半年前にあったこと
はじめまして。
ずっと読んでいて、楽しかったので投稿に挑戦します。
半年前の話をしよう。
あの日はとても暑かった。
立ちくらみすると目の前が真っ暗になって身体が崩れ落ちるので
注意深く屈む癖がついている。
おかげさまでこのように不本意な環境に唐突に遭遇してもわたしは尻をそっと地面に下ろすことができた。らっきー。
たしかにわたしは首都東京のターミナル駅の改札を通り抜けたんだ。
客先へ移動中、乗り換え路線に移動するべく地下コンコースを早足で歩いていたらふらついたので端に避けて速やかに頭をかばって屈んだ。
立ちくらみ慣れする前に生活習慣を改めるべきだと思う。年も年だし。
さて目の前は明るく太陽が照っている。構造物はない。地下コンコースじゃないどころか都内ですらない。
向こうに青く霞む山並みが見える。手前に広葉樹の木々がまばらに見える。
関東平野から見えるのは富士山とか筑波山あたりだが、地表からは概ねビルで見えない。
「わあ、すごい。どこにいるんだろう。顔黒く塗って秘境に行くテレビ企画みたい」
独りボケをしながら困惑を紛らわす。
どうなっているのか。どうしたら良いのか。不安に決まっているじゃないか。と俯くと足元が酷い。
白の5㎝ヒールのパンプスの筈が赤と紺に金色の差し色の入った派手な○足。小学生のかけっこの定番だ。
ていうか足がちっちゃい。
足だけじゃない、脚が生足丸出しのハーフパンツでやたら子供らしい。
「おおお?」
かざす手も小さいわ。小さくて短い爪。指先はささくれだらけなので埃っぽいところでいかにも遊んでました風。
肩に食い込んでいたのはランドセル。赤でもピンクじゃないのか。いまどきだな。刺しゅうのついたタンカラー。
大嫌いな黄色い学帽まで頭に載っていた。ゴムがアゴに食い込んで痛いんだよ。
アラサー社会人がなぜ○足ランドセルで見知らぬ大地を踏みしめているのか?若々しい姿で。
それを知るためにもまずアレを唱えてみたい
「すてーたすおーぷん」
なにもない。
「そうか」
じゃあ次は魔物に襲われるのか?人さらいが出るのか?魔王を退治してくださいなのか?
さて、それにつけても何故学童になっているんだろう。
かなしい。
せっかく年をとったのに。
もう小学生なんてイヤだ。たくさんだ。
大変だったのよ。小学生。
毎日、英語塾、学習塾、チア、水泳、習字、○文。週に二度通うものもあるから、ハシゴしないと通いきれない。
区内の小学生は中学校受験がザラなので、なんとなく受験する空気に自分まで巻き込まれて無駄に傷ついた。
クラスメイトは
「はやくおばあちゃんになりたい。腰痛いとか言ってるけど、毎日カラオケ行ったり旅行行ったり遊びまくりだ」
と羨んでいた。まったくだ。私たちと違って年金もバッチリ出るしな。
もう一回生きてゆくための学習をやり直すのか。
半年前、突然この地にデビューしたときのこのガックリ感たるや言葉に尽くせないモノだった。
あの後、見通しの利く草地はあまりにも不利だろうと慌てて樹上生活に突入したのだ。博物館の展示で小柄なご先祖さまの生活様式を学んでいて良かったと思う。
なぜ不自然にランドセルなど持っているのか検分した結果、
ランドセルには学童の持ち物が詰められているアイテムボックスであり、学童帽子が認識阻害、運動靴が逃げ足強化の魔法のアイテムだった。
確かに魔法のある世界なのだと確信して、私は樹上で魔法を得ることを優先した。
ランドセルの給食袋からコッペパンや蜜柑、水などを得た。
書き取りの教本、「私たちの町」みたいな地図入りの副読本、草や夜空の星の紹介等の理科の副教材なども入っていたので落ち着いたらそれも覚えるべきなんだろう。
魔法のテキストが入っていなかったのはなんでだ?
樹上にいても、下をフスフス嗅ぎまわるものや、樹に登ってこようとするものもいて本当に恐ろしかった。
身体が小さくて軽量っていうのは悪いことだけではなくて、尻が枝に食い込まないっていう利点もあった。
やせっぽちなので尾てい骨が枝に当たったけど姿勢を変えるだけで過ごすことができる。
日が暮れると辺りは塗りつぶしたような闇で到底樹から降りることができない。
樹上生活から草原へ進出ってあっさり博物館では記述されていたけど、ご先祖さますごい勇気だと思うよ。
葉擦れの音。ケタケタと響くトカゲの声。湿った土の臭い。日中よりも格段に下がる気温。
ビールとピーナツとニュースで過ごすいつもの夜と違いすぎてどうして良いか判らないけれど、「結界」だけは習得したい。
そうしてとにかく結界だけ張れるようになってから、私は草地に進出し、街にでる決心をした。
いつまでも森に居られない。
家もない小さい子供が森に居たら、いずれ人間に見つかって詮索される。不審者だもの。この森にも入会権とかあるかも知れないし、獣と間違われて狩られるかも知れない。
人に紛れた方が目立たない。
日の出前空が明るくなるのに合わせて、どこにあるかもわからない街に向かった。
起伏のある木立をぬけていくのは、心細いので、森に沿って回り込むような進路にした。
結界を張り、見つかりませんようにと祈りながら心細く歩く。
日が陰る頃には、木の上にヨタヨタと登る。
森の周辺を回り道をしてたら街道に出た。
帽子を被り、こまめにランドセルから出した瓶の水を飲みながら標識もない道を歩く。
街道にでたのに後ろから来る人もなく向こうからすれ違う人もいない。
人通りの絶えた道は無くなってしまうから、大丈夫だ。この道はちゃんと街まで繋がっている。
と心細い自分を励ましながら進む。
自転車とかあればもっと早く進めるのに。
パンプスじゃもっと厳しかったろう。運動靴ってステキだ。
独りで歩いていると何も考えない方がマシなくらいのことばかりが脳裏を巡る。
それなら瞑想できるんじゃないか?って思ったんだけどね
未舗装の道って注意しないと転ぶのよ。小さくデコボコとか石ころとか根っことか、無心で歩くしかない。
道いっぱいのアヒルとかあふれる羊渋滞とかがこの道でも起こるんだろうか。
それとも暴れ牛が突然現われて、キャッ!って悲鳴上げてるとヒーローが助けにきて運命の出会いをはたすっていうのはどうだろう?
右足と左足を出す以外、妄想しか出てこないな。
やがて向こうから来るフードを深く被った旅装の人とすれ違ったし、日が高くなる頃には、生け垣で囲われた牧草地も街道から見えるようになった。
土壁の小屋もある。
もうすぐ第一村人とも接触するんだとドキドキした。出会いはなかったけど。
小さな村落を幾つか過ごして、石造りの塀が見えてくる。
途中の水辺でできるだけ丁寧に顔や耳の後ろや首筋、爪を洗って、街に入った。
街を囲む城壁の門の前は、荷馬車や背負子に作物を積んだ人たちが列をなしている。容貌といい、どうも本邦ではない装いだ。
そして子供目線でいえば、すごく大柄。肩幅が広くて腕が太い。自販機飲料の補充しているお兄さんみたいに太い。
紛れ込めますようにと念じながら、そっと列についた。
子供連れっぽい感じだったのか、一瞥もされずサラッと通れた。
街は石畳で舗装された街路と石造りの家の窓には小さな鉢植えがハンギングされているような小洒落た外観で観光で来たら撮影した画像を同僚に送信したい感じだ。
自撮り画像を送られても、8歳児だわ、微妙に現地人風の顔立ちになっているわで困るだろうけど。
人の流れに乗って街の中に進み、道ばたで農産品や羊毛製品、革小物などを売る露店を冷やかすのは珍しい品が多く楽しかったけれど
大きな声をはって売り込みしているのに、誰とも目が合わないし、私には声もかからない
認識阻害と結界でコソコソしながら市街地に出た私は、食料品店の配達の職を目指した。
子供に出来そうで雇ってもらえるのは何か樹上でずっと考えたんだけど、「お魚咥えた猫を追いかけてる長女ん家」に頻繁に現われる酒屋の配達人をおもいだしたんだ。
あれなら丁稚向けだろう?
初投稿にお付き合いくださって感謝します