騒動は唐突に、冴え渡るシックスセンス……?
私鉄を乗り継ぎ、東京ビッグサイト駅に着いた千恵子は、アカーシャの吸血衝動を抑えるため、駅近くのコンビニに立ち寄っていた。
「――はぁ……なんで、今そうなるのさー」
「仕方ないであろう〜! 旦那様があまりにも魅力的であるのが悪いのだ!」
どうやら“初めて血を吸った時の記憶”を思い出して興奮してしまったらしい。
本当に期待を裏切らない我らが、アカーシャである。
「いや、どんな理屈よ……というか、それでいいの?」
「うむ! これさえあれば、無敵なのである!」
断言するアカーシャの手には、万能アイテムと化した魚肉ソーセージがあった。
もはや、説明不要なほどのキーアイテムである。
とはいえ、魚肉ソーセージの身になると、とんでもない重責を背負わされている気もするが――そんなこと、知ったことではない。
それがアカーシャと魚肉ソーセージの関係性なのである。
(にしても、なんでこうも魚肉ソーセージが好きなんだろうねー、まぁ、美味しいけどさ……って今更かもだけど)
当たり前の疑問を抱きながらも、アカーシャから魚肉ソーセージを受け取り、レジへと向かおうとする。
――が、なにか気になったようで、そのアカーシャが足を止めた。
「――旦那様……なにか聞こえぬか?」
「なにか……?」
先程とは打って変わって真剣な表情を浮かべる。
(よくわからないことを言い出す感じじゃない……)
その仕草から、真面目なことだと察した千恵子は、耳に手を当てて聞こえてくる音に集中した。
すると――。
どこかで聞いたことのある烏たちの声、凛々しい女性の声が微かに届いてきて――次の瞬間。
入り口の方から、ドッと歓声が巻き起こった。
(……たぶん、私らの案件だよね……これ――)
ため息を吐くのも束の間、その予感を確定させるような声が、自動ドアが開いたタイミングで響き渡った。
「スゲー! 白銀の鎧を着た女の人が――」
「おう、見たよな? いきなり烏の大群が現れて――」
「ああ……それでいつの間にか、消えたんだよ――」
「――開場に向かおうとしてなかったか?」
(絶対……私らじゃん)
人物の特徴に、烏、さらには姿を消すといった思い当たる節しかない主張の数々。
(こんなところに来てまで……トラブルかー)
まさか過ぎて取り乱しそうになるが、そこは対人外において百戦錬磨の千恵子である。
ゆっくり呼吸を整えて、しっかりと会計を済ませてからの――アカーシャに餌付けを行う。
――そして。
「――アカーシャ! 行くよ!」
「――むごっ!?」
入り口を真剣な表情で見つめながら、魚肉ソーセージをもぐもぐしている妻アカーシャの手を取って、開場へと向かった。
☆☆☆
アカーシャと共にコンビニを飛び出て、「烏の鳴き声が聞こえた」や「鎧の軋む音、風が吹き抜けた」などの証言を耳にしながら、人波をかき分けて――数分。
千恵子は、ほぼ間違いなくこの騒動の元凶が待つであろう、東一階の【K-40】サークル名【百合時々、人外!】のブースに辿り着いていた。
すぐさまその場にいた仲間たちを問いただそうとしたわけだが――。
「あの……なんで、フリーディアさんがそんなに息切れしてるんですか?」
なんと、目の前では室内だというのにヘルムを被り、肩で息をしているフリーディアがいたのだ。
それだけではない。
(って、クロベエとてるさんまでいるし……)
小烏丸率いる仲睦まじいクロベエ夫婦が、子供たちと一緒に、まるで置き物のように寄り添いブースの後ろ、大きな段ボールの前で羽を休めていた。
(雇用の取り決めで、警護任務的なことはしてるってわかってたけどさ……さすがに――)
もうどう言い訳しても、私たちが犯人ですよ〜! と言っているのに等しい状況である。
「えっ!? そふぉ……そんなこと――ハァハァ……ふぅー……ありませんよ!」
計ったようなタイミングのクロベエ一家、そして誤魔化し方の下手過ぎるフリーディアに呆れつつも、
「はぁ〜……」
大きなため息を吐いて、瞬時に適切な判断を下す。
一般的な感覚でいくと、すぐさま問い詰めた方がいいと思うだろう。
けれど、それでは真犯人がわからないのだ。
実際、このブースに来てから、何かを悟られまいとして、全員が千恵子と顔を合わせようとしない。
一緒に来たアカーシャも、なにかに気が付いたのか、一歩後ろに下がって自分の意見を口にしようともせず、他の者たちと同様に物凄くよそよそしいのである。
つまりは――。
(グルってことだよね……)
そう、考えられることは全員が容疑者ということである。しかも何か自分だけには内緒で進められてきた。
そんな雰囲気すら漂っている。
なので、千恵子はそれとなーく第一容疑者のフリーディアに助け舟を出す。
「――ここは暖房が効いていますしね……鎧を着ていると息も上がるでしょう」
「は、はい! そうなんですよ! 暖房が強くて――」
「ですね」
まんまと助け舟に乗った主に似てちょろりんなフリーディアをいなして、その後ろで羽を休めているクロベエへと問いかけた。
「じゃあさ、クロベエ……キミはどうなの? というか、その段ボールは……?」
立場を利用した問い詰めなど、本来であれば、千恵子のポリシー的にご法度。
けれど、ここまで隠されると知りたくなるのが、人間の性なのだ。
要は、ただの意地である。
「カー……カァ……」
《俺に聞かないでくれー……今は置き物としてここにいるのが我が主の命なのだ》
弱々しく耳を澄ましても拾えるかどうかギリギリの鳴き声。
――だが。
対人外に対してシックスセンスを発揮させる千恵子には、それだけで充分であった。
(……ごめんね、でも、ありがとう。それで理解した)
強張り固まるクロベエに優しく、とても優しく微笑み返すと、咳払いをして、
「アカーシャ……? ちょっといい……?」
少し後ろで、そっぽを向いて知らぬ存ぜぬ状態のアカーシャを呼びつけたのであった。




