転職先
剣と魔法の世界で迷宮を攻略するのは実にロマンティックで大好きなんだけど
わたしはその世界で汚部屋の攻略中だ。
ときどき金貨がドロップ品ででてくるのがリアルにそそられる。
朝食を用意して、提供、片付け、ゴミ捨て。洗濯後物干し場へ。居室と水回りの清掃。夕食の買出し、収納。調理、提供、片付け。朝食の仕込み。
昼食とお八つを作らないので昼間に数時間空く。ここで迷宮を攻略するのだ。
朝食から夕食の片付けまでするので拘束時間は長い。迷宮攻略をしなければ労働環境が改善されるだろうけど、生活環境が劣悪。
全てのかたっぽ靴下を退治するのだ。
革製品のカビも病気の元だ。
「というわけで、ご帰宅後はまず全部脱いでバスルームへ。お湯用意しております。湯上がりの衣料とタオルも置いてあります。室内履きをお召しください」
帰宅したフレッドさんにお帰りなさいを言いつつ侵入を許さない。外で蚤とか泥とか花粉とか付いているのを持ち込みたくない。
「お疲れ様です。お水どうぞ」
せっかくキレイに掃除したので土禁にしたい。ベッドに靴で上がるな。
「おお。気が利くな。ずいぶん片付いてきたし。テオはどこで休んでいるんだ?」
「昼食を摂った後、休んでますよ」
「いや、どこにおまえのベッドがあるんだよ?」
「ベッドじゃないですが、土間の食品棚が大きかったんで、1段開けて荷物といっしょに入居しました」
蚕棚っぽい食品収納庫は夜行列車の3段寝台みたいで上手く起き上がらないと頭を打ちそうで面白い。まだ小さいので普通に過ごせる。
シーツで目隠しした棚に収まってドヤ顔で毛布を被ってみせるとフレッドさんはため息をついた。
「いま受けている依頼が完了したら、時間を作ってちゃんと片付ける。ベッドは用意する」
「あー。それはありがたいです。ただ、店長から掛けの取り立てをするよう言いつかっております。分割でも持って行きたいのですがいかがでしょうか?」
「ウチだけ入金のタイミングを監視できるんだな!掛け取り厳しくなった!とりあえず明日少し持っていけ」
「ついでに豆と芋をすこし買ってきます。ほかに乾物も見繕ってきますね」
翌日、あれから更に出土した空き瓶と支払いのお金の入った革袋を下げて古巣の商店へ向かった。
詮索好きの彼女はフレッドさんちの内情にも興味津々だが顧客情報は漏らせない。
「テオちゃん、下男なんて出来るの?大丈夫なの?」
「ちゃんとお遣いまかされるくらい真面目に働いてますって」
「フレッドさんって稼ぎがいいのね。いまは何処にいっているの?」
「今日は芋と豆と小麦粉を買いに来ました。油も1瓶お願いします。それからナッツと干しいちじくも少し欲しいです。お酒は二本。台車貸してください。支払いはコレで。残りは掛けの支払いです」
豆はどの豆がいいか。お買い得のナッツはどれか。荒物屋の奥さんの推し乾物がいま人気とかどうでもいい話などをしながら袋に計って詰めてもらう。
帰路、八百屋と肉屋にも立ち寄る。
葉物や根菜、果実、丸鶏、塊肉などいろいろと買ってみる。
たいてい誰もが好き嫌いなんてないって言うけれど、嫌いなモノを出さないから何でも食べているつもりなんだよ。
調理方法も和えるとダメとか酢の物がダメとか煮物嫌いとかおかずに甘みは不要だとかイロイロ言う。
家族が多いと一人1つイヤでも幾つもNG食材が発生するし、たいてい一つ以上NGあるし、食材には旬があってOKの食材が入手できないこともある。
アレルギーの可能性もある。
けっこう気を遣っているんだけど、食べるのって本当に瞬く間だよね。
フレッドさん安定の野菜嫌い。蒸した芋も茹でた葉物も食べなかった。葡萄酒をあおりながら焼いた肉を食べてトマトをヘタごとかぶりついていた。
食事の様子を観察しながら、フレッドさんの無精髭にトマトのタネがつかないもんだなと感心した。
赤みを帯びた茶髪は水泳部みたいに日に焼けているのかと思っていたけど、こめかみから頬にかけてワイルドに生え放題な髭の色と同じだ。
「テオ、どうした」
「フレッドさんの髪の毛はどこまでで、髭はどこからか見とれていました。わたしの髭はいつ生えそろうんでしょう」
彼は自分の顔をぐるぐる触りながら、
「んんんー。この辺は髪の毛だろう?んー。ここまでは眉毛?」
手触りで判別は出来ないと思うが、その様子は意外なことに可愛らしかった。