妹ばかり愛された王女は隣国の王太子の元で開花する 番外編
番外編になります。コーランド王国にいた時のアリーチェのわずかな幸せの時間を書いてみました。
アリーチェは自然といつもより早く目が覚めた。アリーチェは起きたいと寝る前に念じたらその時間にちゃんと目を覚ますことができるので特技だと思っている。
いつものように自分で水を運び顔を洗い朝の身支度を整えると厨房へと向かった。厨房では王家の朝食作りの真っ最中の料理長を初め三人の料理人と、使用人の食事作り担当の五人が忙しそうに動いていた。
「ごめんなさい。いつもの隅っこ使わせてもらうわね?」
アリーチェが声をかけると料理長が許可を出してくれた。
アリーチェは自前の前掛けをすると早速調理にと入った。
「アリーチェ様何をお作りになられるんですか?」
使用人の料理担当のロンが聞いてい来る。
「今日はセレーネが孤児院に慰問に行くからその時に持って行くお菓子を作るの。今回はマドレーヌにしようかと思って」
ロンが眉尻を下げる。
「ご自分で作られないなら買っていけば良いのに」
「シッ!どこで聞かれているかわからないから黙っておけ」
こちらも使用人の料理担当のロンの先輩ダノンだ。
「でも」
「良いのよ。お菓子作りは楽しいもの。初めて料理長に作り方を教えてもらってから色々研究しているのよ。こう見えて」
アリーチェが笑うとロンとダノンもしょうがないなあという顔で笑った。
「今回はニンジンのマドレーヌととほうれん草のマドレーヌにしようかと思って、昨日のうちに料理長に下準備は頼んでおいたの。だから一人で作っているわけではないのよ。頼るところは頼らせてもらっているわ」
そう言うとアリーチェは黙々と材料をこね始めた。そこへほうれん草のペースとを入れ砕いたクルミを入れる。更に混ぜ合わせてこねて型へと入れた。同じようにニンジンの方もペーストを入れこちらはドライフルーツを入れる。どちらも栄養満点の焼き菓子だ。
朝食用のパンは全て焼き上がっているようだったので全ての焼き釜に型を入れて焼いて行くことにした。そうすれば早くたくさん焼ける。
焼き上がりを待っている間に次の分の材料を混ぜ合わせて行く。
「アリーチェ様は優しすぎるんですよ。慰問に行くのに王女の手作り、なんて決まりはないんですから自分で作らないなら買っていけば良いんですよ。それをセレーネ様が作った様に持って行くなんて」
まだロンが言っている。仕事は終わったようだ。今日はセレーネが外出することもあって侍女たちはそちらにかかり切りだ。厨房の中も騒がしく聞かれる心配はないが気を付けるにこしたことはない。
「ここを辞めたくなければそういったとことを言ってはダメよ。ロンに会えなくなるのは悲しいわ」
「僕も担当の仕事が終わったのでアリーチェ様の手伝いをしますよ」
そこにダノンが加わり三人で型に流して焼いてこねてを繰り返すうちに籠いっぱいのマドレーヌが出来上がった。
「ありがとう。ふたりのおかげで思ったより早くにたくさんできたわ」
厨房の中はもう片付けも終わり始めていた。
そこへ侍女長がやってきた。
「できましたか?」
名前すら呼んでもらえないとは。
「ええ。こちらの籠がニンジンでこちらの籠がほうれん草よ。どちらもマドレーヌだから日持ちは少しするわね」
侍女長は黙ってそれを受け取ると去って行った。
「何なんだよあれ。アリーチェ様に対して言うことがあるだろう」
「だから、ダメよ。そんなこと言っては。さあ二人とも隣で食事をしてきて。まだでしょ?」
厨房の奥の扉を入ると使用人用の食堂に繋がっている。厨房以外の使用人は別の扉から入るのだ。
そんな話をしていると良い香りがしてきた。甘い香りだ。
「アリーチェ様。よろしければ厨房で朝食を召し上がっていかれませんか?」
そう言って料理長がアリーチェの目の前に出したのは焼き立てのパンケーキだった。
二枚のパンケーキは湯気が立ちのぼり、たっぷりのはちみつがかけられバターが乗っている。その横には数種類のカットされた果物がたくさん添えられていた。
カットされた果物は彩も美しい。宝石のようだ。横には器にカットされた果物が入っている。レニアの分だ。
「美味しそう!もちろんここで食べるわ。ありがとう」
アリーチェは差し出されたフォークとナイフを持つと精霊リューディアとスティーナに恵みを感謝し食べ始めた。
「美味しい!いつもふわふわね。料理長のパンケーキ!」
アリーチェの普段の食事では出せないのだ。パンケーキはセレーネの好物でそれをアリーチェが食べるのを許さない。だから部屋にも持って行けないから王女でありながら厨房で食べてもらうしかない。
料理長は折を見てアリーチェの好きなものをそう見えないように作るすべを思考し試している。
だから侍女たちの目が届かない今日のような日を狙ってパンケーキをアリーチェの為に焼いた。
美味しそうに食べるアリーチェを三人が見守った。
数日後、アリーチェの執務室にはたくさんの手紙が置かれていた。そのうちの一通は先日セレーネが行った孤児院の子どもたちからだ。
セレーネが行ったにもかかわらずアリーチェのところに来ているのは返事をアリーチェに書かせるためだ。目立つこと以外はしないセレーネらしい。
アリーチェは封を切ると読み始めた。中には子どもたちの拙い手で書かれたお礼の言葉が溢れていた。ニンジンを食べることができるようになったとか、美味しかったと書かれていることにアリーチェは幸せを感じた。
この言葉でまた美味しくて栄養がたっぷり詰まったお菓子を作ることができる。
誰かに喜ばれ感謝されるとやはり嬉しいものだ。アリーチェはそれを原動力にまたお菓子研究を始めるのだった。
本編でたくさんのご意見ご指導をいただきました。ありがとうございました。
その中でこんなシーンが読みたかったというご意見をいただいたので番外編として書いてみました。
そのうちちゃんとした続編を書けたらいいなと思います。
ありがとうございました。