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勇者の証明

 私はこれまでの出来事を全て包み隠さずにシャルに伝えた。偽者の話なんか聞かないと言って衛兵に通報されないかビクビクしていたが、シャルは怒りを抑えて話だけは聞いてくれた。聞き終えた彼女は怒りよりもむしろ疑念の方が強くなっているようだった。


「つまり、ロッドは召喚されたのにその姿のせいで信じてもらえなくて、牢屋に閉じ込められて何されるかわからなかったからここまで逃げて来たってこと?」

「そうその通り。現に手配書には『偽勇者』って書いてあるだろう?召喚されたことは事実なんだ」

「うーん、ちょっと信用できないかも。ロッドが自分から偽者を名乗ったわけじゃないのはわかったけど、王様の言う通り、本当の勇者だとは思えない。召喚された勇者は今までずっと女の子だったらしいから」

「……だよね、私ですら自分を勇者だとは思っていない。けど、もし本当に、本当に勇者だったら、君はどうする?」

「いっしょに冒険したい!」


 シャルはにっこりと笑った。


「それに、ロッドが勇者じゃなくても、私はいっしょに冒険したいって思うよ。衛兵を一撃で倒せる人なんて中々いないもん。ロッドがいてくれたら、とっても心強い!」

「ただ私には、冒険をする理由がないんだ。この世界に来たのもついさっきだし、何をしたらいいのか……歴代の勇者はみんな中央大陸を目指したそうだが、どうしてなんだい?」

「中央大陸はね、どんな願いも叶えてしまう魔法があるって言われているの」


 どんな願いも叶える魔法、もし、それが本当なら———


「それは、本当にあるのかい?」

「……今から話すことは、絶対誰にも言わないでね」

「……だったらこの場所はちょっとまずい。まずはそこで横たわってる衛兵さんと、散らばった紙をどうにかしないと」


 まず衛兵は教会の椅子に寝かせておいて、紙は一応すべて破いておいた。私たちは教会を出て、シャルが住んでいるという家にまで向かった。

 

「あの教会に住んでいるわけではなかったんだね」

「うん。お父さんが持ってた教会だけど、今は叔母さんが管理してる。私は毎日そこに行って勉強したり、教会の手伝いをしなきゃいけないの」

「叔母さんというのは、君と一緒にいた人のことかな?」

「そうだよ。お父さんが死んじゃってからはずっと面倒を見てくれてた。けど、私だってもう立派な大人なんだから、自分のことは自分でできるよ!今向かってる家にだってずっとひとりで住んでるんだから!」

「……そう、それは立派だね」


 彼女の口ぶりからして、母親は一緒に住んでいないらしい。亡くなってしまったのか、それとも私と同じように……


 そこから先は何も考えないようにした。勝手に邪推するのは失礼だし、私が知っている必要はないことだ。



▲▽▲▽▲



 道中衛兵に見つからないように注意しながらシャルの家の前にまで来た。家は大きいわけではないが、どこか家庭的な温かさを感じる外観だった。シャルとその家族が、ここに住んでいた情景を自然と思い浮べることができる。私は彼女のことをまだよく知らないはずなのに。


「椅子に座ってて。お茶を持ってくるから」

「そんな、気を遣わなくて大丈夫だよ」

「私がしたいからそうするの!この家に叔母さん以外の人が来ることなんて滅多にないんだから」


 私は大人しくテーブルの椅子に座った。シャルはお茶が入ったカップを2つ持ってきて、1つは私の前に置き、2つ目は彼女自身が手に持ちながら私の向かい側の椅子に座った。


 シャルはカップに口をつけながら、しばらく黙っていた。私も彼女が話し始めるまでお茶を飲みながら見守っている。

意を決したのか、カップをテーブルに置いてゆっくりと口を開いた。


「私のお父さんが11代目勇者と一緒に中央大陸に上陸したのは話したよね」

「うん。聞いているよ」

「そのときの冒険で、戻ってきたのはお父さんだけだったの。周りの人たちはみんな勇者たちが死んじゃったんだって思ってるんだけど、私がそのことについて質問したとき、お父さんは嬉しそうに笑ってこう言ったの」


「『みんな、願いを叶えたんだよ』って」


「……その願いの内容は教えてもらった?」

「ううん、そこまでは。でも、お父さんは嘘をつかない。だから、願いを叶える魔法は、きっとあるんだよ!」


 シャルはキラキラ輝いた目で、私の黒い顔を見つめた。どんな願いも叶える魔法、それが、本当にどんなことでも叶えてくれるのなら———



 私は、もう一度リンに会いたい。



 会って、謝りたい。リンを遺して死んでしまったこと。悲しい思いをさせてしまったこと。そして、リンに伝えたい。私はずっと、君を愛している、君を、ひとりにはさせない。どんな願いも叶える魔法なら、そんな最期の言葉だって、リンに届けることはできるはずだ。


 私がこの異世界でやるべきことは、もう決まった。


「シャル、私は本当の勇者ではないかもしれない。それでも、私は中央大陸に行く。"勇気"だけなら、誰にも負けない。だからもし、君が冒険に行くのなら、私も連れていってほしい。私はまだ、この世界について何も知らない。君がいてくれたら、とても心強い」


 シャルはその言葉を聞いて、勢いよく立ち上がった。


「もちろん!これからよろし———

「何を勝手に話を進めているんですか」


 突然、買い物籠を持った叔母さんが、扉を開けて現れた。そしてその後ろには、大勢の衛兵が立っていた。


「シャル、こっちに来なさい。その人は悪い人なんですよ。教会で横になっていた衛兵さんに聞きました。あなた、勇者の偽者なんですよね?シャルをたぶらかすのはやめてください」

「たぶらかされてなんかない!私は自分の意思でロッドを誘ったの!そしてロッドも、自分の決意で冒険者になろうとしているの!それに、ロッドが何をしたの?勝手に召喚しておいて勝手に偽者呼ばわりして、悪いのはそっちだよ!」


 シャルは私を庇うようにして前に立った。すると後ろで控えていた衛兵の中から、明らかに風格が違う女性が家の中に入ってきた。


「失礼する。私は第2師団師団長のミカエルだ。お前が儀式で召喚された者か?」


 長い赤髪を優雅にたなびかせ、威厳ある雰囲気と言葉遣いを前にシャルは思わず一歩後ろに下がる。私はシャルの横に立ってなるべく穏便な声で答えた。


「は、はい。そうです」

「その甲冑はどこで手に入れた?」

「それは……牢屋を出たあと、鉢合わせた衛兵さんを気絶させて……」

「そいつには後でみっちりしごきを与える必要があるな。それはそれとして、お前は牢屋を無断で抜け出し、あまつさえ衛兵を2人攻撃した。痛い思いをしたくないのなら、大人しくついてこい」


 ミカエルはそう言って腰に携えている長剣の柄に手をかけた。確かに、私が結構派手にやらかしたことは事実だ。それに師団長が直々に出てくるほど、この事件は大きくなっているらしい。このことが国を超えて広まっていけば、今後の冒険にも支障が出る。ここは大人しく、王城に戻り身の潔白を証明するのが賢明———


「し、師団長!緊急事態です!」


 私が口を開きかけたそのとき、扉の外から青ざめた顔をした衛兵がひとり入ってきた。


「どうした?」

「東方面から魔獣多数接近!さらに斥候からの情報によれば、魔人族が1人先頭に立っているそうです!」

「魔人族だと?!私もすぐに向かう!それまで訓練通り魔術師連隊は壁の上で防護結界を形成!衛兵は地上で陣形をとり、結界が破れた際の侵攻に備えろと伝えろ!」

「は!了解です!」


 伝令兵は言われたことを瞬時にメモして手に持つ伝書鳩に持たせた。


「……さて、お前に構っている余裕がなくなった。衛兵を3人ここに残しておく。お前は絶対にここを離れ———

「私も連れて行ってください」


 ミカエルが言い終わる前に、私は一歩前に出ながら言った。魔獣や魔人族がどれほどの強さかはわからないが、ここで力を示せば、本当の勇者だと思ってくれるかもしれない。


「お前がいても足手まといだ」

「私はあなたが鍛えた衛兵2人を倒しています」

「……」


 ミカエルはこちらを睨みつつ、頭の中でどうするべきかを考えているようだった。


「……よかろう。今は少しでも兵力を投入する必要がある。仮にも"召喚"されたのだ。それ相応の働きはしてもらうぞ。

よし!今すぐ出発する!全兵、ついて来い!」


 ミカエルはそう言って家から出ていく。私も着いて行こうとすると、シャルが呼び止めた。シャルがこちらに手をかざすと、私の足元に緑色の魔法陣が現れる。すると身体の中から力が湧き上がってきた。


「一時的だけど、回復の奇跡を付与しておいたよ。傷を負っても自動で癒してくれる。……ロッド、私はまだ、あなたが本当の勇者だとは思ってない。だから、証明してきて!ロッドはちゃんと、第13代目勇者として、この世界に召喚されたんだってことを!」

「……ああ!もちろん!」


 私は確かな返事と共に、シャルの家を飛び出した。


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