誓いと別れ(家族っていいね)
(そ、そう言えば……旦那様は大丈夫なのだ?)
そう、同じく恥をかいているはずの愛する旦那様こと、千恵子である。
(ぬぉっ! 耐えているのだ……)
その視線の先、首を傾げるウラドに対し、彼女は目を白黒させながらも、持ち直して、
「えへ、えへへ……えーっと……どう言えばいいか、わからないんですけど。他の誰にもあげたくないです! って、あれですよ? 物扱いしているとか、そういうのではなくてですね――」
自らの意見を伝えていた。
(やはり旦那様は凄いのである……きっと越えてきた修羅場の数が違うのだな!)
どんな時もブレないアカーシャである。
というか、この状況を修羅場(物理)というならば、アカーシャの方がとんでもない数を越えてきたはずなのだが――。
さすがにそんな内なる声まで、千恵子に届かない。
「いや、大丈夫だ。私もその気持ちは知っているからな……ふふっ」
千恵子の言葉に微笑むと、今度は無防備の極みとなっていたアカーシャに問い掛けた。
「では、アカーシャ。お前は千恵子さんが生涯を終えるまで、どんなことがあろうとも一緒にいる覚悟はあるか?」
「にゅはっ! わ、我であるか?!」
「ああ……お前に聞きたかったのだが――ふむ、なんだ? この世界ではそうやって大きな声を出すのが、流行りなのか……?」
当然の疑問である。
どこの世界にいちいち問い掛ける度に、肩をビクつかせて声を上げる者がいるのだろう。
「ち、違うのだ! ちょっと、その予想外だったからなのである」
「予想外……?」
「いや、なんでもないのだ!」
「……そうか、まぁいい」
「う、うむっ! あ、そうだったのだ! 添い遂げる覚悟であったな!」
「ああ、そうだ。こればかりは聞かねばならない。父としても、夜の国の王としてもな」
「うむ……」
「では、お前の覚悟を聞かせてくれ」
「……我は例え世界が敵になろうとも、旦那様の味方でいるのだ! だって、それが夫婦であるからな!」
「ハハハハッ! そうか! やはり、お前は私たちの子だな。アリスと全く同じ言葉を口にするとは――」
満足そうな笑みを浮かべたウラドは話を切って、
「では、答えも得たし、そろそろ帰るとするか……いいな? サンテリ、レオン」
クロベエ率いる小烏丸と談笑していた臣下たちに声を掛けた。
「「ハッ」」
サンテリとレオンは、同時に片膝を着く臣下の礼をすると、立ち上がり二人で何もない空間に手をかざした。
新緑のような風と、キラキラと輝く粒子を乗せた風が渦巻き、扉を形どっていく。
「おお……! 転移魔法ではないか!」
「ああ、この二人にも覚えてもらった。まぁ、キルケーの扉を使ったものだがな! キルケーの物だから使いたくないとゴネた時の、あれはなかなかだった! フフッ、今思い起こしてもおかしいな」
アカーシャの驚いた顔を見て、思い出し笑いを浮かべるウラドに、サンテリとレオンは目を細めた。
見るからに不機嫌そうな二人に申し訳ない気持ちになったようで、
「コホン! それもそうだが――」
と咳払いをすると言葉を区切った。
そしてアカーシャと千恵子の間で、様子を伺っていたアラクネに視線を向けて、
「アラクネ、こちらに来なさい」
優しく手招きした。
いつも違う様子に、少し戸惑いながらもアラクネはウラドの元へと駆け寄った。
「は、はい……」
「アカーシャを頼んだぞ。もし、帰りたくなったら、いつでも帰ってきなさい。私に紹介できる存在ができたら、その子も連れてくるといい」
「お、お父さん……」
「ん? なんだ?」
「ううん……ありがとう」
「ああ……ではな」
そう、告げるとウラドたちは、輝く扉の向こうに消えていった。
「……行ってしまったのだな」
そう呟き、アカーシャはキラキラと輝く風に手を伸ばしてから、そっと千恵子の指先に触れた。
それは無意識下で起こった条件反射であった。
千恵子はその手をキュッと握り返すと、彼女は優しく尋ねた。
「さみしい? アカーシャ……?」
「うむ……まぁ、少しなのだ」
(少し前まで、いないのが当たり前だったのにな……不思議なのである)
「アーちゃん、大丈夫……だよ。きっとまた会えるから……」
(妹に励まされるとは……ふふっ、姉として、そして――旦那様のお嫁さんとして、しっかりせねばなっ!)
「うむっ! そうであるなっ!」
俯き、自分の変化に戸惑うアカーシャであったが、愛する旦那様と、妹――その二人の家族によって、心新たにするのであった。




