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運命の黒子  作者: ケト
2/3

夢の中の女性

 あっという間に半年が過ぎた。

 少年は、祖父母の負担を少しでも減らしたかった。そのため、部活動には所属せずに近所のスーパーでアルバイトに励んだ。

 その日の夕方も、精肉コーナーで割引のシールを貼っていた。

 たまたまか、あるいは赤い糸に微弱な電流が流れたからか。ふと向けた目線の先に、買い物かごを持った黒子の姿を見つけたのだ。

 

 アパートから一番近いスーパー。だが、黒子の姿を見るのは初めてだった。

 他に行きつけのスーパーがあるのかもしれない。だが、スーパーで見ないのは良いとしても、あれからの半年間、学校でも近所でも、一度もその姿を見ることが無かった。

 主婦たちの熱い視線を受けながら割引シールを貼っていると、


「あ、先生! ……バイトなんてして、大丈夫?」


 ……先生とは自分のことだろうか。半年ぶりに話しかけられた第一声が、謎の呼び名だったことに驚いた。

 だがすぐに、黒子は学校の校則違反を心配しているだと気付き、

 『両親が亡くなって、祖父母に面倒を見てもらっていること』

 『祖父母の負担を減らしてあげたいこと』

 『学校には許可を得ていること』

 それらを簡潔に伝えた。


「そうですか……じゃあわたし、こっちのスーパーをご贔屓にしようかな? ……あ、割引シールを貼ってほしいわけじゃないですよ?」


 黒子はそう言うと、ちゃっかりと半額シールが貼られた豚バラ肉をかごに入れ、笑顔を浮かべて去って行った。




――その次の日、教室でのこと。

 登校して自席に着いたばかりのところを、クラスメイトの一人に話しかけられた。


「俺昨日、お前のバイト先に行ったんだ。そしたら……お前、女の子とお話してただろ!? あれ誰だよ、彼女か?」


 どうやら、黒子と話しているところを見られていたらしい。

 悪い人間ではないのだが、クラス一の噂好きで、一番おしゃべりな男だった。

 ただのアパートの隣人、とだけ答えた。


「あぁ、そっか。仲良かったりするの?」


 追加でそう聞かれたので、見たのも話したのも昨日が二回目だと答えると、今度は意外な言葉が返ってきた。


「そっか。まぁ、正直どうでも良いや。可愛かったら紹介してもらおうと思ったんだけど、全然可愛くなかったし。それに、なんか変なゴミみたいなのついてたし。あれ、黒子ほくろ?」


 その噂好きは、自分の顔のある部分を指差してそう言った。

 黒子くろこ黒子ほくろの位置でも指差していたのだろうが。見た目も黒子ほくろも魅力的な、ましてや自分の運命の人を馬鹿にされた気分で、無性に腹が立った。

 だが、それと同時に、「可愛い、紹介して!」と騒がれるよりはマシかもしれない。そんな考えを持った。

 たとえ一方通行とは言え、競争相手が少ないに越したことは無いのだから。

 また同時に、なぜあれほどまでの容姿を持つ黒子のことを、この噂好きは「全然可愛くない」などと言ったのか、不思議に思った。


 いくら自分が特徴の無い顔をしているからと言って、好みのタイプも無特徴なわけではない。

 普通にテレビを観て、大人気の女優やアイドルを見て、可愛いと思う。だから、自分の好みが一般的なものから外れているとは思えないのだ。

 それに、噂好きが指差した顔の位置。あれは、鼻の頭だったのではないか。

 両目尻、そして唇の真下の黒子が形成する、魅惑の正三角形。それ以外の黒子は見られなかったし、間違い無く鼻の頭には付いていない。

 もしかすると……割引シールを目的に熱烈なアピールをしてくるお姉さまたちと、親密な会話をしているとでも思い込んだのかもしれない。

 何とも言いがたいモヤモヤを抱えた目で、好き勝手言って立ち去る噂好きの後ろ姿を見送った。




――一人の女性が、小さな子供の手を引いて歩いていた。

 後ろ姿だから、その女性の顔も年齢もわからない。子供の方は、おそらくその身丈から、二歳くらいではないだろうかと推測された。

 少し歩くと、その女性はこちらを振り返った。その女性は満面の笑みを浮かべていた。

 振り返ったその目と合っているから、自分のことを見て笑っているのだろう。

 とても綺麗な女性だった。真っ黒い髪に、真っ黒い瞳。年齢は三十代の半ばくらいだろうか。

 その女性の口が動き、何かを言っていた。でも、その声は聞こえなかった。なんとなくそれは、名前を呼んでいたように思えた……




――どうやら、夢だったらしい。夢の中に現れた綺麗な女性は、現実では一度も見た記憶が無かった。そんな人物が夢に現れることもあるんだな……そう思いつつ、もしかすると、あれは母と自分の姿だったのではないだろうか、とも思った。

 だとしたら、夢の中の自分は、父の目線で母子を見ていたことになる。


 まだ夢の余韻が残るまま、洗面所の鏡の前に立った。

 そこで初めて、自分が涙を流していることに気が付いた。

 知らない女性の夢をみて泣くことなどあり得ないだろう。だから、夢の中の女性が母で間違い無いと思った。

 幼い頃に見た母の姿が、記憶の奥底から出てきて、夢の中に現れたのだ。


 夢の中の母と、鏡の中の自分を見比べた。

 母方の血を色濃く継いでいるはずの自分は、でも、夢の中の女性とは全然似ていなかった。

 まず、その母はとても綺麗だったのだ。そして、自分と言うよりは……そう、黒子に似ていた。

 一回り以上も年齢が違うだろうが、黒子が歳を重ねると、あの女性そっくりになるのではないだろうか。

 だとすると、夢の中の女性は母ではなく、未来の黒子で、手を引いていたあの子は自分と黒子の子供?

 ……なんて自分勝手で都合の良い夢だろう。一方通行に感じている運命。それが願う未来の姿を夢見ただけじゃないか。


 それとも、やはり黒子は運命の人で、母の生き写しなのではないか、とも思った。

 父が母に運命を感じたように、自分は、母に似た黒子に運命を感じる。時代を超えて、運命が繰り返されているのだ。


 ……などという気持ちの悪い妄想をひとしきり終えると、再び鏡の前の自分と向き合った。

 そのとき、急に、締め付けられるように胸が痛んだ。

 その痛みは、運命の人を思う気持ちによるものなのか。あるいは夢の中で、父の目を通して見た、亡き母を思う気持ちからか。

 それは、わからなかった。




――あっという間に、さらに半年が過ぎようとしていた。

 黒子は、アルバイト先のスーパーを贔屓にすると言ってくれた。

 だが結局、あの後は一度も見ることが無かった。スーパーでも、学校でも、それ以外の場所でも。


 そして迎えた三年生の卒業式。

 卒業証書は三年生の代表者が受け取り、他の卒業生は名前だけが呼ばれた。もちろんそこには、黒子という名前の生徒はいなかった。

 本名を知らないため、黒子がどのクラスに属していたのか、本当にこの高校にいたのかさえわからずに、式典は終了した。


 運命の出会いだと思っていた。それなのに、隣の部屋に住んでいるのに、この一年で二回しかその姿を見ることができなかった。

 やはり、一方通行の運命だったのだろう。

 アパートの近くには大学が無いし、この後すぐにでも引っ越しをしてしまうに違いない。せめて最後に顔を見て、言葉を交わしたいと思った。

 もしかしたらこの思いは、黒子に恐怖を与えてしまうかもしれない。

 運命とストーカーは、紙一重なのだろうか……


 帰りのホームルームが終わると、アパートへと走った。

 自室には入らずに、黒子の部屋のインターホンを押した。だが、いくら待っても反応が無かった。

 嫌な予感がして、ベランダ側に回ってみた。

 すると、黒子の部屋のカーテンが取り外されているのに気付いた。中を覗かなくても、部屋の中には何一つ物が置かれていないのが見えた。


 卒業式を終えるとすぐに、どこかへ行ってしまったのだろう。行き先どころか、名前さえも知らない黒子。もう、二度と会うことも無い。

 強い虚無感を覚えると、正面に戻り、黒子の部屋の前に座り込んだ。膝の上に顔を付けて、涙を流した。


 たったの二回しか見たことの無い、黒子の姿を思い浮かべた。

 ちゃんと思い出せるのに、でも、そこには夢の中の女性が重なった。そして、またも胸が痛くなった。

 こんなにも近くに住んでいて、学年は違えど同じ学校のはずなのに、なぜ二回しか会うことが無かったのだろう。なぜ、見かけることすら無かったのだろう。

 もしかすると、幻だったのかもしれない。黒子は、母の面影だったのかもしれない。

 父と母は昔、こんなアパートに隣の部屋同士で住んでいて、出会った。その出会いを、運命を、ただ見せられただけなのかもしれない。

 あり得ないことを考えているのはわかっていた。でも、そうであってほしいと望んだ。


 ふと、人の気配を感じた。

 顔を上げると、目の前に黒子が立っていた。

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