恋の矢 (side:アモル)
初投稿です。
誤字脱字、ジャンル違い等ありましたらご指摘頂けるとありがたいです。
ー それはきまぐれに、母上のいつもの癇癪に付き合っただけの、
幾つもある暇つぶしの1つの筈だった ー
「ね〜ぇ、私の可愛いアモルちゃん!」
さっきまで不機嫌を隠そうともせず、苛々(なんて可愛いものではない邪悪な何か)を撒き散らしていた鬼神……もとい美の女神が、あからさまな猫なで声で話しかけてきた。
悪巧みを思いついたと言わんばかりの満面の笑みで。
「……面倒ごとな予感しかないんですが。今度はどんな悪戯を"誰に"思いついたんですか?」
心の中で盛大なため息を吐きつつ、とりあえず耳を傾ける。
この状態の母上は、誰にも止められないと心得ているからだ。
「さすがは、アモルちゃん。話が早いわっ
その矢で、ちょっとした恋の悪戯を仕掛けてくれるだけでいいのょぉ。」
ちょっとした恋の悪戯、、、ねぇ。
嬉々として話し出すその表情は、まごうことなき美の女神のソレではあるが内容は悪戯なんてレベルを遥かに凌ぐエゲツなさだ。
母上、といっても別に彼女がお腹をいためて僕を産んだわけじゃない。
美と愛の女神と恋の神という司る役割のせいか、いつしかそういう事になっている。
(神々の世界はそういうところご都合主義で適当なんだよね。)
だから母性に訴えかけて断るなんて通用するはずもなく。そもそも、これはお願いではなく決定事項なのだ。
「まぁいいでしょう。今ちょうど暇なので、お遊びに付き合いますよ。
しかし、いくら評判とはいえ所詮、母上の相手になり得るはずもないと思うですが」
「そういう問題じゃないのよ。
まぁでも疑問に思うなら、その目で確かめて存分に自慢の矢の効果を味合わせておやりなさいな。」
そう返ってきた言葉に、軽く肩をすくめてみせて これ以上の長居は無用とその場を後にした。
*********
天界一の美貌でその名を轟かす美の代名詞、
美の女神アプロディーテを母とし
僕自身は、とろける様な蜂蜜色の巻毛と長い睫毛に縁取られた垂れ目がちのヘーゼル色の瞳。
そこから注ぐ儚げな笑顔と眼差しに魅了されない者は居なかった。
あまたの美女と浮名を流した。
それに飽き足らず、悪戯に恋と鉛の矢を放っては様々な恋人たちを翻弄した。
だけど、それだけ。
永遠の時を生きる僕らにとって、恋なんて少しのスパイス。所詮暇つぶし娯楽の一つに過ぎない。
……そう思っていたのに。
迂闊だった。
生まれてこの方、その言葉通りの"この世のものではない"神々の美しさに慣れきっている僕が息をするのも忘れて見惚れるなんて、そんな事あるわけないと鷹を括っていたせいだ。
「……驚いたな。これほどまでとは、な。」
なるほど、あの母上が、たかだか人間如きを相手にあそこまで嫉妬に怒り狂う訳だ。その違和感にもう少し警戒するべきだったのだ。
目に映った光景に駆け巡った感嘆に、自嘲めいた反省も虚しく、一瞬の。だがその大き過ぎる動揺に手が滑り……
事もあろうに刺してしまったのだ。
自分の足 に。
誰よりもその効果を知り尽くしている、己の効きすぎる 恋の矢 を。
*********
その瞬間、まるでゼウス様の雷霆に打たれたが如くの衝撃に一瞬我を失いそうになり、僅かに残った理性を総動員して逃げる様にしてその場を去った。
無意識のうち何の思慮もないままに、乱暴に手を伸ばしてしまうことのない様に。
その気配を完全に感じ取れなくなる距離のもっと更に離れた場所まで行きやっと息を吐き出せた僕は、すぐさま策略に長けた思考回路をいつもと違う方向にフル回転させた。
気づかれてはならない、悟られてはならない。すばやく、しかし最新の注意を払って。
美しいものに目がなく、不可能を可能にしてみせようと慈愛溢れた笑みを浮かべ近付き
欲しいものは確実に手に入れる。それなのに直ぐに飽きてまた次のおもちゃを探し出す。
……そんな強欲な神々(奴ら)に先を越されてはならないのだ。
多少の強引さは仕方ない、しかしあの尊いまでの眩い輝きを陰らす事は極力避けなければならない。
確実性を重視して、少しばかり貸しのある友人達の手を借りることにした。
まず一人目。
いつもの場所で捕まえた、彼にことの経緯を話す。
理性的で聡明な彼には、最初からある程度正直に説明しておく方が話が早いだろう。
「ーーと、言う訳なんだが協力してくれるかな?」
その輝く金色の瞳を瞬かせて、いささか呆気に取られた様に僕の話を聞いていたアポロンは
「……まさか、あのアモル様が、なぁ。
しかし君の自慢の矢が、"恋の神"である君自身にも効果絶大と。ねえ。」
含みのある物言いでなんとも言えない生温い目を向けられたが、僕は曖昧な笑みを返すだけに留めた。
「まぁいいさ。天界広しといえど、こんな珍しい事はそうそうお目にかかれないから。
神託を授けるくらい、任せておいて。」
そう事もなげに続けたアポロンは、その眩しすぎる美しい顔を愉快そう緩め、引き受けてくれた。
その"神託"ってのが、人間にどれ程の影響力を齎らすか、彼ならば理解してないはずはなかろうに。
胸の奥に僅かな痛みを覚えつつ、
神である事には違いない僕の言葉は、下心の有無にかかわらず"神託"なのだ。
うん。嘘は、ついていない。
そう誰に問われてもないのに言い訳し、次の目的に向った。
後日、約束通りアポロンが授けてくれた神託にそって頼んでおいた西風ゼピュロスに、とっておきの秘密の邸宅に運ばせた。
アネモイの中で最も温和なゼピュロスなら、怖がらせずに傷一つ付ける事なく送り届ける事が出来るだろうという人選ならぬ神選からだ。
が、
「…………。」
そんなに密着して抱きかかえなくてもお前なら難なく運べただろうに。
ゼピュロスが無事送り届けてくれたのを安堵しつつ、その方法については彼の妻である春の女神フローラに報告しておこうとアモルは心にメモをした。
大人げない?
そんなこと言うイケナイ子猫ちゃんが、仮にでも居るならとっておきの鉛の矢で悪戯を仕掛けると言って黙らせるあげるよ。
ーーそして漸く遂に、手に入れた。
「あぁ……我、最愛の人間よ 」