妹尾です
わたしはショートマッシュを勤め人のギリギリまで明るくした髪色、さらにアッシュカラーにしていた。
髪と同じくらいの色調に焼けた肌色、やせっぽちの私は、大きく笑いながら街の商店に突入して
「こんにちは!妹尾と申します。こちらで配達の仕事を希望しています。雇っていただけませんか?」
かたっぱしから頼んでみた。
いわゆる口減らしで田舎から来た子供だと思われたらしい。
伝手がないので、何件も断わられたが、氷河期世代だ。お祈りメールの塚に埋もれて泣いた学生の頃とは面の皮の厚さが違う。
いや、ちょっと悲しかったけど。
折れてからの復旧の早さが成長だ。
かくて私はイルワの街の酒屋兼食料品店の配達として現在ここに居る。
店主のオーバンさんには本当に感謝している。
番頭さんと販売員の先輩3名の下についている。
雇い人を抱えられるくらい繁盛している活気のある店だ。
なのでわたしは頻繁に台車に乗せた品物を押しながら配達にでている。
最初は街の様子も顧客の家の場所も分からなくて半泣きで台車と迷走していたけれど、
今はどの順で配達すれば最速か段取りできるようになって誇らしい。
秋も深まり底冷えのする倉庫の隅にすのこを置き、頭上に渡した紐にシーツを掛けてタープ風にしたのが寝床だ。
講堂に避難した様子を参照した設えだ。
結界の中で寝るから寒くない。
衣類は配達先の奥さんたちが
「ちょっとほころびもあるけど」と言いながら色あせたり染みが浮いたりした冬物をくれた。
たぶん古物商に売っても買いたたかれる。思い出に安値をつけられるのは癪に障るよね。
「着替えがあると助かります。ありがたく頂戴します」
作業中に埃や汁が飛ぶのでどうせ汚れるのだ。木箱にひっかけて綻びたりもするから、かまわない。
でもお客様の目もあるから、染めたり繕ったりして体裁を整える。
ちいさく黒く飛んだインクは黒い糸で刺繍をして大量のアリンコにした。すごくイヤがられた。何でだ。
剣と魔法の世界らしいけれど、ローブ被って杖をかざした髭の爺さんとか背中に大剣を担いだ偉丈夫とかお姫様などは見たことがない。
いま配達は徒歩で台車を押すので、荷馬車の御者が憧れ。ってくらい地味な暮らしだ。
配達中、町内の子供とも話をするようになった。
余所者が気になるらしく
「ヘンな髪の毛」とか
「チビ」とか
「アリンコ」
とか言うので
「おまえ、おとといオネショしてただろ。臭かったぞ」とか
「だまれ。パンツしまってから言え」
「引き出しにカマキリの卵いれてんじゃねえよ」
丁寧に返事をしていたら友達になった。漏洩元は顧客の奥さまだ。どうしてお母さんてば、そういうこと外で言っちゃうんだろうな。
「テオちゃんはしっかりしてるわね。ウチの子ったら以下暴露」
妹尾というときthで発音している。ほら、セオドア ルーズベルトかテオドア ルーズベルトかカタカナの表記が曖昧になるだろう?
テオだと男児っぽい。もう少し大きくなるまで誤解してもらいたいのだ。
台車の横でギャンギャンとはしゃいでいると、騎馬の見慣れない一団が通りかかる。
皆で馬だ馬だ。と眺めていると、とりわけ好奇心の強い『カマキリの卵』が問いかける。
「おじさんたち、だれ?」
いつでも逃げられるように距離を取りながら見上げる
他の子も路地や店舗に飛び込めるように警戒をしている。
「王都からきた運命の乙女捜索隊だよ」
怪しすぎる。
皆、目で逃げる合図をかわす。
「そうなんだ。いないよ。そんな立派そうなオンナ」
『カマキリの卵』が声を張る。
小さい子は店舗にするすると移動した。
「榛色の髪、碧玉の眼、真珠の肌っていわれているんだ」
「そんな宝石みたいなオンナが実在するわけないじゃーん」
「いたら噂になっているだろうから、教えて欲しいって話だよ」
「分かった!そんな面白い話聞いたら、ぜったい言う!」
子どもがにげこんだ店舗から大人達がでてくる。
「あ!榛の髪は荒物屋のおばさんじゃない?」
「おばさん、腰も胸も立派だし!お団子小町って有名だったらしいよ!」
四人の男の子のお母さんでチャームポイントはふとした拍子に見える力こぶ。末広がりの力強いフォルム。白い歯と肉感的な唇と大きな笑顔。
「おばさん。運命の乙女で王都から捜索隊来たよ。」
「十八年くらい遅いんじゃないかしら?」
「おばさん、眼、青い」
「ロシ、眼、緑じゃん。樺色だし!」
「おじさーん。ロシが運命の乙女です」
「真っ黒に日焼けして髭の生えた男の乙女は違うだろ」
「おじさんの後ろの人、眼、緑で肌白い!」
「おれは赤毛だし、男だから!」
「おとめー!」
「ガチムチっ」
「おとめー!」
「キレてるっ!」
口々に叫びながら散開する。
私はアッシュカラーにしていた髪色が褪せて、地毛も伸びたので
黒髪の短髪だ。
瞳はオリーブグリーンだ。エメラルドではない。地味だ。
顔立ちも地味だ。背も低い。体型もひょろい。
森で過ごし街に来る間にすっかり日に焼けた。日に焼けやすいのだ。
さらに配達で外に出るのにUVクリーム塗らなかったからたちまち学生時代のように黒焼きだ。
あ。脇の下とか肌白いかも。
捜索の一行は3週間ほど滞在して、その間往来の至る所で
「おとめー!いたかぁ!」と子どもに煽られながら捜索をしたのち、出立していった。
私たちは街の門までぞろぞろと連れ立って見送りに行った。
すっかり懐いた隆々たる体躯の赤毛の兄さんの後について
「おとめっ!きっと出会えるからっ!」
「くじけないでね!」
惜別の辞を贈っているのか、煽っているのか。
「ねえ、隊長。おれが乙女になって帰都してもいいんじゃないすか?」
「次の次まで捜索して見つからなかったら、検討しよう。もう少しがんばれ」
運命の乙女もやはりいる世界なんだなあ。と感慨深く見送った。
王宮に軟禁されて無理難題をふっかけられる生涯なんて大変そうだ。
誰が挙手するのだろう。
子どもの私には分からないな。