胡散臭い子ども
倉庫の隅で雪解けのぬかるみで汚れたブケパロスのメンテをしていると、中庭に休憩に来た先輩店員の話が聞こえた
「冬に来た捜索隊、見つけたらしいよ」
「髪の色と目の色くらいならいくらでも合致するんじゃない?緑と紫の染めわけブチみたいな毛色じゃないんだからさ」
「そんなウミウシみたいな乙女が居たらコワイし!簡易判定機で判別してお城に連れて行くんだって。オレの実家のほうでいま話題沸騰してる」
「へえ。いっそのこと街の名前変えても良いんじゃない。誉れ高い乙女なんだし」
「いや。それが、いまのところ十五人くらい集めたらしい。それらしい娘さんを各捜索チームで何人集められるか競争してるくらい集めてる」
「違う意味で沸騰してるんじゃん。ヤバいねえ。それで、その乙女はどんな『運命』を拓くよう求められてるんだよ?」
「そりゃあ、一番見目の良い乙女をお妃様にするんだと思うね。運命の出会いだ」
いや、アイドルユニット結成じゃない?
同じ髪色の年頃のお嬢さんを集めて?ご愛妾部隊?うあぁ、すごく気持ち悪い話を聞いてしまった。
あの赤毛のおとめ兄さん、大丈夫だろうか。
はやく魔法が使えるようになって、大きな森とか大草原とかに小さいおうちを作って暮らせるようになろう。
妻と娘三人と抱えて馬車を整備しながら新天地を目指して開拓したり、踊る妻子の為に楽器を弾いたりするような甲斐性のある大人になりたい。
お友達と一緒にほいほい丸太小屋を建てたり、川の畔に横穴を掘っておうちにするんだよ。
わたしの好んだ児童書は船の難破で無人島に流れ着くフィクションよりも、開拓者の暮らしに色つけて書いてる自伝風だ。
川の土手に住み着く話はほんとうに驚いた。中州でバーベキューするより危険だと思う。窓もなさそうだし、土中に住むなんてカブトムシの土繭みたいだよね。
あまりに衝撃的でその部分だけを憶えていて、ストーリーは忘れた。
将来マネするつもりなのでいま気になるのは、水回りどうしていたんだろう。
調理とかトイレとか、屋外だと雨の日はどうするんだろう。いや、雨天時は川が増水するから命すら危うい。
すごいなあ。開拓者。
魔法が使えるのは珍しくない。でも魔法で生計を立てるのは難しい。楽器奏者やアスリートと同様だ。
だから、結界が張れること、ブケパロスで飛ぶことを秘密にしている必要はないのだろうけど、言っていない。
わたしは店頭ではへらへらニッコリしているけど、先輩には合コンさしすせそで応対している打ち解けない子供だ。
さ:さすがぁ
し:しらなかったぁー
す:すみません。素人質問で恐縮ですが
せ:専門的な点に踏み込みますが
そ:そぉなんだぁー
話をすればいろいろ辻褄が合わないし不審な点が出るだろうから、しっかり挨拶をして敬意は示す、報連相を欠かさないけど距離感を大事にしている。
なにしろ『出身地』が言えなかった。今は西の僻地名を憶えた。私はそこの民族の雰囲気があるらしい。
仕事中は私語を慎むので探られないのだけど、1年近く店に居るとさすがに馴染んできたから不意打ちで身上を問われるので困ってきた。
なんだろう。はぐらかしてもはぐらかしても執拗に食い下がってくる人っている。
「ねえ、テオちゃんは今度の豊作祈念祭期間に親元に帰らなくていいの?お父さんお母さん心配しているんじゃない?」
「ウチは畑がないので手伝い不要なんです。それに親のところまで行くのは遠くて。いずれ馬に乗れるようになったら行商を兼ねて行ってみたいです」
「じゃあどうしてそんなに遠いところに来たのかしら」
「途中まで親戚が一緒だったんです。そこからもう少し足を伸ばして来ました。ここはキレイな町並みですよね。初めて来たとき建物も窓を飾る花も綺麗でこんなにきれいな街があるなんて驚きました」
ことにハンギングされた花の美しさなどを語り、どんな花が好きなのか?栽培はするのか?切り花が好きか?フラワーアレンジメントの趣味はあるのか?などとドンドン話題を逸らすのに
「じゃあお父さんお母さんを招待したら良いじゃない?お手紙だした?」
また戻される。
「そうですね。今度、書きますね」
「なら、いま書いちゃいなさいよ。あ、可愛い便せんあるのよ」
悪意じゃないのは分かっているけど、ウンザリする。どうやって北関東の実家に郵送するんだよ。とは絶対言えないから。
えへへ。と笑って子供らしく
「やっぱりお手紙書くのあまりすきじゃなーい」と逃げた。
老親のことは心配に決まっている。失踪した私を案じているに違いない。ほかに子が何人居てもそれでも喪失感でしょげているのは分かっている。
兄弟がバイク事故で救急搬送されたときにその様子を見た。
だから連絡を取りたいのだ。ムリだけど。
その抑えている気持ちを抉られてとても不愉快なんだけど、8歳児がそんな事情を抱えているとは想定外だろう。
そのせいで、はぐらかす親不孝設定追求は執拗に繰り返される。
どこに住むのでも私はかまわない。
都市部だろうと田園だろうと楽しく暮らしてきた。開拓民の家族のように私たちも国内を転勤してきた。
なのでこの地で暮らすのも受け入れている。
はじめての転居の時のほうが辛かった。
テレビに映る現地の駅を見ながら、帰りたいと願っていた。
新幹線を東京駅で見るとアレは私の町にたどり着くのに私はここに置き去りなのか。と悲しかった。
当時小学生の私は単独で移動できるほど金を持っていなかったし、切符の買い方すら知らない無力さが辛かった。
田舎訛りを揶揄われて、転校生だと弄られて、居所のない教室で囲まれて泣かされていた。
わたしは転勤以来幼なじみの居る町に戻ったことはない。
それから何度も転校を重ねたし、就業後も転居はあるし。
国外でもそれなりにやれた。
いまさら何処に暮らそうと困らない。
だからこれ以上諦めたことを抉らないで欲しいのに。
八つ当たりだと思うけど、彼女のことがだんだんしんどくなってゆく。
会う都度、蒸し返すし詮索する。
確かに8歳児が曖昧な返事しかしないのだから、怪しいだろう。
それで、こんなことになったのだ。たぶん。
お付き合いありがとうございます