牛歩
田舎の母から届く小包。
あの話の通じない非合理の塊。
ささやかな送金はそんな買い物の為じゃない。というのは毎回伝わらない。
どうして、全国で流通しているナショナルブランドのジャム、乾麺、缶詰、菓子を送料かけておくるのか?
どうして、独り暮らしの部屋で白菜二玉消費できると思うのか?
日本の首都では、世界中のなんでもが大体手に入るって言っている。
星も山も見えない街で過密と騒音に耐えて暮らすことと引き換えにしている。
なのに、止めろという制止はぜったいに効かない。
あの謎物体は、愛だったそうだ。
ほら、愛する娘へ。なんて口が裂けても、手紙にも、書かない。
かわりに、
元気でいるか?
ちゃんと食べているか?
無理はしていないか?
と表現する。
それは主語を省略する日本語で、大切な娘、愛しい我が子、が隠れている。
抱えこもうとする両腕の届かないところに行ってしまった対象へ伸ばす指先だ。
健やかに過ごしていてほしい。かわいいおまえをかわいがりたい。
それではぜったいこちらの要望が通らないわけだ。
理非もない。
だいたいもうわたし大人で愛玩の対象にならない。
そういうすれ違いがあの小包をはさんで摩擦を起こしていた。
言葉にすらなっていない表現を仮託されたのがスナック菓子だと分かるにはわたしはまだ若かった。
だから、わたしはオリバーの貢ぎものに寛容なのだ。
謎の鱗だろうとネコのヒゲだろうと
それを届けに来る意図があって、だ。と受けとった。
一般的に言うと、危険な行為らしい。
「明太子を1本」美味しかったからと分けた奥さんに
受けとった側が逆上しているのを見たから。
バカにされたそうだ。
魚卵は2本で一対。ソレが最低単位。
「相手に対する敬意が無い」から、「贈りもの」に「切れっぱし」をさしだしている。
すれ違い、コワイ。
さて、夜分遅くに訪問してきたオリバーの意図はなんだろう?
わたしの手を引いてゆっくりメインストリートに向かっている。
手を取ると身体のブレで離れないし歩調も整うね。
「よく、わたしの部屋が分かったね」
「…あぁ。…ゴードンが」
躊躇って、うめくように切れ切れの返答。
中庭でずいぶん長く迷ったらしい。
ぽつりぽつりとこぼすには
間違えててフレッドの部屋だったら、どうしよう。大惨事確定。
違う窓に当ててロブが出てきたら、どうしよう。流血もあるのでは。
半泣きだ。
「すごく迷っていたら、どんどん時間が過ぎててこんな時間になった」
「それで手が冷えていたんだ?」
日中は汗ばむけれど、日没後はグングン気温が下がる。
コックリとうなづく。
「身体を冷やすと風邪をひいてしまうよ?」
そう言いながら、つないだ手を解いて
頬に手を伸ばす。
顔も耳も冷たい。
わたしも裸足に靴を突っかけてきたので、ちょっと冷えはじめている。
夜半、暗い通りを歩くのはいかにも危険なので
メインストリートを噴水の広場まで歩いでは戻るくらいしか通れるところはない。
だから、牛歩で今は水の止まっている噴水へ向かっている。
水辺は微妙に寒いんだけど。




