にらめっこしましょ、照れたらキスよ。
「にらめっこしよ?」
「え?なに急に」
放課後。恋人の妃乃花と、教室で他愛ないおしゃべりをしていたら、そんなことを言ってきた。
「はい、やるよ~」
「ええっ?」
「はい!にらめっこしましょ、照れたらキスよ」
「キッ…え?!」
「あっぷっぷ!」
彼女はそう歌い、俺の眼をじっ、と見つめた。
「……」
「……」
二重瞼でぱっちりとした、大きくて綺麗な彼女の眼。黒くて艶やかな長い睫が、瞳の上で揺れる。
『照れたらキスよ』
その部分だけ、彼女の声で脳内で再生され、自然と彼女の唇に視線がいく。ふるんと、艶のある桃色の唇が微かに震えた。
ドキッ、として、俺は思わず視線をそらせた。
「はい、照れた~!」
「てっ、照れてない!」
「うっそ!耳まで真っ赤じゃん!」
「ぐぅっ…」
「…はい、負けたからしょーちゃんキスして」
付き合って1週間。キスはまだだった。
目を瞑り、キスを待つ彼女。
…ごっくん。
そっ、と。
俺は彼女の肩に手を置き、ゆっくりゆっくり彼女に顔を寄せる。
だんだんと近づいてくる、愛しい彼女の可愛らしい顔。
(俺はとうとう、彼女とキスしちゃうのか!?)
ドキドキと胸を激しく鼓動させながら、ゆっくり…ゆっくり…と彼女の唇に近づいてゆく。
緊張して、彼女の肩に触れる俺の手汗が凄い。その手汗が彼女の制服のシャツを汗ばませてないか、少し不安になる。
…彼女の甘い香りが、俺の唇に触れる。
そして俺は、彼女の唇にキ───
「お前ら、そろそろ最終下校時間だぞ!早く帰り──あっ…」
ガラガラガラっ!と、突然教室のドアが開いたかと思えば、体育教師がそう言った。俺は驚いて、軽く体を飛び跳ねらせながら、彼女の肩から手を離した。
…………
俺と妃乃花は体育教師を見つめ、体育教師は『やっちまったな』とでも思っていそうな眼で、俺らのことを見つめていた。
少しの間、気まずい空気が流れると。
「わっ、悪い…いっいや、とっ、とにかく早く帰りなさい!」
そう言って、体育教師は教室のドアを閉め、慌てて去っていった。
「……」
「……」
俺と妃乃花はゆっくりと顔を見合わせると。
「…帰ろっか」
「…そう、だね」
スクールバッグに物を詰め込み、帰る準備をする。あの体育教師のせいで、完全にドキドキが冷めた。
(ああ…もう少しで妃乃花と初キスできたのに…)
俺は妃乃花に聞こえないくらい、ちいさく溜め息を吐いた。
俺も妃乃花もスクールバッグを肩に掛け、席から離れようとした時だった。
「ねえ、しょーちゃん」
後ろから妃乃花の声がして。
「ん?どうかし───」
俺が振り向いた時、だった…
「ん…」
甘くてやわらかいものが、俺の唇に押し当てられた。
息が、しずらい。
というか…唇が、塞がれている。
妃乃花の…唇に。
やわらかくてあったかい…妃乃花の唇…
妃乃花とキス…してる。
───…ちゅ…ぱっ。
妃乃花の唇が離れるのと同時に、ちいさく水の弾けるような音が、唇の傍で響いた。
少し下から、上目遣いで俺のことを見る、妃乃花。そして。
「…~にらめっこしましょ、照れたらキスよ、あっぷっぷ……ふふっ、またしょーちゃんの負けだね。…顔真っ赤。今度こそ、しょーちゃんから…キス……して」
また、にらめっこに負けた俺は、今度こそ妃乃花の唇に…
そっ、と…──────