虎と狼のお話
「~~~♪~~♪」
昼日が差し込むベランダに、軽やかな歌が暖かい春風とともに通り抜ける。足を揺らしながら座る彼女はどこを見つめるとなく歌い続ける。栗色を帯びた髪は腰まで伸び、日差しにあてられ金色に染まる様はまるで彼の歌姫を連想させる。
「……だれ?」
ふと外からの視線を感じ問いかける彼女、澄んだ歌声とは違い威圧感のある芯の強い声。そんな声にあてられた人物はベランダを囲う茂みから慌てて飛び出る。
「あ、あの、ごめんなさい!あんまりにもきれいな声だったからつい……。」
見た目歳の変わらなそうな少女は怯えながら答える。その髪は、日の光を惹き付けるような黒色をしておりそれに合わせるかのような瞳の色をしていた。
つい見入ってしまい、少女の訝しげな顔に慌てて目をそらしてから本題に入る。
「あなたお名前は?それにそのしょっているものは何?」
少女はその背に余るほどの黒いひょうたん型の荷物を背負っていたのだが、先程まで容姿にばかり目がいってしまいなかなか周りの状況を観察できていなかった。
「わ、私は〝しいな〟っていうの!この子は〝ゴンザレス〟!」
「え?」
それが少女、舘宮冴と彼女、峯島詩奈の出会いである。
気温も暖かくなり、桜の舞う季節。吹き抜けるような歌声とともに、もの寂し気な弦音が重なる。ベランダには栗色の髪をなびかせながら歌う彼女が一人、ベランダに座り込む。
「さえー、もう学校でしょう?早くいってらっしゃい。」
「もうそんな時間なのね……、行ってきます母様。」
母様と呼ばれた女性は見た目若々しく長い髪を鮮やかな金色に染めており、動くたびにキラキラと輝いている。
彼女は慌てるしぐさも見せず淡々と支度を済ませる。ラフな格好には未だ垢抜けない幼さが残るが、背中にはしっかりと馴染んだギグバッグを背負い、家を後にする。
「あの子がいないとやっぱり駄目ねぇ」
つぶやいた独り言は誰に届くわけでもなく春一番の強い風にからめとられる。
遡ること一年
日が伸び始め、甘い香りが風に乗ってあたりを包み込むなか、風のような歌声と掛け合うような弦音が暖かなベランダを包む。
「詩奈、勝手にテンポを上げないで。もっと流れに従い且つ情熱的に、っていつも……。」
「冴ちゃんだって急にアレンジ入れないで譜面通り弾いてよ~合わせるの難しいんだからぁ~!」
真っ赤なボディのレスポールを弾きながら歌う栗色の髪の彼女は、あきれた声を漏らしながらもどこか優し気に微笑む。また、黄色いボディのストラトタイプを弾いている黒髪の少女は可愛らしく頬を膨らませて抗議しているが、どうも可愛らしく見えてしまう。そんな少女が急に慌てふためく。
「あ!冴ちゃんもう学校行かなきゃ!今日から同じ高校に行けるんだよねぇへへへ」
「あら、もうそんな時間なのね。そうだわ詩奈、あなたにこれを贈るわ。」
彼女は新しい制服を見せつけるようにくるりと回ると、にへらと笑う。そんな少女に、彼女は手のひらのサイズの可愛くラッピングされた小袋を手渡した。
「えぇ!ありがとう!開けてもいい?」
少女は今にも飛び跳ねるのではという勢いで喜んでいる。彼女は断ることなく手で促すと、それを確認した少女は封を開け中身を確認する。そこには黄色をベースにシルバーの狼が刻まれているギタークランプキーだった。
「私のと色違いよ。入学おめでとう詩奈。」
そういって彼女は赤色に金の虎が刻まれたクランプキーを取り出す。唯一同じところがあるとすればメジャーな楽器メーカーのロゴがあることだけだった。それを見た少女は涙を流しながらも微笑んでいた。それは春の陽気よりも温かいのにどこか寂し気を隠しきれていない。
「どうしたの詩奈?」
「すごく、とっても嬉しいのに、やっと追いついたと思ったらまた一年間しか一緒にいられないなんてって思ったら……。」
少女は絶対に埋められない距離に、いつも悩まされていた。それはどんなに憂いても、嘆いても縮まることはない。そんな少女に「けれど」と彼女は言う。
「そうね。そればっかりはどうしようもないわ。生まれた歳の違いは変えようのない絶対の事実。」
彼女は淡々と言葉を連ね、隠しようのない明らかな事実を述べる。彼女が生まれ二年経って少女が生まれた、その因果は変えられない。その言葉に少女はうつむくことしかできない。そんな少女に「しかし」と彼女はいいながら、少女の顔を両手で挟み自分へと向けた。
「その程度の事で私と詩奈の関係が変わるのかしら?私と詩奈の関係はそんなものなのかしら?」
彼女はまっすぐ瞳を見つめ、まっすぐな声で問いかける。真剣な彼女に少女は首を振ろうとするが押さえつけられてうまく動かない。
「詩奈、言葉にしなさい。大事なことはしっかりと伝えなさい。」
彼女は要求に少女は「かなわないなぁ」と声を漏らす。
「私と冴ちゃんの関係が変わるとは思ってないし、変わってほしくないと思ってる。それが私の思い。」
その回答に満足したのか彼女は手を放し、背を向けると一言告げる。
「〝あなたが思う時 私もまた思うだろう 忘れないで 言葉を奏でる音を〟」
彼女は歌うように紡いだ。それは少女に向けた言葉であり、涙を浮かべた自分に刻んだ歌でもあった。不安だったのは自分だけではなかったという安心から生まれた音。その音を聴いた少女は面食らった表情で固まっている。
「何をしているの?遅刻してしまうわよ。」
そういいながら彼女は玄関へと向かい、それを見計らったように女性が近寄ってきた。
「あれはきっとあの子なりの愛情表現、とでもいうのかしら。少しきつい言い方だけれどわかってあげてね、って言わなくても、もうわかるか。ほら!あなたも行ってらっしゃい!入学おめでとう!詩奈ちゃん!」
「ほんとかなわないなぁ……ありがとうございます!行ってきます!」
少女はつぶやくが、そこにはどこかすっきりしたような笑顔があった。そして少女は追いかけると、玄関で待っている彼女に言った。
「〝あなたが歩むのなら 私も歩むだろう 道は一つなのだから 迷う事はやめよう〟」
少女のまっすぐな思いが込められた音が彼女にはくすぐったくも心地よかった。
そして彼女らは学校へと向かい歩き出した。その背中を見送る女性は呆れたようなしかしほっとしたような顔でつぶやく。
「青春だねぇ~。さ、あたしもひと仕事するかね!」
そしてこの後に起こる事などまだ誰も知らない。
To Be Continued