やがてコミケ会場は、式場となって――。
「『二へへ〜♪』 じゃない!」
響き渡る千恵子のド正論パンチ。
けれど、いつもと少し様子が違った。
「なんでよりによってこれなのさ……めっちゃヒラヒラしてるし……ここはスーツじゃないの? ま、まぁ……ウェディングドレスを着れるって言うのはいいんだけどさ……」
ひらりひらり、普通の女子が可愛い服を着た時のように、幸せそうな顔をしていた。
なんというか、まんざらでもない様子の千恵子である。
(こんなことってあるんだ……現実って小説より奇なりだよね……)
そんなことより、奇なりなことが自身に起こっているのでは――?! という指摘が何処からか、聞こえてきそうである。
けれど、これは千恵子の内なる声――当然、誰もツッコミはしない。
(私がウェディングドレス着るなんて……変なの――)
「ふふっ♪」
今までの人生を振り返って、思わず顔を綻ばせる。
一生、縁が無いと考えていた。
元々、二次元の方が好きで――歳を重ねるごとに恋愛に理想を抱くことは皆無となり、自宅から会社、会社から自宅。その繰り返しをするだけ。
慕ってくれる部下はいても、そういった幸せとは無縁だと考えていた。
そして、それでいいと思っていた。
けれど、アカーシャたちと出会って――少しずつ、考えが変わっていった。
しかし、彼女は千恵子――そう千恵子なのである。
それがどういうことなのかというと……。
(って、なんで普通に喜んでるんだろう……私)
どんなときも、我に返ることができるのだ。
まぁ、左隣にいるアカーシャと同じように――ニマニマしているのだけれど。
「って、旦那様もまんざらではないか〜! 我よりもニマニマしているぞ?」
「し、してないしっ!」
アカーシャの指摘に一瞬ドキッとしつつ、バレないようにプイッとそっぽを向いて、
「……すっかり調子に乗っちゃって……帰ったら覚えときなよ」
などと、トマトのように頬を色付かせてブツブツひとり言を呟く始末。
誰がどう見ても完全にアカーシャのペースである。
こうなると、ターンはよほどのことがない限り千恵子に戻ってこない。
「ニヒヒ♪ でーは、他の者にも聞いてもよいのだな?」
その物言いたげで刺さるような視線を受けようとも、アカーシャは動じず、腰に手を当てて自信たっぷりだ。
(完全に味をしめてる……じゃあ、私にだって考えがあるし!)
「べ、別にいいよ――」
そう言って周囲に視線を向けると、
「――っ!」
なんとも生暖かくて、浴びたことのない極めて居心地の悪い眼差しを向けられていた。
それも、サークルメンバーだけではない。
ウェディングドレス姿の売り子を目当てに来ていたお客まで、新婚夫婦のイチャコラを祝う結婚式の参列者のような雰囲気を漂わせていたのだ。
つまりは千恵子の完全敗北である。
「え、あ、えーっと……」
予想だにしなかった反応に、いつぞやのアカーシャのように人差し指をツンツン――全くその後の言葉が出てこない。
(どうすんのよ! こ、これ――)
現実は小説より奇なりに続いて、人生には三つの坂――上り坂、下り坂、そしてまさか――それらが本当にあることを思い知った千恵子である。
そんな状況も微笑ましいと感じ取られたようで、式の出席者と化したお客たちからは、写真の可否に祝福の声が入り混じる歓声が巻き起こった。
(なんでこんな盛り上がるのさ――)
混沌が広がる東一階【K-40】に構えるサークル【百合時々、人外!】。
千恵子は助けを求める為、振り返るが、
「あはは〜♪ さすがにまずいね」
「ああ、だな……」
互いの顔を見合わせて、困り顔で頷く魔女キルケーに眉間にシワを寄せる猛がいて、
「ですね!」
「違いないです!」
その意見に首を縦に振る独走蝙蝠の村田と田口――そして後ろでは――。
「実力行使で黙らせるとか――」
腰に携えた剣を引き抜こうとするフリーディアに、それを真っ向から止める愛美がいた。
「フリーディアさん、それはダメですよ!」
さらにその奥では……。
「そう、さすがに……それはダメです……」
呆れながらもしっかり注意するアラクネに、なぜか目をハートマークにするくれはがいて――。
「でも、憧れるぅ……」
「いや、くれはちゃん、戻ってきてください……」
一部、現在進行形で腐女子方面へと染まりかけている人物がいるが、共に色々と乗り越えてきた全員が事態の広がりに戸惑いをみせていた。
(え――っ?! マナちゃんじゃなくて、くれはちゃんなの? ほぼ、ちっさい頃の私じゃん……)
未来の同志(女性)その反応に、度肝を抜かれつつも、冷静に自身の身に起きたことを分析した。
(でも、そうだよね……祝福されているわけだし)
そうなのである。
何をどう言おうとも、全員が二人を祝福してくれていることは間違いない。
その上、コミケは明日も続くのである。
ここで売り子が塩対応など、あってはならないのだ。
人外への偏愛、オタクとしての矜持、社会人としての常識を握り締めて、この熱烈な祝福に耐える千恵子――これこそが、彼女を彼女たらしめるブレない、折れない三本の矢である。
――すると、その前を嗅いだことのある匂いが、布が擦れる音と共に香ってきた。
(この匂いは――)
顔を上げた瞬間。
「え――っ?」
予想していなかった事態に千恵子は思わず息を呑む。
……そこには――。
何がどうなったのかわからないが、雪のように白い肌、燃えるような赤い髪を靡かせた大人アカーシャがウェディングドレス姿で立っていた。
「――皆のもの! よいか、これが我の! アカーシャ・ロア・山本……いや、山本アカーシャの旦那様である!」




