップ10には、【人外百合婚】や【OLとヴァンパイア】などの彼女たちを現すワードがずっと居座っていた。
(は、恥ずかし過ぎる〜!)
思い出したことで、あの時の生暖かいサークルメンバーの視線、敢えて見猿聞か猿言わ猿となったサークルメンバーの変な気遣いが芋づる式に蘇る。
(年明け、どうしろっていうんだよ!)
冬休み明けの質問責めに耐えられるか、想像してげんなりである。
すると、一人蚊帳の外となっていた、アカーシャがようやく、その様子の変化に気付いたようで、千恵子の顔を覗き込んだ。
「なにをそんな難しそうな顔をしているのだ? ここでは新たな年明けを祝うのであろう?」
「いや、アカーシャのせい――」
千恵子はいつも通り返しかけたが踏み留まって――ふと、唇が触れた瞬間のことを思い出した。
(って、まっいっか♪ きっとアカーシャも初めてだったっぽいし)
自分だって初めて余裕なんてこれっぽっちもない。
けれど、アカーシャもまた初々しい反応を見せていたのだ。
大人っぽい雰囲気とは裏腹に、触れた唇は微かな震え、そしてゆっくりと目を開くとカッコイイ大人ではなく、頬をほんのり色付かせて、幸せを願う少女の姿があったのである。
(あんなの見せられたら、なんか守りたくなっちゃうよね!)
「ふふっ♪」
「わ、我のせい――? な、な、なんかしてしまったのであるか?!」
千恵子の言葉が心に刺さったようで、ルンルン気分だったアカーシャは、不安そうな表情を浮かべていた。
いつもなら『違う』と否定しながら、誤解のないように、正確に自分の気持ちを伝える。
だが、今日の千恵子はひと味もふた味も違った。
「そ♪ アカーシャのせい♪」
いたずらっぽく、真意を悟られないように微笑んだ。
いわゆる小悪魔的な感じである。
その即席小悪魔千恵子を食らったアカーシャは、一瞬だけ立ち止まった。
(お、効いたかな♪ たまにはいいよね!)
可愛いからこそ、たまには意地悪したくなっちゃうものだ。つまりは、日頃のお返しである。
しかし――。
それが、裏目に出てしまう。
アカーシャは人目を気にすることなく、思いの丈を叫んだ。
「ぬわわわぁぁぁーーーー! 新たな年を迎えたというのに、早速しでかしてしまったのだぁぁぁーーーー!! こんなサゲサゲスタートダッシュなんていらないのだぁぁーーー!!!」
観衆の目は、すぐさまジタバタ地団駄を踏むアカーシャへと向けられた。
(また目立ってるし)
なんというか、王としての威厳は何処へ状態である。
(というか……サゲサゲスタートダッシュって、どんなだよ)
苦笑しつつ、威厳何処状態のアカーシャに声を掛けた。
「いや、冗談だって……」
「ぬっ! 冗談なのであるか……?」
「うん、冗談冗談」
「よがっだのだぁぁぁ〜!!!」
(なんで泣くのさ……)
予想を超える反応、それがなんだかバカバカしくって、けれども、それほどまでに変わらず一途に想ってくれていることが嬉しくって、
「よしよし、泣かないの!」
そっと頭を撫でた。
こっちはこっちで旦那様というよりは、親子じゃね? 状態である。
色々とツッコミ所はあるけれど、これが唯一無二の二人の関係なのだ。
「……うふふっ、アーちゃんとちえちえさん、今日も仲良しですね」
「ムウ、仲良しと言われるのは嬉しいが、姉として、なんだか情けないのであるぅ〜!」
「そんなの別にいいでしょうよ!」
「そうです! なんだったら、私がお姉さんでもいいんですよ……?」
「ぐぬぬぬっ! 二人して我を子供扱いするのであるぅ〜!」
(……すんごい、幸せだな私)
目の前の幸せを抱き締めながら、夫婦漫才ならぬ、家族コントを繰り広げていると、元気で明るい声が響いた。




