繋がる相手を想う気持ち
多様性という言葉をもってしても、解決できない状況の最中。
これ以上おかしなことにならないようにという千恵子の英断により、ダイニングテーブルにて膝を突き合わせ、アカーシャによってこれまでのあったこと、つまりあらすじの説明がなされていた。
ちなみに、コミケの作業もリビングで続行中である。
「――ということなのである!」
全てを話し終えたアカーシャは満足そうに頷くと席に着いた。
「いや……なぜそうなる」
ウラドは、その内容に首を傾げていた。
多様性なる便利な言葉を掲げようとも、理解の及ばぬものはやはり理解できないのである。
特にアカーシャの父であり、夜の国を背負うウラドにとってはまったくもって頭の痛い状況であった。
「ええ……そうですね。私もわかりかねます。命を救われて恩義を感じるまでは、まだわかるのですが――」
「――そうですわね……貴方なんかと同意見というのは、不愉快極まりないなのですけど、わたくしもその辺までですわね」
(レオン、サンテリの言う通りだ。なぜそれが恋に繋がる。全くわからん……その上――)
「……仮にだ。アカーシャ、お前がこの人間にそのような想いを抱いていたとしてもだ。この山本と人間……いや、山本さんは、その女であろう?」
そうなのである。
千恵子もアカーシャも性別は女性。
色々なことをぶっ飛ばしたとしても、一般的な感覚でいくとまずそこに引っ掛かるのが普通のなのである。
例え多種多様な種族の住まう夜の国であっても。
とはいえ、実はこの話を聞くまで、千恵子のことを男性だと思っていたウラドである。
「うむ、わからぬと言われてもだな……我としてはただビビッときたとしか言えないというか――」
「ビビッとなどと言われても、余計にわからん……」
「そう言われても……困ったのだ――」
腕を組んで唸り続けること数十秒。
アカーシャは手を叩いて、その考えを口にした。
「父上、そういうのが恋ではないのか? 我は父上と母上の馴れ初めなど知らぬが、こんな感じではなかったのか? レオンもサンテリも同じであろう?」
それは純粋だからこそ、千恵子に出会うまで恋を知らなかったアカーシャだからこそ、自然と出た言葉であった。
「恋……か」
思い出すは、冒険者として名を馳せても傲ることなく、種族の違いを物ともせず、立場の違いすら、その面倒見の良さと強さで突っぱねてしまう存在。
「ふふっ、似ているな……」
ブラン城に攻め入った最初で最後の人間であり、自分の顔を目にした瞬間。
『タイプだから、付き合ってほしい。いや、結婚して下さい!』
そんな言葉を言い放った変わり者――妻アリスであった。
(懐かしいな……あの時は意味がわからなくて、斬りかかったのだったな……だというのに――)
その熱に焦がされ当てられて、いつの間にか特別な関係となっていた。
何千年経った今でも、瞼を閉じれば燃えるような赤い髪を靡かせて太陽のように微笑む姿が浮かぶほどのかけがえのない関係に。
「やはり親子か……」
そう呟くと一度言葉を切って、ウラドはアカーシャに問い掛けた。
「お前の気持ちはわかった。だが……間違いなく後悔することになるぞ? 愛する者の老いた姿を目にしないといけないのだからな。それだけではない。長い時を……1人で生きていかねばならないのだ。人間と我らでは流れる時が違うのだからな……お前にその覚悟があるか?」
アリス本人は、成したいことを成して満足そうに苦しむことなく、その生涯を終えた。
けれど――。
(アリスの最期の息遣いを、腕の中で感じた時のあの痛み。あれを、アカーシャも味わうなど――ありえないな……)
それは自らが歩んできた道。
その者がいかに優れていようが、どれだけ強くとも寿命だけはどうにもできないのだ。
静かだが、愁いを帯びた重い言葉。
アカーシャ、千恵子は俯き、レオンにサンテリ、騒いでいた臣下組に独走蝙蝠の面々すらも黙り込む。
(……誰も、何も言わないか)
すると、今まで黙っていたアラクネが立ち上がり口を開いた。
「お父さん……そのアーちゃんは……そういうのも……わかっているんだ思います……。も、もちろん! ちえちえさんも……私も……!」
(アラクネ……?)
自分の生い立ちに、その姿に後ろめたさを感じ、どんな時もアカーシャの後ろに隠れていた。
だというのに。
(まさか、この子が自分の言葉を……言うとは――)
アリスがキルケーを育て上げ、その弟子魔女キルケーがアカーシャ、アラクネを師事して千恵子に繋いだ。
見えない何かが、娘たちの何かを変えた。
それは紛れもない事実。
(そうか、全ては繋がっているのだな……)
愛とは本来、理では測れぬものだった。
あの時のアリスも、今のアカーシャも、きっと同じ光を見ているのだろう。
だからこそ、その熱が、光がアラクネにフリーディア、キルケーにも広がった。
「……お前たちの考えは、わかった……」
真に理解したウラドは、席を立った。
いつの間にか、夜が明け割れた窓ガラスからは、優しい夕陽が差し込んでいた。




