四姉妹洋食店①
親ガチャなんて言葉があるけれど、いい得て妙だ。
別に両親を恨んでなんかいないけれど、他にも私の人生があったのかもしれない、なんて考えたりすることがある。
友達は今カラオケに行っている。
私は家の手伝いをしなくてはいけないので、誘いを断った。
最近、カラオケに行っていなかったので、久しぶりに歌いたかったけれど、先に決まっていたことだし、予定の変更はできなかった。
私にはバックレる度胸は持ち合わせていない。
だからと言って、きっぱり諦められるほど、潔さがあるわけでもない。
高校二年生というせっかくの華の期間を、有意義に使えていないのではないかと、自問してしまう。
そんなやりきれない気持ちを抱きながら、洋食店“カミカワ”の戸をくぐった。
「ただいま」
「あらぁ、おかえり。虎ちゃん、今日は早かったわね」
テーブルを拭き、ディナーの開店準備をしている竜恵姉さんが言った。
厨房の玄恵姉さんと目が合ったけれど、うずくだけですぐに視線を落とし、仕込み作業に戻った。
今日の日替わり定食は和風ハンバーグだった。付け合わせのブロッコリーでも茹でているのだろう。
「別に早くはないよ。むしろ今日はいつもよりちょっと遅いくらいだよ」
私が答えると、竜恵姉さんは「そうだったっけ?」と、いつもと同じようにとぼけた。
友達がカラオケに行っていると思ったら、なんだか帰るのが名残惜しくて、足取りが重くなってしまった。
「今日は予約が入っているから、忙しくなるわよ」
竜恵姉さんが嬉しそうに言った。
去年父が死んで、ずっと父を手伝っていた玄恵姉さんが後を継ぐことになったとき、大学を中退してまでお店を守った竜恵姉さん。
その決意は凄いとは思うけれど、私としては、予約さえなければ今頃気持ちよく歌えていたはずなのに、という思いもある。
「はいはい」
未練たらしい自分に嫌気がさしつつ、厨房を抜けて家へと向かう。
営業中は裏の入り口から出入りするのだけれど、鍵を開けるのが面倒なので、いつもお店を抜けている。
それにうちの看板猫の半蔵が、いつもお店の出窓にいるので自然と足が向く。
「虎姉、遅いのである」
靴を脱いでいると、妹の雀恵が私の前に仁王立ちしていた。
雀恵の口癖の“~である”は、私がダサいから止めた方がいいよといくら言っても止めないので、もうつっこまないことにしている。
小学校五年生で早くも中二病を発症しているので、先が思いやられる。
「算数でわからないところがあるのである」
あるのであるってどういうことだろう、と思いつつも受け流す。
「そうなの? じゃあお店が終わったら教えるよ」
私はそう言うと自分の部屋に向かった。
「僕もお店に出るのである。今日こそ、玄姉からレシピを盗むのである」
雀恵の一人称は“僕”だ。これも止めた方がいいよと伝えたけれど、治らなかったので放っておいている。
そんな雀恵は何でも作れる玄恵姉さんにあこがれている。
十二個も年が離れているのもあって、雀恵にとって玄恵姉さんは姉と言うより母のような存在なのだろう。
「わかった。じゃあ見てあげるから、部屋で待ってて」
私がそう言うと、雀恵は「よろしくである」と言って駆け足で部屋に戻っていった。