初めての転移魔法(二回目)
千恵子のマンションから、私鉄を乗り継ぐこと四十分の場所にある工場地帯。
棺桶間ネジ株式会社という千恵子が勤める中小企業付近の路地裏。
彼女は魔法を体験したいと好奇心から、アカーシャに送り届けてもらったのである。
念のため人にバレるのは良くないので、人通りが少ない路地裏を選んだ。
「ゔ――っ! て、転移魔法ってこんなに酔うんだね……うっぷ」
選んだわけであったが、初めて(起きたままで)の転移魔法がよっほど堪えたようで、その千恵子の顔面からは血の気が引いて、今にも嘔吐しそうな状態になっていた。
(って、すんごく楽しそうだし)
えずく千恵子の前では、アカーシャが発達した犬歯を光らせて、
「フハハハハー! なかなかによい場所であるな!」
ツインお団子を揺らしながら、ピョンピョンと跳ねていた。
ちなみにこの髪型は、千恵子が結ったものである。
「髪型を気に入ってくれて何よりだけどさ、その服はどうにかできないの? ――うっぷ」
千恵子はアカーシャの服を見て苦笑する。
それもそのはずで、アカーシャの服装は【ちえこの嫁】と書かれた自己主張強めな真紅のダボダボパーカー。
フリルショートパンツと黒のブーツという攻めに攻めまくったものなのだ。
千恵子の言葉に、アカーシャはこれでもかと言わんばかりに胸を張って見せて、
「このままがいいのだ! それにこれは我と旦那様が行なった初めて共同作業であろう?」
ニンマリ幸せそうな笑顔をアカーシャに向けた。
「こらこら、誤解を招く言い回しをしない。確かに共同と言えばそうだけどさ」
千恵子が頭に浮かべたのは、ここに来るまでの出来事。
リビングのソファーで自分がうなだれていたら、アカーシャが転移魔法で送って行くと言って、それにほんの少しラッキーと思って返事をした。
そこから――。
(この世界での服装の話をしたんだよね……)
時間に余裕が出来たことで、自然と心にもゆとりが出来て、洋服について話をした。
でも、それが問題であった。
初めはアカーシャの見た目が可愛いから似合うはずという軽いノリで見せた。
自室にあった、ダボダボパーカーにブーツ姿の吸血鬼少女マヒルが活躍する【戦えヴァンパイアちゃん】という漫画を。
だが、それがこの事態を招いてしまったのである。
(まさか、ハマるとは思わなかったよね……ヴァンパイアと吸血鬼は違うとか、色々と言ってたのにさー、その上、最終的には見た目も一緒にしたいとか言い始めるし。もちろん、悪ノリしちゃった私にも原因はあると思うけど)
好きな物を前にして、語り合うことが出来て、共有することが出来て嬉しい。
つまりは社会人になってから、会社関係以外で趣味を理解してくれる友達が出来て嬉しくて、ついつい歯止めが効かなくなった感じである。
(でも、便利だよねー……どういう原理か検討もつかないけど、血液を操作して衣服まで作っちゃうんだからさ。私が着せたパーカーもなんか色々と変わってるしね。良くない方向に)
実は【ちえこの嫁】と書かれた自己主張強めな真紅のダボダボパーカー、千恵子が強引に被せた物だったりする。
それをアカーシャが自らの血で染め、その有り余る独特なセンスでデザインしたのだから、共同作業などということを言ったのだ。
そんなことを考えながら、千恵子はアカーシャの服を凝視する。
彼女の視線に気付いたようで、アカーシャは真紅の瞳を瞬かせて再びニンマリして、
「そんなに見つめてどうしたのだ? もしや、我に恋でもしたのか?」
パーカーをめくって可愛いおへそをちらりと見せた。
「わ、我はいつでも準備出来ておるぞ?」
大胆行動に出たのだが、その顔はトマトのように真っ赤である。
「やめんか! 社会的に死ぬわ!」
千恵子はつかさずツッコみ、めくられた裾を素早く戻して、
「というか、恋って、何度も言ってるけど私は女。だから、そういった感情は抱かないの! そ・れ・にっ! 見ていたのは服!」
都会で働く女性として、しっかりと反論した。
「ふむ……しかし、旦那様の部屋には、そういった趣向の本があったような……」
「だあぁぁぁーーーーー! あれは芸術みたいなものなのっ!! だから、参考にしないっ!!!」
アカーシャからの、予想外の反撃に慌てふためく。
否定、考えを修正する為に、両手をブンブン勢いよく振って、振りまくる。
だが、正直なところ思い当たることしかない。
(最悪だ……)
そう、心の内で落ち込む。
けれど、アカーシャには何故慌てているのか、伝わっていないようで、首を傾げて、
「むぅ……そうなのか」
頷き、笑みを浮かべた。
「でも、我は別に気にしないぞ? 恋は自由であるべきなのだからな!」
心の中でそれはどちらかというとアカーシャでは? 私一度もそんな言葉とか、雰囲気とか出してないよね? などと、呆れながらもやはり、ツッコむことを止められない千恵子であった。




