本当に幸せなひとは口にださないからさ
「………。どうしよう。わからない」
ノルの手を取って大好きって飛びつくのが少女らしい最適解だろう。
しかし。
いろいろ考えちゃうのだ。
大好きなのは三年が限界。
好き好きっていう気持ちは揮発性で保存が効かないのを既に知ってしまっている。
こんなに大好きなのに。
その先の現実を含めて彼の将来を引き取れるか。
そこに自信が無い。
昨日の夜、目を閉じて身じろぎもしない彼をずっと見つめながら考えていた。
彼の手はわたしと違う。
大きくて指が長くて、もう少年の手とは違う形。そしてわたしと同じようにすこし荒れてかさついている。埃っぽいからどうしてもささくれる。
大人っぽくなった手とは裏腹に彼の頬のラインはまだあどけない。
見慣れたおっちゃん達とは違ってふっくらとしているし、肌に張りがあるし、目の下の緩みもない。
まだ、ほんとうに若いからね。
そんな彼の今後をわたしが担えるのか。っていうかその時点では朝日が拝めるのかも不安だったし。
まんじりともせず彼が息をしているのを見つめていた。
「オリバーに不満が?」
「っていうかこの職種に不安があるのは知っているでしょうに」
好きな人ならなおさら焦れる。
とにかく在宅していない。
好きな人と所帯を持っても一緒に過ごせる時間が少ない。
小さかったわたしがフレッドの家に転がり込んだときも彼は頻繁に長期間家を空けていた。
それが仕事だからね。
こっちでは普通に子どもが火をおこして朝の支度をするものだけど、実家の母あたりが知ったらギョッとするだろう。
まして、子どもに家を預ける。
そんな常識が違うからか、冒険者の伴侶はとにかくワンオペ。
さらに、出て行った夫はほんとうに仕事なのかすらわからない。
帰ってこないのは、事故で足止めされているのか、現地で恋に落ちて出奔したのか、天に召されたのか。判然としないまま、期限を切らないでただ待たされる。
怪我をしても回復して帰って来れればまだ良くて、介抱してくれた女のところに転がり込むとか、回復しなくて現地に留まり続けるのか、帰ってきても仕事に復帰できないとか。
とにかく様々な問題をかかえているのは、さんざん同業者として見てきた。
だからこそ、ロブが妻帯できないのもアルとカイが振られちゃったのも納得したわけだ。
そう。
フレッドが年頃になっていたので、わたしはいつ解雇されるのかずっと気になっていた。
お嫁さんと暮らす愛の巣に置いてもらうのは無理だから、適切なタイミングでロブやアルの所に移動するべきだと見計らっていたのだ。
フレッドのところから移動するなら、いまなら誰の家が引き受けてくれそうなのかも注意深く気を配っていた。
動向を見守りつつ、ギルドで会う同業の愚痴は地獄耳でキャッチして
下世話な耳年増を増強させてきた。
王都ではアスタが良い仕事をしていた。
あの人はいつもあけすけに核心をついて興味を満足させようとする。
どうして振られたの?って本人に聞くからな。
答えるまで
「どうしてあなたのような優秀な方を?断る理由なんてひとつだってないでしょう?」
言葉を換え、言い方を変え、会う度に、まとわりついて、吐くまで問い続ける。
ほんとうに無邪気にやらかすあの女はおそろしい。
結論として
結婚は素晴らしい。ほんとうに幸せになっている。
そのあと離婚するとすごく清々して人生が謳歌できるらしい。
くちぐちにいう言葉から察するに離婚するために結婚するのだろう。
たぶん。
違う。
でも聞こえてくるのはそんな感じだ。
ねえ。ほんとうに所帯持っても大丈夫かよ?
って怯えちゃうのは、しかたないじゃないか。




