68話 誘拐犯の抵抗
「なんで俺を斬らなかった」
ここにきてまで時間稼ぎ?
要塞の時のように仕込みはないはずだから、ただ逃走を考える為の言葉かけのような気がした。
「親の仇で、妻にすら手を出す俺を斬ろうと思わなかったのか?」
何度か言い淀んだ後、静かにレイオンが口にする。
「…………出来ない」
「レイオン」
「憎いと思う時はいくらでもあった……だが、出来なかった」
顔を上げて見れば、今にも泣きそうな表情でいる。嘘じゃない。
「……父のようだと思っていた」
少し息を飲むのを背後から感じた。
「あんたの父親とは全然ちげえだろうが」
「それでも……沢山学んだ。化け物だからと忌避せず向き合ってくれた」
父代わりだったと苦しそうに伝えてくる。
レイオンは優しいから、アパゴギが彼にしてくれたことをきちんと覚えていた。両親の仇であろうとも、妻を誘拐した犯人であろうとも、レイオンにとっての面倒を見てくれた恩人であることは揺るがない。
「腹の内ではバケモンだって思ってても?」
「だとしても、それを見せず対等に扱ってくれた」
それが嬉しかったとレイオンが囁く。言葉を詰まらせ、ぐっと歯噛みするのが聞こえた。
「馬鹿だな」
「アパゴギさん?」
「……お人好しすぎだろ」
だからあんたの側にいるのは嫌だったんだとアパゴギが初めて辛そうに唸った。
「ずっと思っていたんですけど」
「あんたは黙ってろ」
「さっきの会話の続きです」
「あ?」
荷馬車の中で言いかけて言えなかったことだ。もう空気読めないとか関係ない。だってお互い見合って苦しそうにしてるなら正直に話してしまった方がいいでしょ。
「アパゴギさん、今回のこと全部わざとやったんじゃないんですか?」
「……わざとだと?」
声が僅かに震えている。
たぶん当たりだ。
「レイオンに気づいてもらって……罰してもらう為に、意図的にしたことじゃないかって思ったんです」
はっと息を吐いて笑う。
「何言ってんだよ。あんたで金儲けするのが目的だっつったろ? 俺らみたいのはそういう生き方しかできねえし性に合うってな」
「誘拐だけなら、別に大事にしなくてもできますよね?」
静かに少しずつ人を攫うこともできるし、二十年もあればレイオンがやったのとは別に複数逃走経路も作ろうと思えば作れる。バラバラに聖女候補を国外に送ることも可能のはずだ。
それを陽動だと理由をつけて大きな事件にする必要はない。目立てば人の目に触れて情報が広がってしまい、結果国境封鎖でもなったら自分たちの行動を制限される。確実な方法とは言えない。
ならなんでこんなに派手にやるのか。
当初確証がなかった誘拐未遂事件を最初から暴いてもらい、一連の事件の犯人として大きく出てくれば、親の仇であり妻である私に手を出す憎い相手としてレイオンは見てくれる。
ずっと不思議だった。泉でアパゴギが現れた時、状況や言うことが過去と近すぎた。意図的にあの時のことを思い出せるように振る舞ったのではとも考えられる。
そうして最終的に出た私の答えは、アパゴギはレイオンに斬られたいのでは、だった。
この静かな私の語りに、アパゴギは息を詰まらせすぐに反論しない。
「……聖女ってのは薄汚え人間も全部善人になるのか?」
「私はそう思うことはありませんが、アパゴギさんには違和感を感じただけです」
「違和感ねえ」
「貴方が犯したことは変えられません。今だって許しますなんて言えない」
彼は私とレイオンが二人で国境視察に行った時再会して、私の姿を見て聖女候補の人身売買をやろうと再度思った。それは事実かもしれない。けどすべての理由がそこにあるとは思えなかった。
「もしかしたら……レイオンが私を連れてる姿を見て、本当に少しだけかもしれないんですが喜んでくれたんじゃないかって、思ったんです」
アパゴギの言う性善説ど真ん中の発想だった。
ただ私の考える気持ちがアパゴギに少しでもあったら、自分の犯した誘拐未遂の罪も罪悪感として同時に湧き上がってきてもおかしくはない。それを抱えたまま、これから何度も顔を合わせることになる。私だったら罪悪感に耐えられない。
敢えて大事にして私に過去を思い出させて、昔も今も犯人は自分だと暴露して断罪してもらえば、一瞬でも抱いた罪悪感は解消されるし、これからその気持ちを抱えて生きる必要もない。
すると背後からうんざりしたような溜め息が漏れた。
「ああそうかよ」
これだから貴族は嫌なんだと吐き捨てた。
「二十年も一緒にいたんでしょう? 最初の誘拐が失敗した憎い原因と二十年も一緒にいるなんておかしいと思ったんです」
「……」
「レイオンの御両親みたいに事故でも装ってすぐに手にかけなかった。レイオンが父代わりと言うぐらいよくしてくれたんでしょ? 積極的に関わる必要もなかったのに、アパゴギさんは」
「やめだ」
一際低い声で遮られた。
「お涙頂戴な流れは御免だな」
「私は、」
「ああそうだな。本当あんたは暢気な奥様だよ」
荷馬車から出る時に垣間見えた自棄が再び彼を覆っている。空気がひりついた。
「坊っちゃんも嬉しそうにしててよ」
「アパゴギ」
「あーやめだやめだ」
逃げらんねえからなと笑う。アパゴギの腕により力が入ったのが分かった。
「ならあんたの思い通りの終わり方はやめような?」
「え?」
「投降して罪を償って改心して皆幸せに暮らしましたはお断りだぜってことだよ」
「まさ、か」
言葉を言いきることなく、私は宙に投げ出された。
派手にやりたい系犯人だと道理がそれだけで通っちゃうんですけどねえ(笑)。犯罪美意識的な。
飛んでったメーラが心配です。




