棒人間は身バレが早い
「ロッド!いい名前だね!」
「ありがとう。そう言ってもらえると嬉しいよ。ところで、君はこの町について詳しいのかな?」
「うーん、詳しいってほどじゃないけど、大体のことは知ってるよ。そういえば、町には初めて来たんだよね!だったら私が案内してあげようか?」
中々ありがたい提案だが、今王城から脱走してきたばかりなので、町を歩き回って衛兵に見つかりたくはない。
「悪いけど、遠慮しておくよ。あまり外を出歩きたくないんだ。代わりにここで町について教えてくれると助かるな」
「わかった!それじゃあ地図を持ってくるからちょっと待ってて!」
シャルはそう言うと立ち上がって教会の奥の部屋に入っていった。初対面のはずなのに彼女は私のことを怖がるわけでもなく親切に接してくれている。今後ひどい迫害を受ける覚悟でいたので、彼女のような優しい人物に会えたことは幸運だった。
ものすごい物音がその部屋の中で響いたあと、しばらくして部屋から出てきて、丸まった地図を持って再び私の隣に座った。
「この町の名前はエール。5つの大陸のうちの西の大陸にある、クロスウェル連合王国に属しているの。この町は昔から"勇者"召喚の地として評判になってて、次は13代目になるはず」
だとしたら私が13代目の勇者になるのか。
ただ王様の言う通り、召喚そのものが失敗だった可能性がある。そもそもなんで勇者をわざわざ別世界から召喚する必要があるんだ?
この世界で勇者が誕生することはないのだろうか……?
「その勇者っていうのは、召喚されたら何をするんだい?」
「時代によって変わってくるけど、ほとんどの勇者はみんな"中央大陸"を目指して冒険をするの!私のお父さんはね、11代目の勇者の冒険に参加したんだよ!」
シャルは誇らしそうに胸を張った。
その姿は、絵を自慢しているリンにそっくりだった。
「……君は父親に憧れて、冒険者になりたいのかな?」
「うん!お父さんは聖職者なんだけど、すごく強くて、冒険から帰って来てからも、ずっと町に近づく魔獣を倒していたんだよ!それに毎晩聴かせてくれる冒険の物語は、本当にワクワクするものばかりだった!」
「へぇ、それは是非とも聞いてみたい」
「……お父さんは、もう死んじゃったの」
シャルはそう言って、少しうつむいた。
「……君は今何歳?」
「……?13歳だよ」
それはまだ、親の死を目の当たりにするには早すぎる年齢だ。
「……お父さんは、最期に何か言っていたかい?」
「うん、病気で苦しそうだったけど、笑顔で私にこう言ってくれた。『愛してる。死んでもずっと、そばで見守ってるよ。絶対、ひとりぼっちにはさせない』って」
シャルはそう言って、少し微笑んだ。
彼女にとってその最期の言葉が、どれほどの救いになっているのだろうか。
私はリンに、何も言ってやれなかった……。
「あと、お父さんは私にこれを譲ってくれたの」
シャルは首にかけていた黒い十字架のネックレスを私に見せた。その十字架の黒さは、私の身体に匹敵するほどだった。
「この十字架はね、お父さんが"中央大陸"で見つけてきたもので、不思議なのが、私以外の人が触ろうとすると、どうしても跳ね返されちゃうの。お父さんはこれを、肌身離さず持っていなさいって言ってた」
「"中央大陸"というのは、この地図の真ん中にある大陸のことだよね?」
「うん!知ってると思うけど、中央大陸の周りは1年中荒れた海で囲われていて、大陸に上陸できた人はほとんどいない!上陸できたとしても、そこは強大な魔獣や未知の文明が沢山あって、未だ完全にその全貌を把握できていない!そんな未開の地を切り拓きに行く、勇気ある人のことを、最初は"勇者"って呼ばれてたの!」
なるほど。それが勇者の由来なのか。
だとしたらますます、『勇者を召喚する』というのが不可解だ。それにシャルは『最初は』と言った。つまり今は違う意味、もしくは違う誰かに対して呼んでいる言葉なのだろう。
その後もこの町や国のことについて地図を交えて多くのことを教えてもらった。シャル自身詳しくは知らないと言っていたが、さすが冒険者を目指しているだけあって各地の伝説や噂話を時々はさんで教えてくれる。
その中のひとつなのだが、どうやら今回の"召喚の儀式"は極秘で行われていたらしい。彼女は冒険者が集う"ギルド"で噂になっていたのを聞いたそうだ。噂になっている時点で隠せていないのではないか?それにだとしたら私が脱走したこともすでに広まっているかもしれない。
シャルとの別れは名残惜しいが、この町にとどまっていたらいずれ必ず捕まる。何よりこの衛兵の格好がよろしくない。他の衛兵に見つかったときサボってましたと言い訳することはできないだろう。
「シャル、今日はありがとう。色々と勉強になったよ」
「私も、いい話し相手が見つかってよかった!よかったらまた教会に遊びに来て!待ってるから!」
「……わかった」
実際には、私はもうこの町に来ることは無いだろう。それでも、彼女を落胆させたくない、だからまた、嘘をついた。
私は立ち上がり、教会の扉を開けようとする。すると、私が扉を押す前に、扉が勝手に開いた。扉の向かう側には、自分によく似た格好の男性、つまり衛兵さんが1人、紙の束を持って立っていた。
「む?貴様、所属はどこだ?ここは我々第2師団の管轄だぞ?」
神様、どうかお許しください。私は今から3度目の嘘をつこうと思います……。
「は!私は第1師———
「あーあー衛兵様!この人は衛兵じゃないんです!ただちょっと呪いにかかっちゃって、人前に姿が見せられないから、親切な衛兵の人に甲冑をもらっただけなんですよ!」
私が罪を犯す前にシャルが全て正直に話してくれた。どうやら誤解されると思ってくれたらしい。その心遣いは涙が出るほど嬉しいが、私は甲冑をもらったのではなく、正確には奪っているのだ。私のついた1つ目の嘘がここで牙を剥く。
「甲冑だと?王様から直々に頂く有難き我らが誇りを、易々と誰かにあげるものか!貴様、まさか———
———ドス!!
本日2度目のボディブローを繰り出す。衛兵は勢いそのまま後ろに倒れ、手に持っていた紙の束が散乱した。子どもの前でこんな理不尽な暴力を見せてしまうとは、大人失格だ。それに衛兵を殴るなんて町の住民からしたら前代未聞だろう。その証拠に、シャルは驚いた様子でこちらを見ている。
「ど、どうして気絶させたの……?借りた人の名前を言えば信じてくれたかもしれないのに……」
「そ、それはだな……」
この期に及んでまた嘘をついたら私はシャルに、そしてリンにすら顔向けできない。マシな大人ではなくとも、クズな大人にはなりたくない。
どこから話すべきか、下を向いて悩んでいたら、ふと、衛兵がばら撒いた紙が目に入った。私はそこに書かれていた絵と文字を見て、見えない口をあんぐりと開けて、思わず後ろに下がってしまった。
「どうしたの?……え、これって……」
シャルは床の紙を1枚とって見る。そこには大きな文字でこう書かれていた。
『偽勇者が脱走!!この人物を見つけたら至急衛兵に伝えるべし!!』
そして、とってもよく似た似顔絵がその文字の上に描かれている。そりゃぁ、棒人間ですから、書くのは簡単だし、刷るのも楽ですよね……。
少し可笑しく思っていたが、すぐに私はある重大なことに気づいてしまった。
普通ならこんなふざけた指名手配書はまともに相手されないが、目の前の少女はこれによく似た人物をすでに知っているのだ。さらに彼女にとって勇者とは、父親と共に中央大陸へと足を踏み入れた尊敬する冒険者のひとりだ。つまり、そんな人を侮辱する偽者に対して、向ける感情はただ1つ。
「"偽"勇者って、どういうことなの」
シャルは怒りの眼差しで、こちらを見た。