ドリム大公
ゾルが案内した部屋は、大広間だった。
真っ先に目がいったのは天井だった。
天井はドーム型になっており高さがある。
正面奥に3脚の豪華な椅子が置いてあるが人はいない。
舞踏会用なのだろうか?
パインはそう考えながら、顔を振って辺りを眺めた。
その時、奥の扉が開き、人が入ってきた。
「いやー。
遅れてすまない。」
軽く右手を上げた後、速足でこちらへと向かってくる。
いかにも貴族という服装だった。
ゾルが畏まっているところを見ると、
主あるいは上司なのだろう。
後ろには、2人の従者が付き従っていた。
パインはその内の1人を見て驚いた。
彼はプレートメイルを身に着けた
身長2mを超えるような大男だった。
「はじめまして。
私が大公のドリムだ。」
ドリムは気さくに右手を差し出した。
パインは握手すると言った。
パイン:「見習いの精霊魔導士のパインです。」
ドリム:「彼等も紹介しよう。
右にいるのがマッカス将軍。
左にいるのがシルカー魔導士長だ。」
パイン:「マスターシルカー?」
パインはシルカーに羨望の眼差しを向けた。
ドリム:「んっ、シルカーを知っているのか?」
パイン:「もちろんです。
マスターシルカーを知らない魔導士等存在しません。」
毎年発表される、現在の10大魔導士として毎回登場する
マスターの1人である。
ドリム:「そうか、そうか。
ところでパイン君。」
パイン:「はい。」
ドリム:「君は、啓示を受けたと報告を受けている。
そこで申し訳ないが、それを証明してほしいんだ。」
パイン:「証明ですか?」
ドリム:「マッカス将軍。
説明してくれたまえ。」
マッカス:「はっ。
さて、これから君には3つの試験をうけてもらう。
1つめは、反射速度。
2つめは、筋力。
3つめは、実践だ。
これは、3年前にノリスが受けたものと同じだ。
どうかね?」
パイン:「やってみます。」
マッカス:「よし、準備に入れ。」
その声と同時に多くの兵士たちが大広間に入ってきた。
そして何やら準備を始める。
パイン:「ところで公国には冒険者協会はありますか?」
ドリム:「んっ?。
どうやら君は知らないようだね。
シルカー魔導士長。
教えてあげなさい。」
シルカー:「はっ。
さて、パイン君。
冒険者協会は何処が運営しているか知っていますか?」
パイン:「運営ですか?
確か王国ですよね?」
シルカー:「そう。
そのため、会長は国王が就任しています。
では、副会長は誰か知っていますか?」
パイン:「えっ。
副会長がいるとは初耳です。」
ドリムはニヤニヤしながら聞いている。
シルカー:「そうでしょうね。
この事は公にしていない事ですので。
ここに居られるドリム大公こそが冒険者協会の
副会長、その人なのです。」
ドリムはドヤ顔でパインを見つめていた。
一方、パインは驚いた顔でドリムを見つめる。
パイン:「えっ。
そうだったんですか。」
ドリム:「うむ。
そうなのだよ。
それで冒険者協会に何か用なのかね?」
パイン:「あっ、はい。
今回のナカサ村の件を報告しなければなりません。」
ドリム:「なるほど。
そう言う事か。
そうだな。
ゾル君。」
ゾル:「はっ。」
ドリム:「冒険者協会に行って、今回の件を報告してきてくれ。
くれぐれもパイン君の評価が落ちないようにな。」
ゾル:「承りました。」
ゾルは恭しく一礼すると大広間を後にした。
マッカス:「準備が整ったようです。
早速始めさせていただきます。」
ドリム:「うむ。」
パインがローブを脱ぐと、マッカスは驚いた。
シルカー:「ノリス殿程ではないですが、
かなり痩せていますね。」
マッカス:「そうだな。
これで試験に合格したら啓示を信じねばならんな。」
反射速度の試験は単純だった。
クロスボウの射手と的の間に立ち(もちろん射線上ではない)、
飛んでくるボルトと呼ばれる矢を掴むというものだった。
パインは、初速の違う3種類のクロスボウで試し、
その全てを成功させた。
パインは、それを目撃した兵士達の驚きと称賛の中、
次の筋力試験の場所へと移動した。
筋力試験も単純だった。
把手の付いた金属球を持ち上げるというものだ。
最も重い物で300Kgあったが、ノリス以外で持ち上げた者は
いなかった。
パインはそれをも持ち上げた。
マッカス:「どうやら、神の啓示は本物のようだな。
実は、私はノリス殿の試験には参加できなかった。
私の部下がノリス殿の相手をしたのだ。
そして惨敗した。」
マッカスは徐にプレートメイルを脱ぎ始めた。
マッカス:「私は信じられなかった。
しかし今回、己の眼でそれを見ることが出来た。
神の啓示の話は信じよう。
そして、武人として挑もう。
次の試験は私と戦うことだ。」
腰巻だけとなったマッカスがパインの前へと歩み出た。
パインも皮鎧を脱ぎ腰巻だけになる。
そして2人は対峙した。
シルカー:「僭越ながら私が審判をさせていただきます。
勝敗は、ウーモスのルールに従います。
つまり相手の身体を地面に付ける事ができれば
勝ちになります。
それでは、始め!!!」
始めの合図で、マッカスは両手を大きく広げ高々と持ち上げて
ゆっくりと迫ってきた。
パインはその威圧感に恐怖すら感じた。
パインとマッカスの距離が縮まり、マッカスの手が届く少し前。
マッカスは本気で動き始めた。
あの体格から繰り出すスピードとは思えなかった。
大きく一歩踏み出し、踏み出した足と同じ手を伸ばす。
伸ばした手は、パインの左肩へと向かう。
この時、マッカスは確実にパインを捕らえたと思っただろう。
しかしマッカスの手は虚しく空を切った。
突然パインが目の前から消え失せたのだ。
マッカスは何が起こったか分からなかった。
マッカスは、左右を確認しパインを探す。
その時顎先に衝撃を感じた。
その方向に首を回すと、そこにはパインが立っていた。
パインも最初なにが起こったのか分からなかった。
マッカスの手が自分を掴もうと近づいてくるのは確認していた。
パインはその威圧感に動くことが出来なかった。
次にはっきりと分かったことは、
マッカスがふらついている事だった。
何かが起こった。
そしてそれはグレイグが成したことだと理解した。
グレイグは自分の身体を乗っ取り、マッカスを攻撃したのだ。
それ以外には考えられなかった。
パインは、戸惑っているようにも見えた。
マッカスはパインに手を伸ばそうとした。
しかし、手は動かなかった。
それどころか視界が歪んだ。
視界が波打っている。
足がふらつく。
これが戦場であったら完全に負けだ。
しかし、パインは何もしてこなかった。
マッカスは倒れまいと必死に耐えた。
戦士の誇りとして倒れる訳にはいかなかった。
そして、視界が戻り、手足が動くことを確認したあと、
戦闘態勢を解除した。
マッカス:「完敗だ。
戦場ならば命はなかっただろう。」
ドリムは少し高揚しているように高い声で言った。
ドリムの後ろにはゾルがいた。
冒険者協会の報告は終わったのだろう。
ドリム:「見事だった。
達人同士の戦いは一瞬で終わるとよく言われるが、
本当だったようだな。
ノリスに匹敵、
いやノリス以上の戦いぶりであった。」
ドリムはパインに近寄った。
ドリム:「さて。
本題に入ろう。
君を神の啓示を受けた者と認めよう。
その上で頼みがある。」
ドリムの顔は真剣そのものだった。
パイン:「なんでしょうか?」
ドリム:「まず、討伐軍の件だ。
君は討伐軍への参加を希望しているようだが、
それは君の望む結果にはならないだろう。」
パイン:「どういうことですか?」
ドリム:「君は得た能力を公にしたくは無いのだろう?」
パイン:「はい。」
ドリム:「それならば、討伐軍に参加すべきではない。」
パイン:「何故です?」
ドリム:「私は、
いや、我々は、神の啓示を受けた者は君だけではないと
考えている。
ノリスの件もそうだが、最初の討伐軍もそうだ。
そして今回監視塔で襲われた件。
いずれも人間の身体能力を超えた者の存在が
見え隠れしている。
次の討伐軍に参加した場合、君は一般兵として
参加することになるだろう。
それは、最前線に送られるということだ。
もし、君に匹敵する者が敵として現れた場合、
君は本気で戦わざるを得なくなる。
多くの者達の前で力を示す事になるのだ。
これは敵味方を問わず力を公にすることを意味する。
それでもいいのか?」
パイン:「・・・」
ドリム:「そこで提案がある。
公国は、王国との連携のひとつとして、情報収集部隊を
派遣することになっている。
そこに参加してほしいのだ。
そこにいるゾルも、情報収集部隊の一人だ。
待遇も保証しよう。
どうだ、参加してくれるか?」
パインは少し考えると答えた。
パイン:「一つ条件があります。」
ドリム:「任務と言えども、悪事と思われることは、
拒否します。
それでも、よろしいでしょうか?」
ドリムは、大声で笑った。
ドリム:「なかなか骨のある若者ではないか。
気に入った。
是非ともお願いしたい。
こう見えても私は、先代と違って領民に好かれている。
疑うならば直接領民に尋ねてみるがよいぞ。」
パインは大公の発言が嘘ではない事を知っていた。
公国についての噂は、たまに耳にする。
その全てが公国に対する良い噂であった。
パインは少し考えると答えた。
パイン:「分かりました。」
ドリムは満面の笑顔で言った。
ドリム:「そうか、引き受けてくれるか。
ゾル、今日中にパイン君の討伐隊参加を
キャンセルしておいてくれ。」
ゾル:「畏まりました。」
ドリム:「今日はもう遅い、部屋を用意してあるので、
そこで休むがよい。
明日もう一度話そうではないか。」
パイン:「はい。
分かりました。」
パインに用意された部屋は豪華だった。
今回だけだろうと思いながらも、
必要とされている事が少しうれしかった。