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山本さんのお嫁さんは、最強のヴァンパイアちゃん!?  作者: ほしのしずく
最終章:山本さんのお嫁さんは、最強のヴァンパイアちゃん!?

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二人っきりの時間(久しぶりですね!)

 山本家から、徒歩五分にある私鉄沿線、その電車の中。


 支度を終えた千恵子とアカーシャは、コミケの開場である東京ビッグサイトに向かっていた。


(……にしても、なんで私たちが遅れて行くことになってるんだろう……めちゃ不安なんだけどーー)


 思い浮かぶは、親指をグッと立て、満面の笑みを浮かべる愛美の姿であった。


(大体、マナちゃんがああいう表情をする時って、ほんとろくでもないことを考えている場合なんだよね……)


 頼まれてもいないのに遊園地ペア券や、旅行に行った際のお土産で、ペアルックの【夫婦(めおと)】とプリントされたトレーナーを二着買ってくるのだ。


 なんともらしい愛美である。


(……それに――)


 隣では、【ちえこの嫁】と縫い付けられた白のカーディガン、そこに赤色のミニスカート、そして黒のブーツを合わせたアカーシャが、移り変わる景色を窓から覗いては、鼻歌交じりに足をブラブラ――不安になるほどのご機嫌モードなのだ。


「フンフーン♪ 素敵な犬歯に〜♪ 艷やかな黒の翼〜♪」


「ふふっ、なにその歌!」


「ムウ……覚えておらんのか? 出逢った時に旦那様が口にしていたであろう?」


「そんな歌唄ってたかな〜?」


(うーん、聞いたことはあるような……)


 記憶の彼方に消えた(アルコールのせいで)思い出を必死に手繰り寄せようとする。


 しかし――。


(あー、ダメだ……思い出せん)


 すぐさま音を上げた。


 この山本家の大黒柱千恵子、仕事にはめっぽう強いが、実はアルコールにそこまで強しないのである。


「唄ってたのだ!」


「そ、そっか〜! ふ、ふーん……」


「……旦那様……忘れているであろう?」


「わ、忘れてない! ほーら、あの日でしょ? 私が血をあげた日!」


 なんとも神がかったファインプレイである。

 これもそれも千恵子の持つシックスセンスが成せる技である。


「さっすが、旦那様なのだ! その通りなのである! いやー、あの時はびっくりしたのだ――」


(あ、危なかった〜!)


 九死に一生を得たことで、バレないように胸を撫で下ろしてから、気になったことを聞くことにした。


「あ、それよりもさ! なんでそんな楽しそうなの?!」


(コスプレイヤーの人とかに会えるのが嬉しいとか? いや……それにしたら、なんかソワソワしてるし……)


「って、涎垂れてるし!」


「ぬわっ! す、すまぬ! 我としたことはついつい興奮していたのだ!」


 千恵子の指摘に、アカーシャは袖で涎を拭こうとする。


「こらこら! そんなふうにしたら、服が汚れるって」


 注意しながらも、ごくごく自然な流れで背負っていたリュックサックから、ハンカチを取り出して、


「ちょっと動かないでよ?」


 なんともだらしのない口元を拭く。


「二へへ〜! ありがとうなのだ〜!」


 ただ、口元を拭かれる。

 だというのに、アカーシャはそれが嬉しいようで、太陽のような笑顔を見せる。


(……なんでこんなに幸せそうなのさ……全く――)


「お礼はいいから、じっとしてて――」


 この一年、繰り返してきた日常。

 でも、なぜか新鮮に感じて、ふと周りを見渡した。


(あ、そっか――)


 目に映るは、休日を家族と過ごしている乗客がいて、彼らの何気ないやり取り、そして電車が線路を走る小気味いい音が聞こえる。


(――今日は二人っきりだったね)


 膝を独占したがる可愛いの権化、アラクネの姿はない。 


 家族として、アカーシャとアラクネの姉妹と過ごしてきた。それが当たり前で、幸せの基準となっていた。


 けれど――。


(ふふっ、だから新鮮に感じたのかー。まぁでも、なんかたまにはいいかも)


 アラクネへの心配よりも、この久しぶりのゆったり流れる二人の時間が愛しいと感じた。


(まぁ、一年に一回でいいから血を吸えたらなにもいらないとか、魚肉ソーセージがあれば野良猫も手懐けられるとか、黒カビを物理で退治しようとか、謎理論展開は勘弁だけどさ……ふふっ)


 過ごしてきた日々を振り返って、自然と笑みが溢れる。


 だが、そんなことがあっても、妻として、内助の功として、ドタバタと忙しないなりにも、普通の人間である自分に尽くしてくれた事実は変わらない。


 だから、千恵子はだらしのない一面を見たとしても、それすらなんかいいなーと感じてしまうのだ。


 つまりは、ただの相思相愛イチャイチャ夫婦ということである。


 本人は、その変化に気づいていないのだけれど。


「……アカーシャ、いつもありがとうね!」


「――ジュル」


 千恵子の内なる想いを知らないアカーシャは、再び垂れそうになった涎を吸い込んで、


「……ふむ、突然どうかしたのだ? お礼を言うのは我の方だと思うのだが……? もしや――」


 身に覚えのないお礼に首を傾げて考え込む。


(ふふっ、まーた見当違いのことを思い浮かべているのだろうなー)


 そして、その推測を肯定するかのように、ポンッ! と手を叩いて自らの考えを口にした。


「むむむっ! 晩酌はもう増やせぬぞ! 旦那様!」


 頬をパンパンに膨らませてからの歌舞伎役者もびっくりな見事な見得切りである。


 ただ、歌舞伎役者なった嫁アカーシャの小言はそれだけでは収まらない。


「――よいか? 大体、お酒はだな! 飲み過ぎるとよくないのである!」


 千恵子の健康状態を心配しつつ、小細工無しのド正論パンチをお見舞いする。


 なんとも色々と落差の激しいアカーシャである。

 相変わらず、読み違いをしているけれど。


「いやいや、晩酌の話とかしないから! というか、印籠の次は見得切りって……どんなヴァンパイアだよ」


(まぁ、らしいし楽しいからいいけどさ♪)


 変わらないツッコミを入れつつも、二人だけの時間を楽しむ千恵子であった。

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