ぜったいに残らない
「この仕事はもう受けない。二-三年は無理だ」
そもそも今回が最後だと告げていたけれど、リゾート地の噂でヤバい話を耳にしたのでなるべく早い撤収が望ましくなったという。
隣国の南側の国で、穀倉地帯に被害が出た。
遠く離れているので、こちらには来ないけれど、おっかない魔物がでたという。
『飛翔する顎』小さなムシのような魔物で軍隊アリや蝗害同様有機物を貪る凶悪なバケモノだ。
それはもう好き嫌いなく、草はもちろん木質もわずかに露出する根っこも
家畜も、そのツノも骨も毛も余さず強靱な顎で砕いて貪る。
蚕食の音よりも大きくゴリゴリと響く音を聞いてやり過ごせるものは少ない。
手のひらサイズの魔物は人がバシバシ叩けば仕留められるけれど、何度も打っているあいだに降り注ぐ後続によって喰われてしまう。
そもそもスゴい勢いで飛来する『顎』は、後ろの『顎』に喰われないように逃げているのだ。
飛ぶためのエネルギーを得るためにガツガツと食べては、急いでまた飛びさる。空を黒く覆う群れが鳴らす呻りのような顎の音は数キロ先まで聞こえるのだという。
速さを出すために気流に乗って全力で逃げる同族を獲物としてさらに追う。
襲われた土地は根こそぎ剥きだしの石と土だけが残る。
畑の実りの欠片もない。
落ち葉も雑草も森も家も家畜もない。
家の土台の石が転がっているだけの荒れ地だ。
「局所的な被害ではあるけれど、穀倉地帯のため近隣各国にも影響は大きい」
ロブがまともなことを言っている。大丈夫か。
「でも。もう終わったんでしょう?わたしたちにできることなんて無いじゃない」
「テオ。ロブの受け売りを聞け。ここからが長い話になる」
小麦が品薄になるので、近隣から輸入せざるを得ない。
結果として、隣国も本邦もすこし国内市場に出る量が減る。少しだ。
少し供給が減る。という『情報』こそが凶悪で
にわかに小麦の値段が釣り上がり始める。
主食の高騰というのは、とても危険な話だ。
十分な稼ぎのあるものにとって、いくらも変わらないことかもしれないが
カツカツで暮らしている貧困層にとっては、一日2度の食事が1度になってしまう。
飢えて死を迎えるか、栄養不足からくる病で苦しみながら弱り果てて逝くか、いっそ力ずくで奪いに行って討ち果たされるか。
ギリギリに追い込まれる。
政情不安の定番なのだ。
もちろん、国は商人たちに価格の抑制を強く命じるけれど
飢饉というのは恐怖だ。
小麦がないなら、芋。あるいは豆。あるいは雑穀。
あらゆる代替に目が向き、実際は充分あるのに買い占めと暴騰が発生する。
店頭から失せるといよいよ枯渇したようにおぼえて、飢餓感が増す。
「というわけで、今王都にいっても食べ物が売っていないらしいよ。こっちではまだそこまでじゃないけどね。でもちょっと割高になっているのはわかるかなぁ」
リゾート地価格だと思っていたし。
さらに農地を失った村人は流民として都市部に移動している。
手っ取り早く冒険者デビューしようにも装備も武器もない。
装備もなく採取に出て、獣や魔物に襲われてしまうか、スラムを形成して施しを求めるか。
どちらにしても長生き出来そうにないし、治安が悪化する。
国王と領主は丸裸になった土地を開発して放牧地と畑にするという。
村人は本来腕利きの耕作者だ。にわか冒険者をやるよりずっと良い仕事ができる。
荒れた大地に魔法の技術者を投入して
ガンガン掘り起こして大樹の根っこも岩も取り除き区画整理の行き届いた大型リニューアル畑を緊急手配している。大急ぎで食料の増産と失われた領民を取り戻す必要があるのだ。
「はい。テオ。ここで気づいて欲しいことがあります」
「アル?わかんないです」
「耕作放棄地に投入されるのはなんですか?」
「土木の魔法が使える技術者」
「そう。近隣の国からも緊急で大量にかき集めてる。つまり、ココには技師が当分来ないんだよ。道は直されない」
だから。
ぜったいに残っちゃダメなんだよ。
そして、王都のパニックは続々と入荷する収穫物と放出される備蓄食糧で遠からず収束するから。
「だいたいね、芋も豆もそのへんに大量にストックするなんて無駄なんだよ。ムシとネズミが沸いてしょうがない」
「じゃあ。どうするつもりだったの?」
「オレらがこの話を知る時点で、既に情報が陳腐化しているから。この話で儲けるのは無理なんだよ。ロブが分かるくらいまで丁寧な解説がついてるってことは、大概の人が知っている話なんだ」
「…。ねぇ。それでもわたしとノルを小屋に缶詰にしようとしたゴードンは、どういう了見なの?」




