表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/7

棒人間はつらいよ

 死んだ。


 確実に死んだ。


 目を開けたらきっと地獄なのだろう。

 現世に残した娘は無事なのだろうか?なぜいきなり飛び出したんだ?いや、そんなことどうだっていい。リンの無事を今すぐ確認したい。私はなんて不甲斐ないんだ……まだ幼い娘をひとり残して死んでしまうとは……。


 後悔と自分への怒りが頭の中を駆け巡る。

 ……だが、もうどうしようもない。

 今の私にできることは、閻魔様からの罰を受けて、娘のためになる生き物……犬がいいかな……とにかくそばでずっとリンを守ってやれるような、そんな来世を期待するしかない。


「成功だ!成功したぞ!」


 どこからか、老爺の声が聞こえてきた。

 それと同時に、そこかしこから歓声が聞こえてくる。


 なぜ地獄で歓声なんてものが聞こえるのだろうか?


 私は恐る恐る目を開けると、目の前に白いローブを着たいかにも魔術師っぽい老人が両手をこちらに向けて立っていた。


「……は?」


 私は辺りを見渡した。


 横と後ろにはさっきの老人と同じ格好をした人たちが立っていて、下を向くと、魔法陣のようなものが紫色に光っていた。彼らの周りには衛兵らしき人々がいて、顔を上げると、階段の上の玉座にはひげを生やした小太りのおじさんが座っていた。


 若い頃RPGゲームをやりこんでいた私には分かる。

 ここは、地獄なんかじゃない。

 ここは、異世界だ。それも、超王道の。


 地獄じゃないのは幸いだったが、まさか異世界とは……。


 ここが異世界で、周りの状況を見れば、私が現世から呼び出されたことは明白だった。


 しかし、ここでひとつ疑問が浮かぶ。

 私は現世で死んだのだから、普通転生したら赤子からスタートのはずだ。だが、私は立っている。ほら、ちゃんと脚が…………え?


 そこで初めて気がついた。


「………棒なんだが。脚が、身体が、腕が、棒なんだ

が……」


「お、おい、これは、、成功なのか?」


「今までの勇者様とはまったく違う風貌……どの種族とも外見的な特徴が一致せんぞ……?」


「全身が黒くて細い……どうなっておるのじゃ……」


 それは私のほうが知りたい。

 周りの4人の魔術師は集まって何やら話し合っている。

 衛兵は待機命令が出されているのかその場から動かないが、横の人とヒソヒソと話しながらこちらを見ている。


 とにかく、私が一応人間であることを説明しようと、あるのかないのかわからない口を開こうとした瞬間、


「なんだソイツは、気味が悪い!今までの勇者は可愛い娘ばかりだったのに、ソイツは人間かどうかも怪しいではないか!"召喚の儀式"は失敗したのだ!衛兵ども!ソイツを牢屋にぶち込んでおけ!!」


 玉座に座るおじさん……王様は、声を荒げながら私を指さす。それと同時に衛兵が槍をこちらに向けながら周りを取り囲んだ。


 その後、弁解の余地もなく牢屋に入れられた。


「……何がどうなっているんだ」


 自分の黒い腕を見ながら、そう呟いた。



▲▽▲▽▲



 牢屋の中で、私は自分の今置かれている現状について整理した。


「トラックに轢かれて死んだと思ったら、異世界に転生していて、しかも自分の身体が棒人間のように真っ黒で細長くなってしまった。そして私は今牢屋の鏡で目、口、鼻、耳がない、黒い球体を見つめている……」


 口にすると意味不明だが、これが今の私なのだ。


 その中でも1番意味不明なのは、やはりこの身体だろう。

 私の両腕には手がないのに、鉄格子を掴める。

 感覚的には掴んでいるのだが、視覚から得られる情報では掴んでいるというよりくっついていると表現するのが適切かもしれない。


 同様に、脚はあるのに足がない。それなのにちゃんと歩けている。手と同じ現象が起こっているのだ。胴体は1本の黒い線になっていて、腕や脚と同様に鉄格子と同じくらいの細さだ。


 首はない。胴体と頭が直結している。なのに頭を動かせる。鏡に映る黒い球体は動いていないが。他人から見たら頭だけ微動だに動かない不気味な生物に見えるだろう。


 そして最後に、前世が男である自分にとって最も大切な場所であり、急所になり得るアソコは、、、なかった。感覚も、、、なかった。


 尿意も、便意も、まったく感じない。だが、食欲はあるらしい。前世では夕食をまだ食べていなかったので、それが今に尾を引いている。


(身体の特徴は大体把握した。次は可動域を確かめよう)


 そう思い、私は牢屋の真ん中でしゃがみ込んでみる。


 うん、まったく違和感がない。関節は曲がるし、なんなら人間の肉体の時より滑らかに動けるような気がする。この身体がどこまで曲がるか試してみよう。


 脚はピンっと伸ばした状態で、胸をそらして天井を見上げるように身体を動かす。人間の肉体のときだったらせいぜい顔が真上を向くまでが限度だったが、この黒い胴体はなんと顔が真後ろの壁を向くぐらいまでぐにゃりと曲がった。


(……え、キモ……)


 自分の身体にドン引きしつつ、次は両腕の先をくっつけた状態で背中の後ろにまで持ってくる。

 ……普通に痛みもなくできてしまった。


 今度は自分が前世で1度もできなかった開脚をやってみる。黒い脚をスーっと左右に広げていく。ストンっと効果音が聞こえてきそうなほどスムーズに股が地面に着いた。


(……この状態で腕をTの字に広げたら……うんっ『土』になってしまった……ひとり寂しく牢屋で何をやっているんだ私は……)


 ため息を吐きつつ、これから私がどのような処罰を受けるのか考えを巡らす。


 死刑。よくて見世物小屋の奴隷。


 こんな化け物の行き着く先などたかが知れている。自分でもこんな得体の知れない奴を生かしておこうとは思わない。それかもしかしたら私は前世における宇宙人的な扱いを受けるかもしれない。


 手術台の上に縛り付けられ、腹を裂かれる自分を想像する。


(まだ死ねない。さっき死んだばっかりだし。それに痛いのはもうこりごりだ)


 まずはここからどう脱出するかを考えることにした。


 今の私は棒人間なので、もしかしたら鉄格子の隙間を通れるかと思ったが、頭がつっかえた。

 それじゃあ反対側を向いて壁に穴を空けてみようと思い、試しにこの細々とした黒い腕で壁を殴ってみる。


 痛覚確認の意味も込めていたので、そのパンチで壁がどうこうなるとは思っていなかったのだが、驚いたことに痛みは一切感じず、さらに壁は粉々に崩れた。


「………oh」


 思わず嗚咽が漏れる。

 まさか自分にこんな腕力があったとは。

 日々アルバイトで重労働を強いられてきたお陰かも。


 そんなことを考えながら、顔を外に出してみる。


「…………」


「…………」


 巡回中の衛兵が呆然とした表情で外に立っていた。

 互いに何も言葉を発さずにただ見つめあっている。

 棒人間はつらいよ。

 こちらがにっこり笑っても、相手に伝わらないんだから。


「ば、化け物が脱走して———


———ズン!


 衛兵が仲間を呼ぶ前に、腹に黒い棒を突き刺してやった。


 衛兵はその場に倒れ込む。


(化け物か……やっぱりそうだよな……。この姿じゃ人間に見えないし、なにより目立つ)


 そこで私は衛兵を一旦牢屋の中に引きずり入れて、彼が着ていた鎧を拝借した。幸い私と同じくらいの背丈だったのでサイズは問題ない。


(よいしょっと……あれ、意外とフィットするな。てっきり棒だから鎧がガタガタするかと思ったのに)


 感覚的には身体、つまり棒の部分が骨、鎧が肉体の役割を果たしているように思える。だがしかし、私に手と足はないのでそこだけはどうしても違和感があった。カカシが鎧を着ているようなものだ。


 最後に兜を頭に装着する。視界は狭まったが、頭が謎の黒い球体のまま外を出歩くよりはマシだ。


 こうして私は化け物からちょっと違和感のある人間に昇華することができた。鎧に関してはそこまで重さを感じない。せっかく外にいるんだし、ちょっと試してみたいことがある。さっきの馬鹿力といい、もしかしたらこの身体は結構強いのではないか?この疑問を解決するために、私は思いっきりジャンプした。



 案の定、身体は軽い。どこまでも、どこまでも、具体的には城全体が見渡せるほど、高く飛び上がった。


 それと同時に、城を巡回していたほとんどの衛兵に、空飛ぶ不気味な甲冑を目撃されてしまった。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ