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山本さんのお嫁さんは、最強のヴァンパイアちゃん!?  作者: ほしのしずく
最終章:山本さんのお嫁さんは、最強のヴァンパイアちゃん!?

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邂逅

「ムッ――」


 嫌な予感が体中を駆け巡る。

 先程までカーテンの隙間から夕日が差し込んでいた。


 だというのに。


「えっ?! な、なに?! 夜?!」


 千恵子の言うように、辺りは深夜のように真っ暗になり、微かに聞こえていた人間たちの生活音すら全く届いてこない。


 それはまるで時を止めたかのような静寂。


 すると、少し遅れて外にいたクロベエたち――小烏丸の危険を知らせる鬼気迫る鳴き声が響き渡った。


「「「カー! カァーッ!」」」


(この刺さるような威圧感……とうとう来たのであるな――)


 アカーシャが鳥肌の立つほど空間を支配するような威圧感、そして夜に変えてしまうという常識外れの力。

 そんな人物は一人しかしない。


 神を除けば、ほぼ間違いなく、肩を並べる者はいない。

 アカーシャが唯一畏怖を抱く存在。

 

(――父上)


 そう、父ウラドである。

 

(にしても、アラクネの結界を施しておいて正解だったのだ……)


 父ウラドの昼を夜に変え魔力が続く限り、空間を支配できるという常識外れの能力。


 実は人間からの侵略だけでなく、この事態も加味して、クロベエたちが生活する裏山に結界を張っていたのである。


(しかし、そうか……ついに来てしまったのだな)


 歯をギリッと鳴らし、拳を握り締めて覚悟を決めるアカーシャ。その様子にアラクネ、フリーディア、キルケーの三名も何が起きたのか理解したようで、瞬時に窓ガラスの方に視線を向けた。

 


 そんな中。

 


 一番、ベランダの近くにいた愛美が口を開いて、


「そんなそんな〜! 夜なわけないじゃないですか〜! あれじゃないですか? たまたま大きな雲に太陽が隠れたとか――」



 窓ガラスに手を掛けた――その時。



 僅かに生まれた隙間から何か白銀に光る何かが、突風を引き連れて、その横を通り過ぎた。


「うわっ!」


 巻き起こった突風に、愛美は体勢を崩して横転しそうになる。


 けれど、フローリングにぶつかる間一髪のところでフリーディアに受け止められてことなきえた。


「あ、ありがとうございます。フリーディアさん」


「いえ、愛美殿が大丈夫で良かったです! しかし――」

 

 それでも白銀に輝く何かの勢いは止まることなく、キルケーへと飛び掛かった。


 その正体は……。


(まさか、サンテリまできておるとは……)


 夜の国でランスロット家と同じく、古くから王家に忠誠を誓い仕えているクラストル家、現当主、女人狼のサンテリ・クラストルだった。


 夜の国を象徴する漆黒の鎧。

 輝く白銀の毛並み、口元からは発達した犬歯が覗かせて、その正確無比な攻撃がキルケーを襲う。


「死んでもらいますわ、魔女キルケー!」


 その言葉と共にギラリと鈍く光る鉤爪。


 キルケーも反応して、箒を異空間から取り出すが……もうすでに、その攻撃は喉元まできていた。


「キルケーッ!」


 アカーシャが叫び、血を飛ばして鉤爪の軌道をズラす。


 同時にフリーディアも異空間から刀を取り出し、抜刀。

 瞬時に踏み切って、


「ぐ――っ! 屈め、キルケー!」


 キルケーが屈んだことを確認し、一閃。

 

 少し遅れてアラクネも魔力を練り込んだ糸を飛ばして、キルケーを移動させる。


「……キルケーさん! 左側へ」


 神の血を引き、この世の中全てと言っても過言ではないほどの叡智を持つ強き魔女キルケー。


 瞬時に状況を把握、異空間から箒を取り戻して体勢を整えた。


 けれど、虚を突かれたことで、その反応がコンマ数秒遅れてしまい、頬に攻撃が掠る。


「ぐ――っ!」


 つぅーっと頬から血が滴る。

 それを拭って、キルケーはいつものように軽い口調で言葉を発した。


「あ、ありがとうみんな! おかげでなんとか躱せたよ」


  だが、迫りくる殺気の正体を目の当たりにして、キルケーの心は凍りつく。


(けど……まさか、僕を狙ってくるなんて……)


 アカーシャの声、フリーディアの一閃、アラクネの糸によって、三撃を躱せた。


 きっと四撃目も箒を盾にすればどうにかできる。


 けれど……。


(……このままじゃあ、次の一手が打てない)


 空中で躱されようとも、自身が生み出した風を蹴って縦横無尽に攻撃を繰り出すサンテリ。


 アカーシャと拳を交えた時のように魔法を宿した殴打で応じてもいい。


 だが――その時は違うのだ。


(すぐ横に猛くんも、村田くんも田口くんだっているんだ! 今回は魔法を使えない)


 この距離では、大切な存在である猛たちを巻き込んでしまう。


 思考を加速していると、次の一撃がキルケーを襲った。


「ヴ――ッ! お、重い!」


 しかし、何とかその手に持つ箒で受け止めて事なきを得る。

 

「まだ抗うつもり? 哀れな魔女……潔く滅びなさい!」


 そういうとサンテリは鉤爪で箒を真っ二つに折る。


 バキッと乾いた音が鳴り響き、木片がパラパラと宙を舞う。


 手に、腕に衝撃が伝わる。

 そして、死の予感も。


(あはは〜♪ もうダメだ。打つ手ないや……これで終わり――かぁ……)


 今まであったことが頭によぎる。

 薬学の神に引き連れられて、魔女アリスに出逢い育てられ、ウラドに出逢いアカーシャ、アラクネに師事した。


 そして、流れでこの不思議な世界に居付くことになった。


 まさに、数奇なる人生だった。


(死ぬのか……僕)


 再度、振り下ろされた一撃が空気を切り裂きながら、ゆっくりと確実に命を刈り取ろうしている。


 昔であったなら、受け入れていただろう。

 長く生きすぎて、やることもなく、知り合いもいない。

 無意味な日々を過ごしていた昔なら、すべてに諦めていた。


 だが、今は違う。


 アカーシャ、アラクネに師事し、千恵子に出逢った。

 そして、新たな目標が出来た。


(そうだ……僕はこの子たちの行く末を見届けたい!)


 起こしてきた奇跡、その最後を見るまで。


「か、簡単にやられてやらないよっ!」


 拳を握り締めて、渾身の右ストレートを繰り出す。

 それは魔法……魔力すら宿さない、ただの人間の拳。


「あはは! そんな陳腐な攻撃、わたくしに当たるわけないでしょう!」


 その通り当たるわけのない、凡庸な一撃である。


「……うん、そんなの僕が一番わかってるよ!」



 ――刹那。


 

 白銀の残光が走り、キルケーの視界を覆い尽くす。


 その瞬間、サンテリの目にも異様な光景が映った。

 確かに今、勝利を確信していた。

 

 だが――聞き慣れぬ咆哮が、空気を切り裂いた。

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