ギョニソで乾杯(魚肉ソーセージって意味です!)
「よぉーーーし! できたのだぁぁー!」
席を立ち元気よく声を上げるのはアカーシャ。
どうやら何かを電子レンジで温めていたらしく、パチン! と指を鳴らして、蝙蝠柄のエプロン姿になり、そそくさとキッチンへと向かう。
至っていつも通りのアカーシャであったが、ウラドからすれば、初めて目にする娘の一面だったようで、心配そうに申し訳なさそうに語り掛けてきた。
「ふぅー……我が娘ながら……落ち着きがないな。山本さん、アカーシャは、私の娘はちゃんとやれているのだろうか?」
先程とは違い、紅く輝く慈愛に満ちた目。
それどころか、会話を嗜みながらも、出された食べ物をナイフやフォークで綺麗に口元へ運ぶ。所作の一つ一つが洗練されていて美しい。
まさに王族。異世界の住人である。
だというのに。
(なんだろう……めっちゃお父さんだ。やっぱり、人外でもそこのところは変わらないよねー! なんか親に会いたくなったかも)
千恵子の人外好き好きセンサーは暴走することはなく、客観的にこの状況を捉えていた。
アカーシャが千恵子に夢中なのは間違いないのだが、実は千恵子の方が夢中だったりするのだ。
本人は全く気づいていないけれど。
「大丈夫ですよ! というか、本当にできた娘さんだと思います。まぁ、ちょっと……暴走するときもありますけど」
「やはりな! 城でも、昔は色々あったものだ。テーブルマナーなどを叩き込むのにどれだけ苦労したか……フフッ、懐かしいな……」
(昔のアカーシャか〜! 気になるなー。今よりもっと子供っぽいとか? 舌足らずだったりして……絶対可愛いじゃん)
ドレス姿で短い手足をブンブン振って歩くアカーシャ。
犬歯を口元から覗かせて不貞腐れるアカーシャ。
嫌いな食べ物を前にして涙目になるアカーシャ。
かつてあったであろう日々を想像して、ニマニマしてしまう千恵子である。
もはや、相思相愛を通り越してウザウザカップル、よく言えば、ラブラブ夫婦? となっていた。
(って、違う違う! ただ、普通に可愛いなーと思っただけだし! そう、これは普通の反応だし!)
などと、自分を納得させようとする千恵子であったが――不審な動きを繰り返す、彼女が気になったようで隣にいたウラドが覗き込む。
「……どうかしたのか? 山本さん?」
「あ、いえ! 今もその名残りがあるなーと思いまして」
「フッ、確かにあの姿も相まって本当に子供のようだな。なんというか――」
(なんだろう……? でも、アカーシャのちっさい頃に合う言葉か〜)
「あっ、お転婆とかですか……?」
「ハハッ、そうだな! まさにお転婆姫だ! まさか今になってこんなに生き生きしている姿を目にするとは――長生きはするものだな!」
(ウラドさんって、案外話せる人かも……アカーシャより、感覚が普通って言うか……普通にお父さんっていうか……なんか近しい感じがする)
奇しくも押しかけ妻という共通項を持ち前のシックスセンスで感じ取ってしまう千恵子である。
「ヴァンパイアであったことをこんなに嬉しいと思ったことがないくらいだ。ありがとう。山本さん……」
「いえいえ! 私は大したことはしてないですから!」
義理の父親(仮)との何気ない会話を楽しみつつも、気になることがあった。
(にしても、できたってなんだろう?)
そう、アカーシャが電子レンジで温めていた何かの存在である。
(普通にこのオードブルだけで充分なような……)
ダイニングテーブルには、アカーシャが揚げたイカリングやエビフライコロッケなどが並んでおり、その量はしっかりと人数分ある。
特段何かが足りないという感じは見受けられない。
(んーじゃあお酒……? いや、それはないかー。レッドアイがあるし)
気になった(やや心配になった)千恵子は、ウラドに会釈をし、ゆっくりと席を立ち上がって、キッチンへと足を進めた。
「アカーシャ、できたってなに?」
「おお、旦那様〜! ちょうどいいのである! これを持っていって欲しいのだ!」
「えっ?! これって?」
「うむ、魚肉ソーセージなのだ! 源ちゃんにレシピを教わって、我が作ったやつなのである!」
アカーシャが温めていたのは、刻んだイカを練り込んだ手作り魚肉ソーセージだった。
平皿の上で人数分の魚肉ソーセージが湯気を立てている。
「まじでさ、自分で作ったの? 魚肉ソーセージを……?」
(もう、なんでも作れるじゃん……)
驚きを越して、自分はキッチンに立つことは99パーセントないと思った瞬間である。
「フフーン♪ 我は、夜の国の王である前に、旦那様のできるお嫁さんであるからな!」
「そういうのは、皆がいるところで言わないの!」
「ニヒヒ♪ 旦那様、顔が真っ赤なのだ〜!!!」
「んもう……わかったから、これ持って行けばいいでしょ?」
「うむ! 皆でギョニソ乾杯するのである!」
「ふふっ、なにさギョニソ乾杯って!」
そう呟きながらも柔らかい笑みを浮かべて、賑わいを見せるリビングに向かう千恵子であった。




