戦争の先に 【月夜譚No.219】
一斉に舞う蝶に溺れるようだった。それはまるで夢の中のようで、けれど脚の痛みが否応なくこれが現実だと教えている。
黄色に白、仄かなピンクに鮮やかな青。色とりどりの蝶達が一心不乱に空を目指す。
やがて全ての蝶が飛び立つと、後には彼自身と、ただただ遠くまで広がる平原が残された。所々に咲く赤い花が、緑の中にぽつりぽつりと見える。
蝶の残像を目の端に覚えながら、彼は痛みに耐え切れずにその場に座り込んだ。思ったほど出血はしていないようだが、傷は深そうだ。
どうして自分がこんなところに佇んでいるのか、正直よく解っていない。先ほどまでは確かに戦場にいて、必死に仲間を守りながら戦っていた。けれどこちらの分が悪くなって、仲間の内の一人が彼だけでもと、術を使ったようなのだ。
術に関して、彼はよく知らない。それは一部の人間が持つ力で、人によっては忌み嫌う者もいた。
彼自身は羨ましいと思いこそすれ、疎むことはなかった。けれど、実際に術を目の当たりにすると不思議な感覚がするものだ。
仲間達は無事だろうか。自分はここでこんなことをしていて良いのだろうか。
色々な思考が脳を過るが、今はここにいる以外にできることがない。
彼は願うしかなかった。仲間の無事と戦の先にある平和を――。
やがて元いた場所に戻った彼は、少しばかり欠けてしまった仲間達と泣き笑いを浮かべた。