ミラの誘惑
結局、パラドと男を捕まえることはできなかった。今回の戦いで失ったものは大きい。A級冒険者、ムテキ・ヘスカバンは敵に囚われ、B級の冒険者三人の命が失われた。
結果的には魔物を討伐できたが、魔物を放った彼らの正体は不明。目的はムテキだったらしいが、なぜムテキをさらったのかも不明。わからないことだらけだ。
でも僕の仲間たちが全員無事だった。それだけで僕は十分だ。
それから数日後、僕は受付嬢のミラに呼ばれてギルドに来ていた。
一体何の用だろう?
ギルドに入ると、僕に気づいたミラが手を振ってきた。彼女は受付の仕事を抜け出して僕のほうにかっこよく歩いてくる。
「ウロナさん。こっちです」
ミラに手を引かれて、辿り着いたのはトイレだった。しかも女性用の。ミラは僕を女性用のトイレに連れ込もうとする。
「それはやばいですって」
「大丈夫、大丈夫」
ミラの力に負けて僕は女性用のトイレの個室に入れられる。この人ほんとになんのつもりなんだよ!
ミラはトイレの鍵を閉め、僕の顔の真横に手をつく。壁ドンだ。今僕壁ドンされてる。やばい。めちゃくちゃドキドキしてきた。
緊張していると思われたくない僕はなんとか胸の音を抑えようと努力する。でも抑えようとすればするほど胸の音は大きくなる。
「ウロナさん、可愛い。んっま」
と、ミラは僕の唇と鼻の間辺りにキスをした。
「え? 何してるんですか!」
キスに慣れている僕でもトイレの中というムード、それからミラから放たれる魔性の香りが僕の緊張を加速させる。
「この前の約束忘れたんですか?」
あ! そういえばカンバラさんに肩の力を抜くように言ったら、なんでも言うこと聞いてくれるってやつ! あったな! そういえば!
「やっぱり忘れてたんだ。……悲しいです」
「い、いや、ごめん」
ん? てことはあれか? もしかして今僕はこの人になんでもお願いできちゃう?
「謝ってくれたならいいですよ。で、何したいですか?」
シャツのボタンを外しながらミラは聞いてくる。胸元からは黒い下着がちらりと見え、僕の理性はどうにかなりそうだった。
「……じ、じゃあ、今度僕とどっか遊びに行きましょ?」
「え?」
ミラは驚いたように発する。
「別にそういうことしなくてもミラさんのお願いならいくらでもききますよ。まあ、でも今回はなにかお礼がもらえるって話だったので、ミラさんの一日を僕にくれませんか?」
「へー。いい人なんですね。ウロナさん。……いいですよ。でも言いましたからね。私のお願いならいくらでもきくって。例えばエッチなお願いしたらきいてくれるんですよね?」
小悪魔みたいに笑いながらミラは僕を上目づかいで見てくる。
何この状況? どうしよう?
「やっぱりいかがわしいことしてる!」
その声は真上から聞こえた。僕が上を向くと、そこには機嫌が悪そうなカノンさんがいた。
「うちのウロナに何してんすか?」
「うちの? いつからウロナさんはあなたのものになったんですか? 付き合いなら私のが長いですよ?」
なんか二人ともバチバチだ。二人をなだめないと。
「……風の聖霊よ」
僕の身体がふわっと浮かぶ。たぶん、エリカのスキルだ。
「いくよ。ウロナ」
個室と天井の僅かな隙間を通って僕らは女性用のトイレを出る。
「待ってよ。ウロナさーん」
ミラの残念そうな声が聞こえる。
ごめんなさい。ミラさん。