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山本さんのお嫁さんは、最強のヴァンパイアちゃん!?  作者: ほしのしずく
第1章:推しとの出会いと同居生活の始まり

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吸血衝動

 冬だというのに、見上げれば、ジリジリと照り付ける太陽。


 アスファルトからの照り返しも相まって、とにかく暑い。

 工場が近づいてきたことで通り抜ける風にも、機械油の臭いや廃棄ガスの臭いが香って、より不快感が増す。

 

「昼から気温が上がるって言ってたけど、ここまでとはねー」


 そういうと千恵子は着ていた上着を脱いで、ポケットからハンカチを取り出して、


「あっちー」


 額、首元の汗を拭う。


 彼女は日陰であった路地裏から、スタスタ歩みを進めて、会社と工場のある表通りに来ていた。


 もちろん、アカーシャも一緒に。


 アカーシャは目にする物、全てが新鮮なようで、千恵子の隣をルンルン気分で歩いている。


(親子出勤みたいになってるよね……)


 人手不足なこのご時世、預け先が見つからないというニュースはよく耳にする。

 

 でも、まさかまさか、それを疑似体験する日が来るなんて……そういったことで頭をいっぱいにしているとアカーシャが声を掛けてきた。


「旦那様、大丈夫か?」


「ありがとう。もうすぐ会社だし、大丈夫だよー―んっ?!」


 ついさっきまでは、周囲の建物や車などに目を輝かせていた。

 送ってもらったことだし、これくらいは気分転換になるならいいかな? とも考えていた。


 今だって暑かったから、それを心配してくれた。いい子だなーとも思っていた。


 けれど、これは――。


(な、なんで、涎を垂らしているの?)


 まるで、仕事終わりのビールを前にしているかの如き、熱を帯びた視線。

 

 息は荒く、心なしか見える犬歯も鋭くなっているようにも見える。


(これって、完全にあれだよね。吸血衝動ってやつ)


 漫画やアニメ、小説、サブカルチャーから、遺伝子に刻まれるほどにこういった場面は摂取してきた。


 だが、実際にされる時の対処なんて知らない。


 大体の物語は、ちょっぴりえっちな感じで吸血行為を描写していたり、吸われた方は色っぽい表情になったりする。あとは……


(眷属だ……って、落ち着け私。一度、吸われた時は眷属とかにならなかったし、後遺症もなかった。つまり、吸われても平気)

 

 知識量が多くても活用できる能力がなければ、こういったことに陥るいい例である。


 「んなわけあるかぁぁぁーーーー!!!」


 千恵子は叫んだ。

 思考が限界にきたことで叫んだ。


 もう周囲の目など、すっかり忘れている。


 アカーシャは千恵子の読み通り、近づいて手に触れたり触れなかったりを繰り返す。


 「うむ、そんなにも暑いのか……ど、どれ我がどうにかしてやろう」


 (やっぱり、完全に血を吸おうとしてる)


「いや、いい。なんか手つきがいやらしいし」


 手を振り払い、顔を背けた。


 だが、千恵子が静止しても、アカーシャはグイッと距離を詰めた。


「そう言わずにだな、グヘヘー」


(ダメなやつだ……)


 恋が引き金となったのか、千恵子の持っていた読み物がきっかけとなったのか、それとも元々、特殊な性癖の持ち主だったのか。


 真実はわからない。


 だが、誰がどう見ても吸血鬼……いや、ヴァンパイアらしい衝動に駆られているに違いなかった。


 アカーシャのギラリと獲物を狙う狩人の如き鋭き視線と、下品極まりない涎にドン引きした千恵子は、数歩後ろに下がって、


「絶対に! や、やんないからね!」


 首元を手で隠す。


 ――が、初めての純粋な欲望に、アカーシャは逆らうことが出来なかったようで襲い掛かる。


「す、すこすこすこ、少しだけでいいのだぁぁーーーーー!」


 これが日本に訪れる前のアカーシャであったなら、到底避けることなど出来なかったであろう。


 けれど、対峙するのは背丈は子供、心も何故か子供っぽくなったまさにThe子供である。


 なので、何の考えもなく千恵子へと一直線に飛び込む。


「あまい!」


 案の定、千恵子は右に半歩動いて紙一重で躱す。


 傍から見れば、最小限の動きで、とんでもない速さで突っ込んできたアカーシャ躱したと映ることだろう。

 

 しかし、それは全く違う。


 ただ単に右へ半歩動くので精一杯だっただけである。

 

 それでも躱した千恵子、本人は満足気な笑みを浮かべていた。


「うふふ、今なんか達人っぽかったよね」


 小さな頃からインドア、外で遊ぶことによって、ときめくことなんて、ほぼ一度もない人生だった。


 でも、だからこそ、人知を超えた存在からの一撃を躱せた喜びったら、一般人の何倍もあった。


 いわゆる、ゲームやアニメなどの戦闘シーンを再現できたんじゃね? 私? みたいなやつである。


 そして、紙一重で躱されたアカーシャはというと。


「うわぁぁぁーーーーーーー!」

 

 勢い余って、歩道から車が走る道路へと勢いよく転がっていった。

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