アカーシャの父親
一難去って、また一難。
猛率いる独走蝙蝠の面々と魔女キルケーが、見事な連携をみせてサンテリという白銀の女人狼を倒した。
だというのに――。
(今度はなに……?)
千恵子の目の前には、白髪に漆黒の鎧に纏った存在が真っ直ぐ見つめてくる。
それだけではない。
(この人……アカーシャに何処となく似てる……)
そうなのである。
髪の色こそ違えど、顔の雰囲気や目の色といった外見的特徴が似かよっていたのだ。
さらには、その推理を決定づけることが起きた。
どんな相手が現れようとも、感情の機微を見せていたアカーシャが、
「父上……来たのであるか……」
口を噤み、拳をギュッと握り締めそう呟いたのだ。
そして、その向こうリビング猛に肩を担がれていた魔女キルケーも、愛美を抱き寄せているフリーディアも恐る恐るその名を口にした。
「「ウラド王……」」
3人の態度、言葉からして、目の前にいる人物はアカーシャとアラクネの父親であろう。
極めつけは、アラクネの反応であった。
「お……父様……」
その声は出逢った頃のように弱々しく、視線はウラドの一挙手一投足に伺い、どこか身構えている感じが見受けられたのだ。
(そっか……娘たちを迎えに来たってことね……)
だからこそ、人間である自分に対して、まるで品定めをするかのような視線を向けてくるのだろう。
サンテリの奇襲すらそれの一環に見えてくる。
となれば、ここで何も言わないのが、普通の感覚。
人外たちの問題は人外たちで、解決してもらえればいい。
そうすれば、人間である自分たちには、特に影響はない。
だが、女性の山本千恵子は違った。
いや、頭ではわかっていた。
何か話してたとしても、すぐさまハグして「よろしく」なんて友好関係は望めない可能性が高い。
けれど、脳裏に浮かぶ今までの日々がそれを否定してきたのだ。
まだ、一言も言葉を交わしていない。
まだ、揉めてすらいないと。
(ちょっと……おっかないけど、ここは――)
千恵子は意を決してウラドに尋ねた。
「あの……アカーシャさんのお父さんですか……?」
だが、反応はない。
射抜くような視線だけを向けてくるだけ。
(って、無視……? なんか感じ悪いな〜。王様なんだろうけど、それはダメでしょうよ)
と思わずダメ出しをしそうになるが、相手はアカーシャの“父”。
それは、自分にとっても大切な人である。
ならば、礼を尽くすべきだ。
千恵子は、すぐさま切り替え席を立つと、
「すみません……挨拶がまだでしたね」
礼を欠いたことを謝罪して、はじめましての挨拶をした。
「はじめまして。私は、人間の山本千恵子と申します。縁があって娘さんたちと一緒に暮らしています」
だが、それがウラドの琴線に触れたのか、彼はもう一歩近づいて、
「口を慎め……人間。私はお前の発言を許していないぞ……?」
などと、氷のように冷たい温度で呟いた。
サンテリという人物が現れた時は、突然の出来事で叫ぶ余裕すらなかった。
けれど――。
(なに……これ……息が苦しい――)
感情を乗せて言葉を発した。
ただ、それだけで押し潰されそうになり、呼吸は乱れて次の言葉が出てこない。
(……逆らっちゃいけないやつだ。何か余計なことを口にした瞬間、全てが終わる)
千恵子の額から汗が滲み出る。
それはまるで心臓が握られているかのような感覚。
生物として……明らかに別格の存在だった。
それがおかしかったのか、
「――ふっ。所詮……その程度か……」
そうウラドは鼻で笑うと、視線を外して後方へと語り掛けた。
「受けた恩を仇で返した魔女キルケーよ……どうしてくれようか――」
静かな語り口なのに、発せられる言葉の一つ一つに、重みを感じる。
(……私に言ってないのに、何? このプレッシャーは……)
それはサンテリを倒し、アカーシャと戦っても引けを取らないキルケーも同じようで、いつもの軽口を叩こうとはせず、引き攣った笑みを浮かべるだけで。
独走蝙蝠の面々も同様だった。
水面で魚が口をパクパクさせるようになる始末。
それどころか、部屋の外で危険を知らせてくれたクロベエ率いる小烏丸たちの鳴き声もいつの間にか止んでいた。
「……そうやって、笑って誤魔化す気か? キルケーよ。今度は逃げることはできないぞ?」
「あはは〜……に、逃げないって……」
「そうか……それならいい。本当は今すぐにでも、お前の責任を問いたいところだが……まずは――」
そう言って、ウラドはもう一歩前に。
今度は千恵子ではなく【ちえこの嫁】と縫いつけられたセーターを着るのアカーシャに近づいた。
そして――。
「……アカーシャ。何か言いたいことはあるか……?」
と服装をまじまじと見つめてから問いかけた。




