灼熱の体育祭 第一髄
10月15日 体育祭
この学校はイベントや行事は少し特殊である。今回の体育祭では生徒側(15歳以上18以内の人間)にある課題が課せられた。それはクラスで団体および個人で一位を全競技の三十分の一をとるということである。全競技の三十分の一つまり60競技あるうちの2つで優勝をとる。課題を達成できたら権利が与えられる。しかしもし課題を達成できなかったらそれ相応の罰が課せられる。この課題を聞いたら一見簡単そうに見えるが全学年で30クラスあり全クラスに実力が平等に分配されているとは限らない。そして学年別の対抗もあるため一年生は不利になりやすい。単純に考えたら一位をとる確立は高い順から
三年生で実力のあるクラス→二年生で実力のあるクラス→三年生のクラス→一年生で実力のあるクラス→二年生のクラス→一年生のクラス
少し誤差は発生するがだいたいこのようになるだろう。異議があるのならまず大きな声で「異議あり」といいたまえ。本当にそれができるかどうかはわからないがな。ふふふふ...。
おっと失礼取り乱しました。
このように実力の不平等があるためあるクラスが三つ以上一位を取ってしまうとあるクラスは必ず罰を受ける。学校はそれぞれのクラスの目標及び方針を期待している。たとえその目標を叶えるために不正行為をしても学校側は見て見ぬふりをするだろう。ここは生徒の自主性を重んじるため生徒は自由に学校生活を送ることが可能になっている。しかしその反面、生徒の課題への非合理的な行動から猟奇的な行動まで学校は止めるどころか微笑みながらまるでおもちゃが壊れるのを楽しむかのように第三者として傍観者を貫くだろう。いや貫く。そう教育され続けられているからだ。
それを経験し知っている生徒とくに三年生たちはもう行動を開始しているだろう。そして一年生は初めての学校イベントだ。
「体育祭後一年生たち全員は唖然いや絶望した顔でなるだろう。」
私、如月凛は月夜さんたちがこそこそと計画を考えていることは知っている。彼女たちは私がまだ気づいていないと思っているいるがどうせそんなことは叶わないから知らなくても知っていてもどちらも然程変わらないだろう。私は別に体育祭が行われている間は楽しみではない。体育祭後が私の一番楽しみの場である。私のクラスが何を考え、何を感じたのか。それによる
『刺激』
によって私は生きている。