3・シスコン姉と家族
「おはよう!父上、母上!!」
「おっ、おはよう、ございます…お父様、お母様…」
朝一番。
色違いのドレスに身を包んだフィーアとミューラが、片や元気に、片やオドオドしながら、挨拶をした。
早いことでミューラが公爵邸へ来て一か月が経つ。その間特にこれと言った事件もなく、ノスタルト一家は平和な時を過ごしていた。…まぁ。フィーアは元より、ミューラも完全なシスコンへと変化したが。
「あら、今日も仲がいいわね。おはよう、フィーア、ミューラ」
食前の紅茶を嗜みながら、おっとりと言うのは二人の母―アリアだ。
長く伸びるのはミューラと同じ水色の髪。慈愛に満ちた瞳は二人の娘と同じ瑠璃色。
「うむ。今日も元気なようで何よりだ。おはよう、我が愛しの娘たちよ」
アリアに続き、多くの女性を虜にする美貌をデレデレに蕩かせて挨拶するのは父―エドワード。こちらはフィーアと同じ真紅の髪に、エメラルドの瞳をしている。エドワードは王宮で"騎士団総隊長"を務めているが…今はミューラを迎えるため一か月の休みを貰っているらしい。
まぁ、休みを取った甲斐なく、ミューラが懐いたのはフィーアだったが。
「さぁ、席について。朝食を始めましょう」
そしていつも通り、アリアの一言によって一日が始まる。
**
「それでな!ミューラは、こう言ったんだぞ!」
食後のデザートを食べながら、キラキラとした瞳でフィーアがアリアへ語る。
興味のないことには塩対応のフィーアが、頬を赤く染め、興奮した口調で語るものだから、アリアは可愛くて仕方ない。
「あぁ!!お姉さま!それ以上は言わない約束です!!」
しかしそんなフィーアを…こちらは羞恥で頬を染めた…ミューラが咎めた。
「むぅ、仕方なかったのだ…。ミューラがあまりに可愛かったから…つい」
嫌われてはたまらないと、フィーアは両手を合わせてミューラへ許しを請う。
「もぉう!お姉さまは直ぐにそうおっしゃるんですから!」
「すまん、すまんよ、ミューラ。反省するから許して…な?」
「むぅ、この前もそう言っていましたよ~!」
「いっ、いやぁ~それは……」
何時の間に形成が逆転したのか、頬を膨らませて半目のまま叱るミューラに、フィーアは居心地悪そうに身じろぎした。
「ふふふっ。仲が良いのは嬉しいけど、お父様にも構ってあげてね」
「「あ」」
すっかり忘れていた人物を指摘され、可愛らしい姉妹はそろって机の右端を見た。
「うぅぅぅぅ…別に、別にいいんだ。二人の仲がいい…それで、それで十分だ…うぅぅぅ…」
そこにはべそをかいて泣きながら、拗ねる大の大人…しかも男性…の姿。
見た瞬間に「うっわっっ!」と思ったフィーアは悪くない……多分。
「あー父上?忘れていたわけではないぞ。そ、そうだな…今日も剣の稽古に付き合ってくれるか?」
こういう時のエドワードは構えば治る、と経験上知っているフィーアが主に自分のためにそう尋ねた。
「!!勿論だ!フィーア!お父様に出来ることなら、何でもしてあげるぞ!」
そして、それを聞いた瞬間に元気になるエドワード。
…チョロ過ぎる、と呟いた君。怒らないから手を上げなさい。
「…別に、剣を振れればそれで十分なのだが」
「はぁ…本当にお前らは欲がないなぁ~」
「むっ」
…確かに、言われてみればその通りなのだ。
前世庶民で剣を振れて、まともな生活が出来れば十分なフィーアと、虐げられて生きてきて甘え方や欲を捨て去ってしまったミューラ。
他の令嬢のように、やれ「新しいドレスが欲しい」だの、やれ「宝石が欲しい」だの言ったことがないのだ。
「別にドレスは今あるヤツで十分…というか、ミューラが来た時にお揃いのやつをたくさん買ったし。宝石なんてただの無駄に高い石じゃないか。いらんいらん、そんなもの」
「わ、私も…今で十分、です…」
ばっさりと貴族の筆頭である公爵家の令嬢…しかも溺愛されている…が、言い放った事実に再びエドワードは深いため息をついた。
「はぁぁぁぁ………」
「どっちにしろデビュタントが来たら買うことになるんだ。今は私服を肥やすよりも領地の経営に金を使った方が民のため、将来のためだろ」
溜息をつくエドワードを不可解そうに見て、フィーアは追撃する。
―が。ノスタルト公爵領は、国で一番潤っていると言っても過言ではない。
フィーアが考えた学校に病院、世界規模の商会、他にはない料理店…本来ドレスに消えるはずだったお金を使ってフィーアは領地の改革を進めて来た。そのため世界中のお偉いさんが視察に行き、自国へ持ち帰り真似ることなど日常茶飯事なのだ。
「うぅぅぅぅ…うちの子が大人過ぎて、辛いぃ……アリアぁ~~!」
「はいはい。フィーアは一度決めたら曲げないから、諦めなさいな。…といっても。その口調はそろそろ本当に直させるべきか、悩むところだけれど」
「ひぃ!?そそそそそそ、それでは、父様!中庭で待っているぞ!ご、ごきげんよう!!」
優しい笑顔から覗くアリアの一面に恐怖し、フィーアはそそくさと立ち上がって食堂を出ていった。
「あぁ、お姉さま!待ってください~~」
そして、ミューラもフィーアを追うようにして去っていく。
―まるで嵐が去ったような食堂には、仲の良い夫婦が残されていた。
「よかったわね、エディ。貴方の懸念が外れて」
淹れた手のフルーツティーを一口含みながら、アリアは微笑んだ。
「あぁ…そればかりは本当にほっとしているよ。―だけど」
「えぇ。ミューラが私たちに心を開くのは、もう少し先になりそうね」
声を出さず、首を振るだけだった当初に比べれば大きな進歩だと言えるだろう。
…まぁ、普通に軽口を叩き合うシスコン姉妹には全く敵わないが。
「…はぁ。まさかあのフィーアに先を越されるとは…」
「ふふふ。仕方ないんじゃないかしら。フィーアは男勝りに見えるけど、面倒見がよくてお人良しだから」
それに…あの口調になったのも、私たちのためでしょう?
そう悲し気に…けれども愛おしそうに言うアリアに、エドワードは胸を締め付けられた。
「……分かっているさ。フィーアが良い子だってことくらい。―――ミューラが来て一か月が経つ。そろそろ私も仕事に復帰しなくてはいけない」
「えぇ、分かっているわ。頑張ってくださいね、アナタ」
「アリアぁぁああああああ~~~!!」
今日も今日とて変わらずに妻を溺愛するエドワードを、食堂にいる使用人が微笑まし気に眺めていた。
…そしてアリアは、エドワードを愛おしそうに抱きしめながら「もうすぐかしら」と呟いた。
「父様、遅いです!早く剣を取ってください!!」
「うわぁあああああああああ!?」
「ふふふ。フィーア、食堂で剣を振り回してはダメよ?」
「はいっ、母上!」
「お姉さま~!頑張ってください~~!」
「えっ、そこは父様の応援じゃないの!?」
…今日もノスタルト公爵邸は賑やかだった。