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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

不徳の枯木

作者: 役田 叶

 私の名は『不徳の枯木』だ。自分で付けた名では無い。両親が付けた名でも無い。村の人々がそう呼ぶのだ──。

 私はいつからかこの地に大きな根を張り、全く動けなくなっていた。『木が動けなくなる』という表現がおかしいことは百も承知だが、このように思考を働かせている時点で、植物以外の何者かである可能性が高いと推測しているのだ。その証拠として、周りの木々や林と会話することができない。彼らの声は全く聞こえないのだ。言葉とは言い難いざあざあという雑音が、私の休息を邪魔するくらいのものだ。冬になれば寒さを感じるし、夏の気怠い暑さだって感じる。小便をかける子供や身体を傷つける輩にいくら叱責しても私の声は全く届かないのだ。これだけの巨体を携えていても、私は完全に不自由で窮屈なのだ。

 話は冒頭に戻るが、『不徳の枯木』と呼ばれているのには理由がある。枯木とはその名の通り枯れ果ててしまった木のことを言うが、私がまさしくそれなのだ。夏になり、若々しい緑色の葉をつけることもなければ、秋の色鮮やかな紅葉を纏うこともない。年中丸裸の枝は滑稽で、哀れむ人間だっている。冬になれば周りに同調して目立たなくなるが、それも一瞬のことで、暖かくなり元気な新芽を出す周囲の木々を見ると、こんな惨めな私を殺して欲しいとも考える。『人間の不徳の心を具現化したような存在』と、誰かが揶揄したのだろう。そこから私の名はそのように呼ばれるようになったのだ。


「不徳の枯木さんよお。話をしよう」


 いつものように冷やかしの客がやってきた。今日はどうや農民の男が一人やってきたようだ。彼は私の胴体に三度手を触れると表面の皮を爪で引っ掻いた。


「痛い、気が狂っているのか!」


 思わず叫んだが、男には聞こえていないだろう。このような悪戯は日常茶飯事で正直反応すること自体億劫になる。男は不気味な笑みを浮かべると私の顔を覗き込んだ。


「気は狂っておらん。ワシはお前の気持ちがようわかる」


 私は思わずギョッとした。この私に心臓があれば確実に先程よりも早く拍動しているだろう。そしてその農民となぜ会話ができたのか不思議でならなかったので、試しに話しかけてみた。


「お前は私の言葉がわかるのか?」

「ああ、わかるとも。痛いほどわかるよ枯木」


 彼は奇怪な笑みを浮かべると自分の両手を口元に持っていった。よく見れば両手には血がべっとりと付いており、先程までの仕草は私に血を擦りつけていたのだと気が付いた。


「その手は何だ。お前かなり不気味だぞ」

「あなたがいうかね。枯木よ。言葉を発する木の方がよっぽど不気味だけどね……。お前とワシは似たもの同士だ。現にこうやって会話が成立している。外見が違っていても中身が同じならば引き寄せられる運命にあるのさ。お前は一人で寂しいのだろう? 仲間が欲しかったのだろう? この世の中の事象を善と悪の二択で判断したとき、ワシらはどちらに振り分けられると思う?」


 農民の言葉の意図が全く掴めないまま私は首を傾げた。そう、首を傾げたのだ。気が付けば人の姿になった自分がいる。鏡で姿を確認したわけでは無いが、確実に人の姿をして首を傾げた自覚があった。


「思い出したか。茂吉」


 その瞬間私が何者か理解した。──私は元々人間だったのだ。名前は『茂吉』これは両親が付けた名前だ。母親は私に真っ直ぐ素直に草木が生茂る様に育って欲しいという願いを込めて、この名前を付けたのだ。暫しの回想を頭の中で駆け巡った後、私が『不徳の枯木』になるキッカケを見つけた。


『人殺し』


 愛する妻と子を殺害したのだ。酒に溺れた私は愛する家族にさえ暴力を振るっていたのだ。哀れな男だ。泥酔していた私に定かな記憶は無かったが、気がつくと二人は息をしていなかった。取り返しの付かないことをしてしまった私は裸足でこの地まで走ってきたのだ。深夜三時頃、明かりも何もないただひたすら真っ暗で息の詰まる暗闇の中、身も心も徐々に硬直して全く身動きが取れなくなっていったのだ──。





「ねえ、これが有名な不徳の枯木と破戒の枯木?」


 少年は健気に指を指したが、母親は怪訝そうな顔で少年の手を引きその場から離れた。この二本の枯木がいつから存在するのかは定かでは無いが、村の民は皆不気味がって近づくことさえしないのだ。

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