1話 魔王の呪い
「『業魔の火』!」
「『聖覇斬』!」
竜魔の仮面から火が噴き放たれる。
それは水では決して消えない、罪そのものを燃料として燃え上がる闇と火の混合魔法。
俺自身に罪悪はなくとも、魔法の使い手の存在が罪そのものといっていい。
使い手――魔王ゾルアースのこれまで犯してきた罪が火炎の勢いをどこまでも強める。
飛び散る火の粉一つ一つが生物にとって命を蝕む危険を孕む。
俺の仲間たちが触れたら即死。俺だって体力のほとんどを失う。
だが、俺は臆さず前に進み、その全てを切り裂いた。
「なにぃ!? 我が闇がぁぁ」
「光は全てを照らし出す。闇でいくら覆いつくそうとも、火で燃え尽くそうとも! 俺はその全てを聖なる光で守ってみせる!」
俺の手に握られる聖剣は悪を斬り善を強くする。
怯んだ魔王を逃がすことはなく、聖剣は捉える。
「聖なる火を見せてやる。『火火聖讃撃』」
魔王の周囲には暖かな光がいくつも浮き上がる。
俺や仲間の力を高め、魔王の力を弱体化させていく。
「ぐおおおおおぉ」
魔王は悲鳴を上げ暴れ、聖火を消そうとしているが、火そのものに物理攻撃は効かない。
「ならば……『六魔の宝玉』」
光以外の属性……火、水、風、地、雷、闇の球体が浮き上がり、聖火を消し、尚も暗く輝く。
それらは俺たちを襲おうと向かう。
流石は魔の王。
人間では一つの属性の魔法を習得することすら魔法使いと呼ばれる者たちがほとんど。
二つ……あるいは三つ使える者など希代の天才と謳われた賢者クラスだ。
だが、
「『アクアガード』『ホーリーガード』
「『ファイアガード』『ウィングガード』『アースガード』『ライトニングガード』」
仲間の聖女と魔法使いの少女二人の魔法による壁が出現し魔王操る球体と打ち消しあう。
更に聖女は俺たちにサポート魔法をかけてくれ、俺の力が強くなっていく。
「今だ!」
「『ピアースショット』
「『ゴールデンハンマー』」
弓使いの放つ矢が魔王の四肢を繋ぎ止め、槌使いの槌が魔王をのけぞらせる。
「『断罪之剣』
ふらふらとよろめく魔王に俺は全ての力を込めて聖剣を振り下ろした。
ピシリ、と魔王の仮面に亀裂が走る。
あれこそが魔王の核であり弱点であり力そのもの。
それが壊れるということは魔王が倒れるということに他ならない。
「だが……貴様だけは許さん! 『三ツ首蛇ノ呪跡』」
魔王が倒れ際に放った魔法……いや、魔法とは呼び難い呪いが俺の全身を蝕む。
「ぐ……うっ」
「勇者様!?」
聖女が俺の下へと駆け付ける。
回避することは出来ない。
解呪も出来ない。いくら聖女であろうとも魔王が己の命と引き換えにするような呪いは解けないだろう。
……よし。
俺は心の中で覚悟を決める。
ここまでの流れは良い。
五回目ではあるが、いずれも魔王の仮面を破壊するところまではたどり着けている。
「蛇のどの首が貴様に喰らいついたか……」
苦し気な声を出しながら魔王は俺を睨む。
三ツ首蛇の呪いは3種ある……らしい。
1つは、生命への呪い。これまでの闘いや装備によって上げられた勇者の膨大な体力が小石1つ投げられたら死ぬほどに弱体化する。効力は5分。
1つは、力への呪い。ステータスに記された体力以外の項目全てが弱体化する。効力は1時間。
魔王はこのまま死ぬ。
だから、いくら呪いをかけられようとも、少なくとも1時間は戦わなければいいだけのこと。だが、魔王を倒すだけではこの最終決戦は終わらない。
「後は……頼んだぞ」
そう言って魔王が倒れた瞬間、奴の体を食い破って小さな鳥のようなものが俺目掛けて飛空する。
魔王の呪いに蝕まれていた俺は反応が一瞬だけ遅れ、その飛来物に衝突してしまう。
……まだ生きている。
少なくとも、生命への呪いではなかったようだ。
一回目と四回目の魔王戦はこれで死んでしまった。
だが、力への呪いが掛けられていれば、この飛来物との戦闘がまともに行えない。
「グゲゲ。終わりだ。もう終わりだ」
魔王の面影を残した顔の鳥は笑う。
奴こそは魔王を倒した後に現れる裏の魔王。
強さこそ先の魔王には及ばないが、呪いをかけられた状態ではこちらの裏魔王との戦いこそ苦戦を強いられる。
「呪いだ。どうやら呪いをかけられたようだ。グゲゲ。お前は誰とも話せない。言語の呪いだ」
言語の呪い……どうやらこれが三ツ首蛇の最後の呪いのようだ。
手足は動く。
力も問題は無いようだ。
仲間に何か変わったところも無さそうだ。
「あーうー」
だが……会話が出来なくなった。
まるで赤子のように、俺の口から出る言葉は意味を成さない。
これが言語の呪いか。
「三日は貴様は自分の意思では話せない。勇者は仲間とのコンビネーションが売りであったか。だが、それももう不可能。ここで朽ち果てろ!」
裏魔王が闇を纏いながら高く舞い上がる。
「……ああう!」
……駄目だ。
スキルも出せなくなっている。
スキル名を唱えることで放つ魔法やスキルを使えなくなってしまっているのか。
なるほど。
ただ話せなくなるだけとは魔王の呪いにしては弱いと思っていたが、スキルを封じるとは。
だが、たとえ会話は出来なくとも、俺たちのこれまでの闘いで培ってきたコンビネーションは崩れない。
「『ホーリーブレッシング』」
俺の聖剣が聖女の光魔法を受けて輝きを増す。
「『ストーム』」
魔法使いによる風魔法で裏魔王の動きが鈍る。
「『サウザンドアロー』」
「『ボルケーノ』」
弓使いの矢が裏魔王翼を掠める。
槌使いが地面を揺らすと、割れた箇所から火が噴き、魔王を焼く。
スキルが使えずとも、
仲間を話せずとも、
俺と俺の仲間はこれだけ強いんだ。
魔王にも、裏魔王にも負けはしない。
「っ――」
裏魔王を聖剣で一刀両断する。
顔から体躯にかけて左右を真っ二つにされ、裏魔王は消滅していった。
……ここまでの展開は俺にも初めてのことだ。
故に、ここから先はどうなるか分からない。
真魔王や魔王第二形態とか出てきても不思議ではない。
「……」
周囲を用心深く警戒するも、それ以上何かが起きる様子はなく、
「終わった……」
仲間の誰かが呟いたその言葉でようやく俺たちは長らく続いた人間と魔族との戦いの終止符を打つことが出来たのだと実感した。
「勇者よ、礼を言う。ようやく我々人類は魔王から解放された」
王座に座る精悍な顔をした男が頭を下げる。
この世界の王の行動に周囲はざわつき、俺も慌てて同様に、いや王以上に深く頭を下げた。
「もう2年も前になるか……勇者を含め、お主達を異世界から召喚した時は、実は不安だったのだ。このような若輩者に世界が救えるのかな、と」
王は茶目っ気のある笑顔を見せる。
聖女や魔法使いはそれを見て笑う。
思っていたよりも親しみやすい王のようだ。
これまで2年間、定期報告を兼ねて会うことはあったが、自分の父親よりも怖い人物だと思っていたが新たな発見だ。
「だが、お主たちは見ごと魔王を倒してくれた。世界を救ってみせたのだ。褒美はいかようにも取らせよう。……元の世界へ戻すことのできない我にできるせめてもの償いだ」
「……ああ」
「これ、無礼だぞ!」
大臣が俺を窘める。
「よい」
王が手でそれを遮る。
……違うんだ。
まだ呪いが俺を蝕んでいるんだ。
今も、『はい』と答えようとしたら『ああ』と変換されてしまった。
意味合いとしては同じだが、どうやら俺はあいうえおのどれかしか話せなくなっているらしい。
裏魔王が言うには三日……あと一日は会話が出来ない。
魔王を倒した後遺症としては短くも面倒な呪いだ。
「……まあ、褒美の話はいつでもできる。あとでいくらでも言うがいい。あまり表沙汰にできない色恋関係は内密でも可じゃぞ?」
「王よ。その時は私も何卒」
王の言葉に大臣が乗っかる。
みんな、浮かれているようだ。
そりゃ、魔王を倒したから当たり前か。
今日から世界は一変する。
もう魔王に怯える日々とはおさらばだ。
「して、お主達の名前を聞こうか。長らく尋ねられなくてすまなかった」
「こうして魔王を倒してくれたことでようやく機会が訪れましたな」
実は、俺たちの名前は魔王の力で封印されていた。
言語の呪いではないが、コミュニケーションを図りづらくする目的と、同時に真名が無いことで俺たちの力は弱くなっていたようだ。
名は力に宿る。
強き者には強き名が。
どうやら魔王はそのような考えを持っていたらしい。
……という設定がこの異世界を旅する中であることに気が付いた。
設定と、俺は勝手に思っている。
魔王を倒す途中で魔王に殺されれば、魔王に挑む前までに意識が戻る。
ステータスは全て自分の意思で見ることが出来る。
この世界の人間は無条件で俺たちに優しくしてくれる。
俺たちが動くまで事件は不自然に動かない。
まるでゲームの中の世界のようにこの世界は回っている。
それは俺含め、他の世界から召喚された仲間たちも感じ取っていたようだ。
ステータスの中で唯一空欄である名前。
それが魔王を倒すことでようやく埋められるようだ。
「では告げよ! この時を以て、後世にお主達の名を残す記録を取る。これは世界そのものに刻まれる名前だ」
まずは聖女がその名を告げる。
「セシア・ソラトリーア」
俺ですら知らなかった仲間たちの名前が今、ようやく解明される。
次に弓使い。
「クロッチェ・エルドラルです」
槌使いが叫ぶ。
「ドン・ガノストロフである」
魔法使いが自身なさげに呟く。
「ニシイズミ……マキ」
その名前、やはり同郷だったか。
やけに話が合うと思っていた。
「最後に勇者。魔王を倒したお主の名前を教えてほしい」
俺は真っすぐに王の顔を見る。
この二年間、決して忘れることはなかった。
誰かに呼ばれることも、自分で使うこともない。
ただ、勇者と呼ばれる日々であっても、忘れまいと心の中で幾度も呼び続けた名前。
「あああああ!」
「……へ?」
……俺、言語の呪いかけられていたんだったわ。
今のは間違いであると、俺は必死に首を振る。
「……緊張して噛んでしまったのかな? 大丈夫、もう一度だけ名を刻むチャンスはある。さあ、次は間違えるでないぞ。勇者よ、お主はなんという?」
今は出来ない。俺は呪いを――
「ああああ・あああああ」
「……今のは噛んでないよな?」
王が訝し気に大臣を見る。
「え、ええ。恐らくは」
ち、違う!
見てくれ、首を横に振っているだろ!
景色は激しく上下する。
……上下?
「勇者も頷いております。間違いではないかと」
これは……!?
首が俺の意思に反して動いているのか……?
「で、では……勇者の名はああああ・あああああで」
そして勇者の名は世界に刻まれた。
勇者ああああ・あああああはこうして誕生したのだ。