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悪魔と契約した男の娘  作者: なすみ
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4話:ラッキースケベすんな

「お邪魔しまーす。……なんか、緊張するなあ」

「別にお父さんはいないんだから、緊張することはないだろ」

「……だからだよ」

 京助を家に上げ、俺は鍵を閉める。父子家庭の我が家は、父がかつて購入した、一軒家。間取りは二階建てで、一階はリビングと風呂場、キッチン。二階は俺とお父さんの部屋、それから物置になっている部屋が二つ。広さとしてはなかなかのもので、ローンもなかなかのものだった。それを稼ぐため、父は昼も夜も、仕事に明け暮れていた。だから今日みたいに、泊まり込みで仕事をするなんてことは珍しくもない。まあ、俺としては、こうして家に友達を連れ込めるんだから、好都合といえばそうなんだが。

 とはいえ、京助が俺の家に遊びに来ることなんて久しぶりだ。ついつい、その場のテンションで、久しぶりに会った京助を家に誘ってしまったが、迷惑じゃなかっただろうか。本当は、家でくつろぎたかったんじゃないだろうか。そんなことを考えてもしょうがないのは分かっているが、それでもついつい考えてしまう。

 でもやっぱり、こいつとこうして、また仲良く遊べると思うと、嬉しい限りだった。俺は京助にソファを進めると、ゲームを起動させた。

「なあなあ、とりあえずゲームしよ、ゲーム! お……わたし、スマブラ結構強くなったんだよな」

 そう言って京助の手を持ち、コントローラーを握らせる。しかし京助は、流石にしっかりしていた

「いやいや、ゲームもいいけど、飯の用意は?」

「えー、後でもいいじゃん……宅配ピザとかでも」

 しかし京助は、腕をまくると、隣の俺に腕時計を見せてきた。時刻は六時過ぎ。

「ほら、もうこんな時間だぞ。……あ、そしたら、俺が作るから、ゲームしとく?」

 ……そういうことじゃないんだよなあ。お前と一緒にゲームがしたいんだよ。

 なんて、そんな小っ恥ずかしいことが言えるわけもなく、俺はソファから渋々、立ち上がった。しっかり者の京助は、こういう時、本当に頑として譲らないのをこれまでの付き合いで知っていた。なんだか懐かしい。

「一緒に、作る」

 我ながら、ふてくされた顔になっているだろう。しかし京助は、可笑しそうに笑うと、同じく立ち上がった。

「ありがと、そしたら、ちゃちゃっと作って、それからしような」

「……うん」

「えらいえらい」

 手が伸びてきて、俺の頭を撫でる。そういえば、こいつは昔からこういうことをする癖があったんだった。俺のことを小動物か何かだと勘違いでもしているのだろうか。学校ではやってこなかったが、本当に昔からこうなんだよな。

 と、そこで京助は、何故か慌てたように手をいきなり離した。

「ご、ごめんごめん、ついいつもの癖で……」

「ん、今更どうしたんだよ。撫でないの?」

「むしろ、撫でてもいいのか? お前だって、もうそんな年じゃないだろうし。……それに、女の子の髪の毛に、あんまりべたべた触るのもおかしいかなって」

 どうやら、こいつもそれなりに気を使ったらしい。いや、だとしたら男同士でもおかしいからな。

「んー、別に京助なら、いいよ?」

 俺は素直に答えた。正直、今更過ぎるほど今更なことだし、別に京助の撫で方は、何故か嫌じゃなかった。というより、なんだか自分でも説明が出来ないが、好きだった。

 だが、京助は何故か、顔を真っ赤にして、目を反らす。俺はてっきり、からかうようにして、また髪の毛をわしゃわしゃされるのかとか思っていたから、この反応は意外だ。

 なんだこいつ、もしかして……。

「……照れてんの?」

「ち、違う」

 言いつつ、口元に手をやって、恥ずかしそうにする様は、少なくとも俺が男のままなら見ることのできなかった顔だった。なんだこいつ、面白過ぎるだろ。意外とピュアかよ。

 俺は、初めて見る京助の顔に、思わずいたずら心をくすぐられた。冷静になって考えてみると、せっかくこんなかわいく慣れたのに、男をからかいたくならないなんて、俺もやっぱり今朝はパニックでそれどころじゃなかったんだろうか。今、少し余裕が出てきたことで、京助がどうやらかなり照れ屋だというのに気付いてしまった。

 もうちょっとだけからかってやろう。

「なんだよ、じゃあ、ほら」

 そういって、俺は京助の右手を両手で持ち上げると、自分の頭の上に乗せる。意外と鍛えているらしく、結構筋肉質だった。少なくとも、家で引きこもって、もやしみたいに育っていた俺の腕なんかより、とても健康的だった。

「撫でて?」

 我ながら、これは流石にあざと過ぎるだろうか。頭の上に手を持ってきたまま、俺は上目遣いに京助を見る。京助は、本当に何とも言えないような顔になったが、しかし、そのまま俺の言う通りに頭を撫で始める。

「ふへへっ」

 それにしても京助は、本当に頭を撫でるのが上手い。こんなことに上手いも下手もあるのか疑問だが、実際、頭を撫でられているだけで頬が緩む。なんだか、ソファに座って、小一時間くらい撫でられていたい気持ちになる。飼い主に撫でられて喜ぶ猫の気持ちが、少しだけ分かる気がする。多分、こんな心地良さなんだろう。

 だが、京助は再び、すぐに手を放してしまった。

「お、終わりっ、ご飯の用意、するぞっ」

「えぇー。……気持ちよかったのに」

 実際、かなり気持ち良かった。なんだか、頭のツボを刺激されてるような気持ち良さだった。ちょっと運動神経とか上がったような気までする。

 とはいえ、いつまでもこのまま頭を撫でてもらい続けるわけにもいかない。俺と京助は二人でキッチンに向かうと、何を作るか考え始めた。しかしご飯は今朝は炊いて出ていないし――それどころじゃなかった――冷蔵庫の中身も、本当なら今日の昼過ぎにでも、買い出しに行くつもりだった。学校に行っていたので叶わなかったが。それに、俺は食べ物を冷凍しておいておいたりするようなタイプでもない。早い話が、食べられるものは何もなかった。

 俺たち二人は、呆然と立ち尽くす。

「……何も、作れないね」

「……だな」

 数十分後。結局、出前のピザを机に置き、二人で並んで食べていた。

「やっぱ、ピザがこの世で一番美味いわ。俺、体調悪くてもこれ食べたら治る気がするもん」

「薬みたいな感覚でピザ食べるじゃん」

「最早、感覚としてはHP全快してる。……どう、京助も、やっぱ手料理より、ピザの出前の方が楽だったでしょ?」

「まあ、楽っちゃ楽だけど……でも、俺、お前が手料理できるって知らなかったから、食べてみたかったんだよなあ」

「いやいや、京助に比べたら、俺のは食べられたらそれでいいってもんしか作ってないから、まだまだ京助に食べさせるようなものは作れないって」

「またまたあ。ちなみに、これなら用意できるよってのはなんかない? リクエストしたいんだけど」

「ピザ」

「電話一本で出来るわ」

 なんて、阿呆な話をしてるせいだろう。ついつい、俺の掴んでいたピザからトマトソースが垂れ、盛大にスカートに付いた。やばすぎる。制服なのに。

「……やっば! ちょ、ちょっと着替えてくる!」

「あーらあら」

 オカンみたいな焦り方するじゃん。

 俺はピザを置くと、すぐに二階へ駆け上がる。紺色に近いスカートだから、それほど染みにはならないと思うけど、とはいえあまり気持ちのいいものではない。とりあえず、適当な部屋着でも。そう考えてタンスに手をかけた瞬間、俺はとても嫌な予感がした。……まさか、あの悪魔、俺の制服以外も、女物に変えたり、そういうことはしてないよな? 身に着けてた下着類は、いつの間にか女物になってたが、すっかり失念してた。

 俺は、恐る恐るタンスの二段目、ズボンが入っているところに手をかける。果たして――中身は変わっていなかった。よかったあ、今日一日履いて、少しは慣れたけど、それにしたってスカートって、本当に防御力が薄すぎるんだよなあ。紙装甲っていうか、ただの布っていうか……。

 とりあえず、新しくズボンを一着引っ張り出した。ついでに上も着替えたくなって、一段目からパーカーを取り出す。それを持って、急いで下に駆け下りた。

 適当に掴んだ上下の服だから、あまりセンスが良くないかもしれない。が、そもそも服のセンスだって、そんなあるとは思えない。とにもかくにも、まずはこのスカートが染みにならないように、脱がないと。

 京助にはもうちょっと待ってもらうように声をかけ、洗面所に駆け込む。急いでスカートのホックを外し、脱ぐ。脱いで見て思うのだが、元からスース―してるせいで、脱いだ感覚がない。それでいうなら、履いていても感覚的には脱いでいる。

 だからすっかり、スカートの汚れの方に気を取られていた。折角かわいくなったところで、服にしみがついていれば、画竜点睛を欠く。やはり、俺はかわいいからこそ、こういうところにも気を使わなければならない。いや、知らんけど。ともかく、俺は水道でバシャバシャと洗うが、一向に取れている気がしない。仕方なく、京助に声をかけた。

「京助ー! 助けて、トマトソースのシミが落ちない!」

「んっ、どれどれ、行くわ」

 それからすぐ、洗面所の扉を開く音が後ろでなる。俺は必死に冷たい水でスカートを揉みながら、後ろを振り返った。だが、本当にベタなミスを犯していた。

 ズボン、履いてないじゃんね。

「お前、アホか、ズボンは?!」

 今日だけで、何回俺は人に下着を見せつければ気が済むんだろう。別に恥ずかしくはないから、どうでもいいっちゃどうでもいいけど、それこそスカートのシミに気を使うより、もっと大事なことだと思う。

 とりあえず制服を上下着替えて、もってきたズボンとパーカーに着替えてから、改めて京助を洗面所内に呼ぶ。京助は、まるでお化け屋敷にでも入るかのように、恐る恐るといった様子で中を覗く。そして、服を着た俺を見て、ようやく一安心したのか、入ってきた。

「そ、その、すまん、恥ずかしかった、よな」

 気まずそうに、京助は俺と目を合わせようとしない。いや、別に恥ずかしくはない。とはもちろん言わない。普通の感性の女の子なら、多かれ少なかれ、恥ずかしさはあるだろうから。

「う、うん……大丈夫。こっちこそごめん」

 それに、ごめんなさいの気持ちは本当だった。絶対どんな顔すればいいかわからなくなってるのが、京助の態度からひしひしと伝わってくる。それに、俺が京助の立場なら、同じように、どうすればいいかわからなくなっている。

 漫画やアニメと違い、こういうラッキースケベって、別にキャーエッチーみたいな風にはならないんだなと、痛感した。なんか、気まずい。

「ま、まあ、シミはすぐ取れると思うぞ」

 京助は鏡越しに話しかけてくる。

「え、でもさっき、どれだけ洗っても取れなかったけど……」

「そりゃあ、冷水じゃなあ。トマトソースは油分を含んでるんだから、洗濯洗剤とか、食器用洗剤で適当にこすって、後はすぐ洗濯機にでもかけてたら、この色のスカートなら十分綺麗に落ちると思うぞ」

「へえ、そうなんだ」

 肩越しに覗き込、もうとして身長が足りなかったので、俺は隣から見守る。京助の手際はとてもよく、言っている通り、どんどんソースのシミが湯に浮いてきていた。家庭的だなあ。

「……やっぱ、嫁に貰うなら、京助みたいな人だよなあ」

「え? 俺が嫁? 旦那じゃなくて?」

「嫁」

「性別変わってんじゃん」

 目の前に変わったばっかりのやつ、いるけどな。

「ほら、これで粗方取れたな。……まあ、でも不安だし、洗濯機で一旦、漬け置きしてていいか? どうせこの後、風呂入るんだろ?」

「そうだね。京助も入るよね?」

「え?」

「えっ?」

 二人で顔を見合わせる。

「え、京助、泊まっていかないの?」

「いや、流石に駄目じゃないか?」

「なんで?」

 ゲーム夜通ししたいのに。俺は、すっかり京助を家に帰したくなくなっていた。だから、少し意地悪をしてしまう。どうせ、京助の家も今は一人なことは、帰り路で車のないことを確認済みだ。母親が乗っていっているのだろう。

「なんでって……」

 京助はしばらく顎に手を置いて考えるが、やがて、言いにくそうに話す。

「ほら、俺も男だし、お前、女だし……」

 いやあ、こういう時、女で良かったと痛感するね。俺は心の中でにやりと笑う。

「わ、たしは気にしないよ?」

 ついつい俺って言いそうになる。

「それに、ゲームするって約束してたのに、帰っちゃうの? 嘘つき、ペテン師、詐称、ライアーゲーム」

「後半凄い言うじゃんね。俺のこと嫌い?」

 こうして、京助は家に泊まることになった。

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