賑やかな日常、冬のコミケに向けて
木枯らしが窓を叩き、少しずつ人恋しさが増していく季節。
相反して山本家では、うるさいくらいの賑わいをみせていた。
ダイニングでは、パソコンを前にしてぶつぶつひとり言を呟きながら作業する千恵子。
リビングでは、キルケーと独走蝙蝠の面々が出版物のおまけにと撮影会をし、その奥、革張りのソファーでは臣下組の二人が薄い本をあーでもないこーでもないと熱心に語り合うといった混沌が広がっている。
それだけではない。
さらにその向こうのベランダ手前では、フローリングにシートを敷いて、猛やアラクネと友達の西園寺くれはたちがフェルトのぬいぐるみを黙々と作っていた。
「ニヒヒ♪ なかなかに賑やかであるな!」
と腰に手を当て笑みを咲かせるのは、自らの血液で生成した服ではなく、妹アラクネお手製セーターと短めパンツを履いているアカーシャ。
もちろん、胸元には大きく【ちえこの嫁】と刺繍されている。
「にしても、もう11月であるか……あっという間なのだ」
と、冷えたトマトジュースをゴクリ。
一気に飲み、グラスをシンクに置いて、ふと冷蔵庫に貼り付けたカレンダーをめくった。
夜の国では、時の流れを意識したことはなかったというのに、この世界に来て実感していた。
(そもそも、あれではないか? イベントごとが多いからそう感じるのではないか?)
正月にバレンタインデー、ひな祭りにホワイトデー、エイプリルフールにゴールデンウィーク。
この世界のイベントごとは多岐にわたる。
(というか、推しという概念が影響しているような……?)
「推し」とは、推し活をしている者にとって心の支えであり、時間を忘れさせる魔力を持った存在。
実際アカーシャ自身もマヒルという推しを見つけてから、色々と忙しくなった。
なんせ【戦え、ヴァンパイアちゃん】が盛り上がりを見せれば、見せるほどにメディアミックス展開されていく。
言わずもがな、アカーシャはそれを追う。
さらには推しを共有している千恵子にアラクネまでもが乗っかるのだ。
いささか一般的な家庭とは違うような気もする。
けれど、
(……まぁ、楽しいからいいのだ!)
結局のところ楽しいならどうでもよくなるアカーシャである。
寧ろ、今はそんなことより重要な案件が目の前で繰り広げられていた。
(それよりも――この状況を早くどうにかしないとならぬな……)
賑やかなのはいい。
けれど、それも限度があるし、ましてやここは旦那様との愛の巣なのである。
いくら気心知れた仲であろうとも、長く入り浸れるのは、あまりいい気はしない。
いや、違うアカーシャはただ単に全員分の食事を絶対用意したくないだけなのだ。
(……少し察して欲しいのである)
などと心で呟き指をつんつん。
自らの聖域……キッチンからリビングダイニングを見渡す。
そこには、来月開催のコミケに向けて、熱を増していくいつものメンツ+α(独走蝙蝠の面々)がいた。
アカーシャはため息をつきながら、一歩、ニ歩、三歩近づいていく。
そして、まずはダイニングテーブルでノートパソコンとにらめっこしている愛しの旦那様こと、千恵子に話しかけた。
「旦那様……これは一体いつになったら終わるのだ?」
しかし、その問いかけに対して千恵子は即座に答えることができず、
「いつ? うーん、ちょっと待ってよ……」
と、予定表の表示された液晶画面を眉間にしわを寄せながらスクロールして数秒後――ようやく口を開いた。




