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山本さんのお嫁さんは、最強のヴァンパイアちゃん!?  作者: ほしのしずく
最終章:山本さんのお嫁さんは、最強のヴァンパイアちゃん!?

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待ちに待った日に向けて!

 外では雪がちらつき吐く息は白くなり、人恋しさを感じる季節。


 山本家のマンションから、私鉄を乗り継いで一駅。


 坂の上にある住宅街、戸建てが建ち並んだ場所、その反対側、開けた私道を挟んだ緑が多い場所にあるハイツにて。


「愛美殿! ついにきましたね!」


「うん! 当落の発表からこの日をどれだけ楽しみにしてたか……」


「そうですね! ですが、当選した時点でもう勝ち確定だと信じていました!」


「それはそう!」


 暖房の柔らかい風が部屋を暖めて、隅には雄々しい朱色の甲冑、その手前には鍛え抜かれた日本刀(模造刀)、壁には『人外と百合は我が心!』というブッ飛んだ掛け軸。

 

 古き佳き日本に(へき)をこれでもかと持ち込んだ一室で手を取り合うのは、もう一人の女性(アマゾネス)、愛美。


 そしてそのパートナーと言っても過言ではない碧眼とプラチナブロンドが美しいデュラハン、フリーディアである。


 彼女たちは、とうとう明日に迫ったコミケについて語り合っていた。


「ですが、喜んでくれますかね? アカーシャ様は間違いなく喜んで頂けると思うのですが……」


 お揃いのパジャマの袖を捲りながら、抱っこひもで吊るされた頭を傾げるフリーディア。


 彼女が気になっていたのは、自分たちが魂を込めて綴った【戦え、ヴァンパイアちゃん!】の二次創作、そしてそこから刺激を受けて、ペンを走らせたオリジナルの百合小説についてであった。


(お二人に事実を明かせないことがここまで心をすり減らすことになるとは――)


 それは初めての試み、小説に登場させたアカーシャと千恵子に売り子を頼むといったものだ。


 断られることも想定はしている。

 けれど、フリーディアにはもう一つ心配なことがあった。


(アラクネ様は、完成できたと言っていましたが……キルケーも一緒ですからね……)


 言わずもがなトラブルメーカーキルケーの存在である。

 いくら順当に物事が進んでいっても、彼女がいることでなにか起きてしまうのではないかと勘ぐってしまう。


 キルケーを傍で見てきたからこそ、アカーシャとアラクネに仕えてきたからこその視点であろう。


 まさに条件反射(てきせつなはんだん)


 仕方のないことである。


「はぁ……明日だというのに、色々と不安になってしまいますね……」


 フリーディアは、訪れるかもしれないトラブルに肩を落とす。


 そんな彼女が気になったようで、愛美はギュッとその手を握って、


「大丈夫です! 山本さんも我が王にぞっこんですからね!」


 唇が触れそうな距離まで近づく。


 もこもこで手触りの良さそうな大きめパジャマ。

 ふわっと届く石鹸の香り、優しい息遣い。


 目を逸らそうとしても、唇や真っ直ぐ見つめてくるブラウンの瞳から逃れられない。


(愛美殿……色気が凄すぎる……)


「た、確かに……」


 目の前の刺激から逃れる為、息を静かに吐いて心を落ち着かせる。


 このデュラハン、アカーシャから遅れること数ヶ月――実はしっかりと落ちているのである。


 恋とやらに。


 当然、目を閉じたところで、しっかり愛美の姿が浮かぶ。


(い、今考えるのは自分のことではない! しっかりしろフリーディア! まずは、アカーシャ様だ!)


 なので、仕えるアカーシャの名を心の内で叫ぶことによって、強制的に切り替える。


(そういえば――) 


 出逢った頃は、アカーシャからの矢印が大きくて、お互いに想い合っているとまではいかなかった。


 けれど、今脳裏に浮かぶその姿は、千恵子、アカーシャ、アラクネ。この三人が手を取り合っている。


 それはまさに。


「家族って感じです……か?」


 そう、単なる百合カップルを超えての、家族と呼べる形まで昇華していた。


 たった一年。

 それなのに、家族。


 そう感じてしまうことが、不思議で。

 でも、同時に心から嬉しくて、


「良かったですね……アカーシャ様。アラクネ様」


 フリーディアは自然にぽろりと本音を零していた。


「私たちとおんなじですねっ!」


 ド天然パートナー愛美による不意の一撃。

 全身に雷が走るかのような感覚が駆け巡って、


「お、お、おんなじですかっ!?」


 フリーディアは上手く口が回らず、その場であたふたしてしまう。


「もちろんです! あ、でもでもフリーディアさんが嫌でなければですけど!」


「わ、私は……その……嫌ではないです」


「やったぁぁぁーーー! でーは! これからも宜しくどうぞですよー!」


「はい! こちらこそ!」


「って、こういうのは明日の方が良かったですね!」


「あー! そういえば……こちらの世界では、年の瀬に挨拶をするのでしたね!」


「ですです! 夜の国ではなかったんでしたっけ?」


「改めてというのは、あまりないかも知れませんね……なんせ私たちは、長い時を生きるので!」


 何気なく口にした言葉。

 けれど、どこかさみしく感じてしまい、愛美との間に隔たりを生んでしまったのではないかと、フリーディアは焦り、その言葉を訂正しようとした。


「あっ! そ、その――」


 しかし――。


「なるほどです……でーも! したほうが嬉しくないですか?!」


 愛美は、いつも通り斜め上をいっていた。

 時の流れの違いをすんなり受け入れて、フリーディアの瞳をまじまじと見つめている。


「た、嬉しい……?」


「はい! 大好きな人となんでもない未来を、明日も宜しくって言えるの嬉しいと思うんですけど……あれ? なんかおかしなこと言ってます?」 


(愛美殿……やっぱり、貴女は――)


「言ってません! 正しいと思います!」


「ですよね? 良かったー! んもう、フリーディアさんが固まったから、私が変なこと言ったのかと思っちゃいましたよ〜!!」


 屈託なく笑う。

 どんな時も落ち込まない。

 その姿が、声がやはり恋しく思えて……フリーディアは、拳を握り締め、自分の気持ちを口にしようとする。


「あ、あの――愛美殿! 私は――」


 だが――。


「――ですから、また明日にも言いますね!」


 そこは、愛美。

 自分の言葉を一言一句ズレることなく被せた。


 一方、フリーディアもそれに対して、戸惑いつつも、なんだか自分たちらしく感じて、


「ふふっ! 承知しました」


 気がつけば受け入れていた。


 しかし、ふとなにか忘れているかのように思えて、頭をぶらぶら揺らす。


(でも、あれ……? もう一つ心配していたことがあったような……)


 この一年目の当たりにしてきた愛美のマイペース、明日もこういう日が訪れること。

 

 その二つの事柄にすっかりトラブルメーカーキルケーの存在を忘れるフリーディアであった。

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