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運命の黒子  作者: ケト
3/3

運命率百パーセント

「……どうしたの? 悲しいことでもあった?」


 目の前の黒子は、制服姿だった。それは間違い無く、自分と同じ高校の制服。

 最後だから思ったことを全て話そうと思った。

 二度と会えないと思ったら悲しくなった……そう答えた。


「わたしと? ……ねぇ、その制服……一年生、なんだっけ?」


 頷いた。


「……ご両親、あなたが小さい頃に亡くなったって、そう言ってたよね? もしかしてお父さま、イギリスのかたじゃない?」


 頷いた。


「そっか……じゃあ、やっぱり……ねぇ、初めて会った日のこと、覚えてる?」


 頷いた。


「最後に、わたしの黒子ほくろを褒めてくれたよね?」


 頷いた。

 両目尻と唇の下の黒子がつくる正三角形が素敵だなって思った……と答えた。


「ふふっ。嬉しかったから、よく覚えてる。……あと、先生? わたしのこと、運命の人だと思ったんじゃない?」


 驚いて、目を見開いて頷いた。


「そっか。その運命を百分率で表すと何パーセントくらい? 小数点第二位をまるめて答えよ!」


 一〇〇.〇パーセント、と即時に答えた。


「……それで、そんなわたしと会えなくなるから、こんなところで泣いていたの?」


 頷いた。


「わたし、イギリスの大学に通うの。両親はどっちも日本人なんだけど、でも、今は二人ともあっちに住んでいて。わたし、高校まではどうしても日本で暮らしたいって、わがままを言ってたから」


 イギリス……海の外と書いて海外。まさか、海を越えるまで遠い存在になってしまうとは思わなかった。


「先生のお父さまのご両親は、イギリスに住んでいるの?」


 それは……わからなかった。面倒を見てくれる祖父母は、そのことを教えてくれなかったし、聞くことも無かったのだ。


「そこまで伝えられていないのね。でも、思惑どおりのはずだから……」


 思惑とは一体なんのことだろうか。


「ねぇ、先生もイギリスに留学したら? 先生のおじいさんおばあさんに言ったら、きっと賛成してくれると思うよ?」


 まさか、黒子からそんな提案を受けるとは思わなかった。でも、いろいろと障害がありそうだ。


「あっちの入学式は九月だから、手続きするにもまだ間に合うでしょう。ねぇ、わたしの家で一緒に暮らそう?」


 ……話についていけなくなった。


「留学のホームステイ先をうちにすれば良いんだよ」


 何でそこまでしてくれるだろうか……


「先生と話をして、気付いたの。いや、感じたっていうのかな?わたしも……わたしの運命の人が、先生だってことに」




――祖父母に留学の話をすると、すぐに受け入れてくれた。黒子くろこの言ったとおりになった。

 イギリス人の血が流れているから、もしかすると留学を希望するかもしれない。祖父母はそう考えて、そのための貯金もしてくれていたというのだ。

 父親の血の影響か、ほとんど勉強しなくても英語での会話ができた。

 まるでイギリスに行く運命だったかのように、住むところ、言語、その他諸々、何の支障も無くイギリスでの生活が始まった。


 黒子と、黒子の両親は温かく迎えてくれた。

 たった一年、隣の部屋に住んでいただけ。しかも、ここで黒子と会うのがまだ四回目という、得体の知れない男なのに。

 黒子の父親を初めて見たとき、なぜかわからないが、既視感を覚えた。もしかするとどこかで見かけたことがあるのかもしれない。


 あっという間に二年が過ぎ、高校を卒業した。

 卒業後は、黒子と同じ大学に通うことになった。あろうことか、学費は全て黒子の父親が負担してくれた。


 そして……大学を卒業するとすぐに、黒子と結婚した。


 黒子は、こんな自分の何に運命を感じたのだろうか。

 全くわからなかったが、黒子と過ごす時間はいつも楽しくて、幸せだった。


 黒子は、結婚してすぐに妊娠した。そして翌年、第一子が生まれた。

 黒い髪に黒い瞳の女の子。可哀想なことに、自分の顔に似てしまったのだ。

 黒子の両親にも申し訳ない気持ちを抱いたが、黒子もその両親も、涙を流して喜んでいた。


 あっという間に二十年が過ぎ、娘はイギリス人の男性と結婚した。

 その一年後には、孫ができた。




――あっという間に時は過ぎ、黒子と出会ってから四十年後のその年。

 五十六歳を迎え、そして、死期を悟った。

 平均寿命までは生きることができると思っていたが、何かの病気が悪化したらしい。


「おそらく今夜が峠だろう」


 医師からそう聞いたすぐ後のことだった。

 黒子はベッドに腰掛けて、手を握ってくれていた。

 歳を重ね、黒子はあのとき夢で見た女性の年齢に追いつき、そして追い越した。

 黒子はいつまでも美しかった。細かい皺ができ始めていたけれど、黒子ほくろの正三角形は健在だった。


『もしかして、その顔面に描かれた正三角形を使って、若作りの術式でもかけているのか?』

 数年前、ふざけてそんなことをそんな言ったことがあった。すると、黒子は目を見開き、

『……バレた? わたし、魔術師なの。なんちゃって!』

 そう言って、笑っていた。


 黒子は、大きく息を吐くと、昔のことを話し始めた。


「……あのとき、わたしね、びっくりしちゃったの。だって、ドアを開けたら外国人が立ってたんだよ?」


 外国人?いつの、誰の話?


「スラッとして顔がちっちゃくて、金髪で、瞳が青くて。すごくハンサムだったの! 年齢は三十六だったよね?」


 だから、誰の話?


「あのとき高校を見て指差したから、きっと、新しく赴任してきた英語の先生なんだろうなって思ったの。学年を聞いたら『一年生』って言ったから、こんなハンサムな先生に教えてもらう一年生、羨ましい! って思ったの」


 先生……?


「そのとき、なぜかタオルを二つもくれたよね! きっと、運命を感じてくれて、動揺でもしてたんでしょ? わたしも、そのときはちょっとだけだけど、感じてたよ」


 タオルを二つ? 運命?


「しっかし……隣の部屋に住んでたのに、全っ然会わなかったよね、わたしたち。二回目に会ったのは、あなたがアルバイトしてたスーパーだったね。学校の先生って副業できるんだっけ? そう思って聞いたら、ご両親がいなくて、おじいさんおばあさんのために学校から許可をもらってるって言ってた。あぁ、このハンサム、優しい人なんだ! って思ったよ」


 わたしたち?


「そして、わたしにとっての運命が確定した三回目。あなたは、わたしの部屋の前で泣いてたね。理由を聞いたら、二度と会えなくなるからって。そんなあなたは、高校の制服を着ていたの。てっきり、先生だと思ってたのに……」


 ……あなた?


「わたし、段々とわかってきて。あなたのご両親のことを、お父さまのことを聞いてみた。もしかして、イギリスの方じゃない? って。あなたは頷いた。そこで、わたしは確信した。そうか、あなたはわたしの運命の人だったんだ! お父さまが見つけてくれたんだ! って」


 ……見つけて、くれた?


「お父さまはね、人の記憶をいじるのと、幻覚を見せることが得意なの」


 ……記憶? 幻覚? また、何の話を……?


「わたしの顔もね、実は生まれた直後に父の魔術がかけられているの。少し前に、あなたに『この顔に魔術でもかけてるんじゃない?』なんて聞かれて、驚いちゃった! でも、安心して良いよ? あなたが見てきたわたしが正解! だってあなた、わたしの黒子ほくろが全部、正しく見えていたでしょ?」


 黒子が、正しく?


「一族の魔力を維持する。強い魔力を持った子供をつくるための条件。それは、運命の人と交わること。でも、その運命は一方通行で構わない。必要なのは、相手から運命を感じてもらうこと。そしてその運命率は百パーセントでなければいけない。

 でも、どうやって運命率を計ると思う? ……そのために、生まれてすぐのその顔に、『運命率が高いほど、真の顔に見える』という魔術がかけられるの。わたしの場合は、この黒子が大きなポイント。運命率が高い人ほど、この黒子は正確な数、位置に見えるんだって」


 正三角形が正解……鼻の頭に付いて見えた彼は、運命率が低かったから……?


「初めて会ったとき、わたしの黒子を見て褒めてくれたでしょう? びっくりしちゃった。でも、黒子だけだと、運命率は九十五パーセントくらい。だから、確証は持てなかった。そして、三回目に話をしたときだけど……制服を着ていて、あなたが自分を高校一年生だと思い込んでると知ったときに、わたしはその運命を確信した。だって確実に、お父さまが関与しているんだから」


 お父さんが関与?


「あの後すぐにイギリスに帰って、わたしはお父さまに確認した。お父さま、こう言っていた。


 ――お前の運命の相手をずっと捜していた。そして二年前にようやく見つけたんだ。しかもすぐ近く、イギリスにいたんだよ。でもね、その彼は結婚していて、子供も一人いた。残念だったが、他を探すことにした。でも諦めきれなくて、その彼のこともずっと気にしていたんだ。

 するとね……彼が運転する車が、交通事故に遭ってしまった。幸運にも、彼は助かった。でも奥さんと、二歳の子供は助からなかった。

 断っておくが、その事故にわたしは関与していない。さすがにそこまで非道では無い。これも運命だったんだろう。

 彼に近づくと、既に生きる理由を失っていた。二人の後を追うことばかり考えていたんだ。わたしは、そんな彼に聞いてみた。


 もう一度運命の人と出会って、人生をやり直したくはないか?とね。


 当然だが、彼は頷いた。できるならそうしたい。妻と息子とやり直したい、と泣きながら言っていた。

 その言葉を聞いて、わたしは行動を開始した。

 奥さんが日本人だったから、ご両親に挨拶をしようという理由をつくって、まずは彼と日本へと向かった。


 到着してすぐに、記憶を操作した。

 彼は、間もなく高校入学を控える、十五歳の少年だ。二歳の時に、両親を事故で失った。父はイギリス人で、母は日本人。日本に住む母方の祖父母に引き取られて、大切に育てられた。

 次に、見え方を操作した。十五歳の少年で、あまり特徴の無い日本人に見えるようにした。彼自身はもちろん、彼を見る全ての人からそう見えるように。


 彼に対してすべきことを全て終えると、彼をわたしの両親に託した。父には申し訳無かったが、魔術師である母に、記憶の一部を操作してもらった。一族にとって大事なことだから、母も喜んで手伝ってくれたよ。

 お前が通う高校に進学させて、そして、同じアパートの隣の部屋に住んでもらった――


 わたしにはその術式が効かない。だから、初めから本当のあなたが見えていた。お父さまがどうやってあなたを見つけたのかは、最後まで教えてくれなかった」


 一体、誰の、何の話をしているんだ?


「でも、何も言わずに送り込んできたのはどうかと思った。だって卒業式の日に、部屋の前で出会えなかったら、本当に二度と会えなかったのかもしれないのに。でも、父はこうも言っていた。


――それも含めて運命なんだよ。わたしがお前に教えようが教えまいが、運命には逆らえない――


 ってね。何それ? って、お父さまを罵倒したのをつい昨日のように思い出せるわ!」


 運命……?


「あなたをだましていたことは、本当に申し訳ないと思っているの。でもね、あなたにとってわたしは運命率百パーセントの相手。そしてそんなあなたは、わたしに必要な人。わたしの運命の人でもあるの。わたしたちは、運命の赤い糸で繋がれているの。あなたに繋がっている糸は、二本かもしれないけどね」


 だまして、いた……?


「……わたしの勝手な、都合の良い解釈かもしれないけど。天国にいるあなたの奥さん、そして子供は、あなたに後を追われることを望まなかったはずだよ? あなたは……楽しかった? もしも今でも、心からそう思ってくれるなら、わたしは嬉しい……

 最後に本当のことを言うね? お父さま、そしてわたしも、魔術師なの」



 ……魔術師?……でも、全て、思い出した。そうだ、わたしは……



「……あぁ、ユウコ……ショウ……心から愛していた……愛していたのに、急に目の前からいなくなってしまった。……何ということだ…………あれから四十年も、二人のことを忘れていたというのか? そうか……君が、お父さんが魔術師であることを明かされたから術式が解けたんだな?

 ……でも……そうだよな。わたしは、二人の後を追うつもりだった。すぐにでも、天国にいる二人に会いたかったんだ。だけど君の言うとおり、ユウコがそんなことを望むわけがない。それに……ユウコには悪いが、君というもう一人の運命の人と寿命を迎えるまで幸せな時間を過ごすことができたんだ。

 運命の出会い、そして、二人とは過ごすことができなかったその先の時間を……あぁ、もしかすると、アヤの見た目も本当は違うのというか?」


「えぇ。わたしとあなたの子供。金髪で、青い瞳をしているわ。あなたにそっくりよ? すごく美人なの」


「そうか……また子供もできた。しかも、孫もできたんだ……やり直しと、幸せの続きを生きることがことができた……あぁ。わたしも、楽しかったとも。全てを思い出した今、本心からそう言えるとも。

 ……ユウコと出会ってから、毎日が楽しかった……ショウが生まれてから、毎日が充実していた……君と出会ってから今まで、ずっと、本当に、幸せだった。

 ……でも、わたしはどうすれば良いのだろうか。これから、あの世でユウコとショウに会うのだろう? どんな顔をして会えば良いんだ……?」


「わたしのことは気にしないで。ユウコさんにとって、あなたは最高に格好良くて優しい旦那さん。ショウくんにとって、あなたは最高に格好良くて頼りになるお父さん。三人で、天国で仲良く過ごして!」


「でも、君は?」


「ふふ。魔術師は天国には行けません! 地獄の底から、三人を見守っているわ」


「……ありがとう。…………鏡を、見せてくれないか?」


「えぇ。用意しているわ」


「ありがとう……あぁ、そうだ。これがわたしの顔だ……ところで……ユウコは、本当に君とそっくりだったな。ということは、ユウコも運命率百パーセント、だった、んだな……」



 目を閉じると、そこは、いつか見た夢の光景。

 ユウコが、ショウの手を引いて歩いている。

 わたしは、その後ろ姿を眺めて、幸せを感じている。


 ユウコが振り返った。

 満面の笑みを浮かべていた。


「ジョージ、おかえりなさい」


「……ユウコ、ショウ……ただいま」

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