疑り深い男が「お前の事など愛することはない」クズであったとしたら
私は「お前など永遠に愛することはない」と初夜の床で宣い、その実追々好きになってしまったり、ざまぁされたりするそんな役所だ。受け入れられるも、ざまぁされるもヒロインの気持ち次第である。
しかし、思ったのだが、わざわざそんな後々己に不利になる態度を取る必要は何ひとつないのではないか、と。人の気持ちは変わるもの。恋愛には賞味期限があると言う。通常3年、永くて10年。それくらいで一度恋した気持ちは醒めるのが常なのだと。それならば、条件で嫁にもらったこの娘へ恋情を持つ様になるかもしれないし、これから会う誰かをまた好ましく思うこともあるだろう。ずっと一途に想い続けると思える。私と同じ役所の男達はなんて単純でしかし、ロマンチストであるとある種羨望を覚える。まぁ、私はそんな選択肢を絶対にとれないからだが。
「理由があり、お前を抱くことは出来ないが、出来うる限り快適で穏やかな生活がおくれる様に配慮しよう。なにか不自由なことがあれば言ってくれるか」
「有難き御言葉でございます。私などには勿体無く…」
「そうか。それなら、今日はこのまま此処で休んでくれ。何も無いと知れるとお前に不利益があるかもしれん。今日だけは我慢を強いること許して欲しい」
「とんでもないことです。私の様な貧相で何も持たない女を思い遣って下さり、有難うございます」
感動したように目を潤ませ、感謝を告げるアストロメダに嫌悪感はないようだ。流石、ドアマット系。プライドは地の底。少し思い遣るだけで、その実、誠実のかけらも無い行いでも感謝するとは筋金入りだ。
そして、お互い広い寝台の端と端にてその夜は眠りについた。
翌日私は現在愛人関係にあるカメリアの元を訪れた。とても愛らしい娘で、甘え上手でかつ妖艶な魅力溢るる彼女を今の所私は愛していると言えるだろう。
「カメリア。私の薔薇。おはよう」
「おはようございます。ラズベルトさま!昨日は逢えずに寂しかったですわ」
迎え入れるや否や抱きつき、瞳を潤ませ上目遣いで、誰もが振り返る美貌と豊満な肉体を惜しみなく使って、私を籠絡する愛しい私の薔薇。
「…私を置いて奥様といらっしゃったのですか…昨日が結婚式でしたものね。私と違い、奥様は由緒正しき血筋の伯爵家の御令嬢とお聞きしてしまいました…ラズベルトさま…私のこともう邪魔になってしまいましたか…?」
柔らかで重量感のある胸を押し当てつつ、絶対に思っていないだろうことを曰う。
そもそも比べる事が間違っている。タイプが180度彼女達は異なる。別なタイプの女性をそれぞれ侍らせられるとは男の夢ではないだろうか。どうして片方へ絞るのだ。妖艶で男を手玉にとるタイプのカメリアとドアマット系で自己肯定感の低い、しかし磨けば光るタイプの野の花の様なアストロメダ。手放す必要などない。権力と金の力と少し頭を使えば良い。
そして今、気にするところはそこではない。
「誰がカメリアにその様な要らぬ話を?」
そう。しらぬは仏とはよく言ったもので、情報を遮断してしまえば、お互い幸せでいられると言えよう。要らぬことを漏らした奴が今一番の問題だ。
「どうやら、私の(今のところ最愛の)薔薇におかしな事を吹き込む悪い輩が紛れているらしいな。直ちに使用人を一掃しよう。これは決定事項だ」
「そ、そんな!そんなかわいそうなことおやめ下さい。ラズベルトさまぁ」
彼女がどんなに縋っても翻すことはしない。カメリアの息のかかった使用人を側に置くなど百害あって一利もない。逆にどんなに素晴らしい悪知恵も、手下が居らずば何も出来まい。
その日の中に私に忠誠の濃い使用人と直ちに入れ替え、怪しいものを解雇した。
ーーー
仕事も、愛人とも、表向きの妻とも順調。現在は妻には程良く優しく、贅沢に磨き上げ美味しく育つのを見守っている。
まぁ。私を好きに成らずともいいのだ。この邸には私の味方しかいない。敵と判断した際は容赦なく解雇するからだ。彼女たちの気持ちがどちらにどのように転ぼうと私に損はない。もし私が妻に興味を抱くようになっても、不利にならないように丁寧に大切にしているつもりだし、彼女は籠の鳥だ。
女性が苦しむのは、楽しい。己をそれだけ深く想ってくれている証明だろう。しかし、幸せに満ちた顔は最も満足のいくものであるから、彼女達が日々満ち足りて幸せになるよう調える。
いつか刺されない様に情報の管理だけは厳しく行っている。何方にも知られれば身の破滅だ。
先日、愛人に子が出来た。あれだけ肉欲の日々を送っていたらさもありなん。しかし、子は問題となる。産婆には、カメリアには死産を伝え、赤子は信用のおける分家へ養子に出すことにする。間違ってもカメリアに子育ては向かぬからだ。分家の者もちょうど可愛がっていた娘を病で亡くしている。不足なく愛情を注ぎ、幸せに育ててくれるだろう。
5年経ったが、カメリアへの愛情は尽きない。これからも稼いで贅沢に溺れさせ、愛が尽きぬ限り幸せにしようと思っている。
名目上の妻、アストロメダは与える小さな幸せを大切にできる娘だ。私が少し気にかけるだけで、美しく磨かれていく容姿を自然に誉めるだけでも効果的である。今では初々しい恋人の様に私と過ごす。とても良い傾向だ。そろそろ跡取りも必要となる。カメリアも妊娠中は出来ることも限られるのだし、そろそろ妻に手を出しても良い頃合いかもしれん。
純粋で可愛いアストロメダ。能力も高く領地経営にも力を貸してくれる。領民にも優しく、共に野を耕したり、孤児院へ慰問をし、孤児を使える人材へと底上げしてくれている。もちろん彼女の善意に裏はなく、純粋な優しさからなるその行動は益々領地を栄えさせている。
「アストロメダ。私は君を妻として愛してしまった。愛には際限が無いのだと思い知った。どうかこの不誠実な私を憐れと思い、触れることを許してくれないか」
アストロメダは愛らしく頬を染め、控えめに頷いてくれた。
「旦那様が他に愛する人がいることを存じております。それなのに、優しくしてくれる旦那様を不相応にも私は愛してしまいました。一番で無くて構いません。私にお情けを頂きとうございます」
都合の良い女。俗に言うその様な関係でもドアマット系故、自己肯定感の低い彼女は幸せを感じてくれる。私も幸せである。
そのまま十年以上が過ぎた。予想に反してどちらへの愛情にも限りは無い。タイプが異なる事が良い方向へ向いているのか。(甘いものを食べた後はしょっぱいものが食べたくなるものだ)贅を尽くしているせいかどちらの容貌にも限りは見られない。何時迄も可憐、妖艶で何方も恐ろしく変わらず美しい。今では子にも恵まれ、愛情に満ちた妻に見守られ、嫡男も立派に育っている。領主教育にも関わる様になった子にはどちらも選べぬ優柔不断。最低な父親と蔑まれているがな。しかし、この満ち足りた幸せに、そのような力の無い中傷はさっぱり響かない。
様は、皆が満足する様に采配を奮えば良いのだ。己に才覚が、金が、権力があれば簡易なハーレムは成し遂げられるものである。また、恋は何度でも同じ相手にでも堕ちるものである。相手も、己も。魅力的であれば、賞味期限は生涯でも延ばす事が出来るのであると悟った。
まぁ、晩年、家督を長男へ渡し、権力も財力も無くし、年と共に生え際も後退し魅力を失った私には管理は難しく、全てを知った美魔女となったカメリアに刺されることになるのだが。それすらも愛されるが故かと思うと。概ね幸せで満ち足りた人生だったといえるのではないだろうか。後悔があるとすればカメリアの美しい手を汚させてしまったことだけだろう。私は幸せだ。ありがとう。
おしまい




