1話:安い同人誌みたいな展開だな
友達とビリヤードをしている時の遊び『三つのお題で架空のアニメを作る』という遊びから生まれた小説です。絶対に面白くなる予感がしないので、正直、その友達以外には見せたくありません。
だって恥ずかしすぎる。設定も何も練ってないし。
サキュバス。男の夢に現れ、淫猥な夢を見せ、その精を吸い取る悪魔。
インキュバス。早い話が、サキュバスの男バージョン、といえば早いだろうか。
ともかく、俺はその日、いつも通り夜中までゲームに勤しみ、床に就いた。確か時刻は深夜の3時を回ったところだっただろうか。どうせ明日も昼過ぎに起きて、そこから夜中までゲーム。代り映えのしない毎日だが、どうせ一年の初めのころから、不登校なのだ。今更学校に行こうとも思わないし、一人が楽だ。
そんなことをいつも通り思いながら、布団を被り、そして眠りについたはずなのだが。
「……やっちゃったなあ」
目の前の、スーツ姿の男はそう呟いて、軽薄そうな笑みを浮かべた。
「一応、確認するんだけど、君……男だよね」
……夢? いや、夢なのは間違いない。問題は、なんだこの男は。夢にしては偉くはっきりとしている。身体の感覚だってあるし、意識もちゃんとしている。何より、これを夢であると認識できている。そして、この男が、なにかよからぬ存在であることを、俺は直感していた。
というか、見ればわかる通り、俺は男だ。確かに向こう数年は、邪魔になる前髪以外は切っていないせいでボブカットのような髪型にはなっているが、それでも男だ。夢の中とはいえ、なんだ、失礼な奴だ。
ひとまず、自分が男であることを伝えると、目の前のスーツの男、年は同じくらいだろう。その男は頭を抱えた。
「だよねぇ、あー、どうしよ……」
「……なんだよ、人の夢の中で、落ち込むなよ」
陰気な俺らしい夢といえば、そうだが。
それからしばらく、男は何かを考える様にして、あれこれぶつぶつと呟いていたが、ふと顔を上げると、俺に詰め寄ってきた。
夢の中だというのに不思議だ。よく熟れたリンゴのような、甘ったるい匂いが嗅覚を刺激する。それに、男が相手だというのに、なぜだか胸がざわざわと、どきどきとするような……、すっと伸びた鼻、薄い唇、透き通るような肌。目と目が合うと、その男が碧眼であることに気付く。顔立ちは、丁度世間一般がイメージするような、ハーフというような……いや待て気持ち悪すぎる。
頭では、冷静にそう考えるのだが、しかし目の前の男が、今、俺にはどうしようもなく魅力的に映っている。なぜだかは分からないが、悪魔的な魅力を兼ね備えていて……。いや、もっと嚙み砕いて、非常に分かりやすく説明しよう。
その男はとてつもなくエロかった。付け加えて言おう。俺はそのまま、男の色気に当てられて、体の力が抜け、地面に座り込んでしまった。
その様子を見て、男は初めて慌てた様な顔になる。そして、少し距離を取って、その場にしゃがみ込んだ。
「ごめんごめん、そんなつもりじゃなかったんだよ。まさかぼくも、『魅了』が人間の男にまで作用するなんて、思わなくて」
何を言っているのかわからない。だが、一つ分かるのは、その男が距離を取って少し経つと、先ほどまでのようなエロさ、もとい、官能的な魅力は、瞬く間に消え失せていた。
「いやー、やっぱ、ぼくも一応インキュバスだからさ、女の子相手なら、夢の中に出るだけで一撃なんだけど、君、ぼくのことを見ても普通だったでしょ? だから、いけるかなーって思ったんだ、け、ど……」
やっぱ近づくとダメみたいだね、ごめんごめん、ちょっと魔力を抑えめにしておくね。と、男はまた、何か訳のわからないことを言い出した。
俺はさっきまでのあの感覚に、動揺を隠せないまま、男を問い正す。
「おい、さっきからなんの話だよ。インキュバス? お前が? おいおい、いくら俺の夢の中だって言っても、めちゃくちゃにもほどがあるだろ」
大体、俺は男なんだから、それならせめてサキュバスをよこせ。
最後の方は、心の中で叫んだ。の、だが、なぜか悪魔は再び、腹の立つようなにやけ顔を浮かべた。
「君、思春期かよ」
「心の中を読むな!」
おかしい。こういう、それが夢であると自覚している夢、明晰夢は、本人の思い通りに事が進められると、前にネットで見たことがあったが、なんだかさっきから、この男はまるで俺の夢の産物じゃないような、まるで、俺の夢に現れたインキュバスのような……。
心の声を読むなといった傍から、男はまた読んだのだろう。
「お、話が早くて助かるよ」
そう言って、立ち上がる。それから仰々しく、両手を広げた。
「はじめまして、ぼくはインキュバスだ。……って言っても信じてもらえないだろうから……」
言うや否や、男のスーツが、まるで炎天下に晒されたアイスクリームのように、どろどろと溶ける様にして消えていく。その下から現れたのは、黒い炎が燃え盛る様な意匠の入れ墨のような模様。それが筋肉質な裸体の、上半身を露わにしながら、下半身へいくにつれて、だんだんと濃くなっている。
なんというか、まあ、本人が自称するような、THE・インキュバスって感じ。といえば伝わるだろうか。
そして軽薄そうな笑みは、いつしか邪悪な笑みを口元に湛え、鋭く吊った目元は、白目が黒く、染まっていた。
一言で表すなら、絶対に悪そうな悪魔。いや、悪魔の時点で良いも悪いもないのだが。まあとにかく、邪悪な雰囲気だった。そんな男、もとい悪魔が、今度は恐怖で座り込んでしまった俺の元へ悠然と近づき、そして――
「ぼくと契約して、女の子になってよ」
どこかで聞いたようなセリフを吐いた。
それからの話を要約すると、こうだ。
悪魔、インキュバスはどうやら、悪魔界のノルマにより、適当な女を魅了しなければいけないと焦っていたため、俺の夢に焦って這入った。だが、俺の髪の毛くらいしか見ていなかったため、俺を女だと勘違いしていた。
だったら、素直に出ていけばいいと、俺は話を聞きながらそう思ったのだが、どうやらそうもいかないらしい。どうも、悪魔は誰の夢にいつ入ったか、そういう記録が残るようで、間違えて男の夢に入っただなんてことがあったら、インキュバスとしては面汚しだそうだ。そして、悪魔の世界で、汚名はイコールで、尊厳に関わる。保険会社と同じくらい信用が大切なんだな。大変そう。
人の信仰を受け、力を増すのが天使、そして神ならば、悪魔や邪神は、人に忌み嫌われ、恐れられることこそが本望。それが人違いなんていうドジを踏んだとあれば、襲るるに足らない存在として認知されてしまう。そうなるくらいなら、ドジを踏んだ悪魔、そして何故か、被害を受けた俺までもが殺されてしまうらしい。
いや理不尽過ぎんだろ。
俺は、少なくとも俺まで殺されることに対してそう思ったし、実際、悪魔に詰め寄った。そこで、先ほどの話だそうだ。
どうやら、彼は一端の悪魔ではなく、それなりに重要な位置に存在する、高位の悪魔らしい。そんな高位の存在、人間でいうところの課長や部長に値するところの悪魔がそんなドジを踏むなと言いたいところだが、ともかく、彼はそれなりの魔力を持っているらしく、それを使えば『現実改変』なるものを出来るらしい。
神の御業ならぬ、悪魔の御業、だろうか。
要は、現実をそっくりそのまま、人々の記憶や存在ごと、書き換えてしまう力のことで、一部の人間、今回で言うと俺や彼にしか、記憶は残らないとのこと。そんな強大な魔術を使い、彼は俺を女にすることで、自分のミスをなかったことにすると言い出したのだ。
ふざけんな、上司に頭下げてこい馬鹿野郎。と、俺も言おうとした。だが、俺だって命は惜しい。これが、こいつ一人怒られたり、消されたりするくらいなら知ったことかと一蹴していただろうが、聴いた話によると、俺まで消されるらしいじゃないか。勘弁してくれ。勿論、引きこもりの俺にやり残したことなんて、せいぜいが、マインクラフトとか、五人姉妹と家庭教師の繰り広げるラブコメアニメの視聴くらいのものだが、だからといって、今すぐ他人の、ましてや悪魔のしょうもないミスのために、みすみす殺されてたまるか。……欲をいうと、かわいい女の子に生まれ変わって人生無双してみたいなとも、思ったことはあるし……可愛くしてくれるなら、女になってでも、生きてやる! そう啖呵を切った。
そこで、悪魔が邪悪な笑みを浮かべたのを、俺はその時、見過ごすべきではなかった。
だが、そこで俺の夢の中での意識は、ぷっつりと途絶えてしまう。
そして、今に至るわけだ。
今。つまり、朝ベッドの上で目を開けたこの瞬間に至るわけだが。
明らかに身体の調子がおかしい。どう考えても、胸が苦しい。というか重い。なのに体は、自堕落な生活の産物ともいうべき、あのだらけ切った脂肪まみれの身体からは想像もつかないくらい、軽くなっているのが寝転んでいるだけで分かる。
恐る恐る……いや、本当はうきうきどきどきしながら布団を蹴飛ばし……母が残していった姿見の前に立って目を開けた時、俺は仰天した。
現実は小説より奇なり。
俺は、目も眩むような美少女に生まれ変わっていた。
「……同人誌かよ」
口を突いて出た言葉も、喉に蓄えられた脂肪を反響して発せられるような、いわゆるデブボイスではない。なんというか、一言で表すと、めっちゃかわいい女の子の声だった。
咄嗟に俺は周りを見渡す。だが周りには、そんなかわいい声の持ち主なんていない。もともとこの家は俺と親父の二人暮らしだ。だから、つまりこの声は俺から出たことになるのだが、しばらくは信じられなかった。
多分、そこから20分くらいだろうか。ずっと、使い道のないと思っていた姿見の前で、自分の変わってしまった体を矯めつ眇めつ眺めていた。……いや。
正直に言おう。全裸にもなってみた。そして、すね毛や腕毛などの、ムダ毛まで含めて存在していない、完璧な美少女に生まれ変わっている自分の姿を見て、俺は思わず、裸でガッツポーズをしたし、勿論、自分の身体だからと、胸やら腕やら太ももやら、いろんなところを触ってみたりもした。だが、あえて割愛しよう。
とにかく。
俺はどうやら、本当に悪魔によって、美少女に変えられてしまったらしい。が、喜ぶのはまだ早かった。
意識が途絶えるその寸前、悪魔によって、恐らくはテレパシーのような何かだろうか。そういう訳の分からない力によって、俺はあることを教えられていた。
ひとつ、現実改変をしたからといって、女らしい体験をしなければ、直に効力は薄まり、やがて男に戻ってしまう。
ふたつ、男であることが発覚してしまったときは、それこそ一貫の終わり。その時こそ、ぼくたちは大罪を犯したとして、処刑される。
みっつ、これは双方の同意によってなされる『悪魔の奇跡』であり、契約である。その内容は、女として現実を描き替える代わりに、女として生き続けなければいけない。
これが、あの悪魔、にやにやと笑う軽薄そうな男から教えられたことである。
まあ、なんの対価も無しに、こんな美少女に生まれ変わらせてくれるだなんて、そんな同人誌みたいな展開を望んでいたわけではないし、それこそ悪魔らしく、満月の夜にネズミの死骸を供物として捧げろとか、そんな無茶を言われないだけ、俺は恵まれているのかもしれない。だが、一つだけ文句を言わせてほしい。
「いや、引きこもりの俺に女らしい体験とか……無理だろ」
「何言ってんのさ、学校に行けばいーじゃん」
俺の独り言に答えるように、後ろから肩を叩かれた。
俺は咄嗟にその場から飛び退き――なんて運動神経のいいことも出来ず、その場に倒れこむようにして、情けなく尻餅を着く。
そう。勿論、全裸で。そして見上げた先には、あの悪魔が立っていた。
「お、おま、おおおお前、夢の中じゃないのに!」
「いや、別にぼく、夢の中以外にも出れるって」
説明は面倒だからしないよ。そう言いたそうな顔で、悪魔は手を振る。後で聞いた話によると、どうやら現実世界でも、その強大な魔力を使って、出現することはできるそうだ。最も、せいぜいが周りの人間に認識されない能力と、あとは俺とのテレパシー能力くらいに限定されるそうだが。そのためだろうか。夢の中で接近した時と違い、今は悪魔に対して、なんの官能的な魅力、エロさも感じない。