神の啓示
===== 冒険者心得 =====
知識は最大の武器となる。
人は自分の知識の中でしか考える事は出来ない。
より多くの知識を持つ者こそが強者となりえるのだ。
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4人は、無言でナカサ村を見ていた。
パインは時折、望遠鏡を覗くふりをしていた。
陽が傾き、辺りが薄暗くなってきた時に動きがあった。
森からゴブリンとオークが現れたのだ。
十匹以上はいたと思われる。
ゴブリンは、何処から入手したのか剣や楯を携えている。
この村にあったものだろうか?
ゴブリン達は、家の中に入ったり出たりを繰り返す。
ゴブリン達の動きから、食料を漁っているように感じた。
パイン:「ゴブリンですね。
オークもいる。」
ゾル:「あぁ、全く警戒していないようだな。
どうやら、村が無人と知っているようだな。」
パイン:「えぇ、私もそう思います。」
パイン達は、様子を見守る事にした。
しばらくして、ゴブリン達の動きが慌ただしくなった。
こん棒や剣を構え、村の一か所に集まり始めたのだ。
大きな家が視界を邪魔し、詳細は分からない。
しかし、その場所で何かが起こっているのは間違いないだろう。
パイン:「一体何が起こっているのでしょう?」
ゾル:「ゴブリンに敵対する何者かが現れたとしか思えないな。」
その時突然、家の陰から数体のゴブリンが宙を舞った。
同時にゴブリン達が何かから逃げるように移動を始めた。
逃げようとするゴブリン、オークが次々と倒れて行く。
何者かがゴブリンやオークと戦っているのだろう。
見る見るうちに、動いているゴブリンの数は減っていった。
そして目視できた最後のゴブリンが倒された時、
1人の人間が現れた。
右手に長い剣を持った者は、全身血だらけだった。
その者は、辺りを見回した後、こちらを見た。
その瞬間、パインは背筋が凍った。
目があったと思ったからだ。
この距離である。
その可能性は限りなく低い。
しかし、その者の次の行動を見て恐怖を感じた。
こちらに向かって、ゆっくりと右手をあげたのだ。
グレイグ:(伏せろ!!)
頭の中にグレイグの声が響いた。
直ぐに体が反応し、伏せの態勢に移る。
同時に、声を上げる。
パイン:「伏せろ!!」
ゾルの反応は素早かった。
少し遅れて、2人の戦士が動き出した。
しかし、ソマスの動きは遅すぎた。
次の瞬間、ソマスの身体は短いうめき声と共に弾け、
そして倒れた。
ゾルとソックが直ぐに匍匐前進で近寄る。
ソマスのチェーンメイルには1cm程の穴が開いており、
その穴から血が噴き出していた。
ゾルはローブを破り、その切れ端を傷口に当て
血を止めようと試みた。
しかし、無情にも流れ出す血は止まらなかった。
ゾルは苦悶の表情を浮かべながら言った。
ゾル:「彼は、だめだ。
心の臓をやられたようだ。
あいつは、今どこにいる。」
パインは隠れるように覗き込んだ。
しかし既に、村にはいなかった。
辺りを探す。
そして、恐るべき速さで走る者を目にした。
パイン:「速い!!
まずいぞ。
こっちへ近づいてくる。」
ゾルは直ぐに決断した。
ゾル:「こっちへ来い。
撤退するぞ。」
パインは中腰になり、頭を低くしてゾルの元へと向かった。
ゾルを見ると、ローブの中から何かを取り出そうとしていた。
その時、ゾルが上方に視線を移し、何かに驚いたような
表情をするのが見えた。
パインはその視線の先を見る為に振り向いた。
パインは見た。
空中に飛びあがった一人の男を。
男は右手に長い剣、左手に短剣を持っていた。
そして、短剣を放った。
パインは、まるでスローモーションのように飛んでくる、
短剣を見ていた。
それは確実にゾルに向かっていた。
反射的に右手が動いた。
ゆっくりと進む短剣の柄を右手で掴み、床にたたきつけた。
同時に視界の右隅で、ゾルが巻物を開くのを見た。
視界の左隅では、男が剣を振り上げ、
すぐ近くに着地するところだった。
突然目の前がブラックアウトした。
視界が回復すると、そこは部屋の中だった。
ゾル:「パイン。
たすかったよ。
君が短剣を叩き落としてくれなければ命がなかった。」
実際には、パインは短剣の柄を掴み投げ捨てたのだが、
ゾルはそれを認識できる眼を持っていなかった。
パイン:「いえ。
それよりもここは何処です?」
ゾル:「ドリム公国*1の大公の屋敷だ。」
ドリム公国。
バートランド王国を建国するとき、初代国王バートランドには
1人の弟がいた。
それがドリム公爵であった。
ドリム公爵はバーランドをよく補佐した。
この貢献に報いる為に、ドリム公爵に王国の西に流れる
ローズ川よりも西の地域を与えた。
そして、ドリム公国を宣言するように薦めたのだ。
ドリム公爵は、国王の勧めにより公国を宣言した上で、
王国との間に同盟を結んだ。
これは、西側に広がる漆黒の森の脅威に対抗する目的でもある。
他国という位置づけではあるが、
現在でも友好関係は続いている。
パイン:「ドリム公国ですか。
公国には初めてきました。」
その時、声が聞こえた。
グレイグ:(発見した。
直ぐ近くに玉はある。)
パイン:(分かった。
まかせろ。)
ゾル:「そうですか。
あとで、案内しよう。
ところでいくつか聞きたいことがあるんだが。」
パイン:「なんでしょうか?」
ゾル:「君は一体何者なんだ?」
パイン:「どういう意味です?」
ゾル:「君は、あの時伏せろと言った。
我々には脅威は感じられなかった。
何を根拠に危険と認識したんだ?
さらに君はあの短剣を叩き落とした。
あの行為は並みの戦士やシーフでも困難な事だ。
まして魔導士である君には不可能とも言っていい。」
一瞬、パインは焦った。
言われてみれば当然の事だろう。
しかし、この質問は想定済みだった。
パイン:「それは偏見というものでしょう。
確かに私は魔導士ですが、
だからと言って、できないと決めつけることは
間違っているのではないでしょうか?」
ゾル:「なるほど、君は特別だと言いたいのだな。
ならばひとつ、昔話をしよう。」
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今から3年程前。
とある村がゴブリンの集団に襲われた。
その知らせは直ぐに首都であるアルタナにもたらされ、
公国は直ぐに騎馬部隊を編成して村に向かわせた。
騎馬部隊長がその村に到着した時、
村人と多数のゴブリンが戦っていた。
状況は、数の多いゴブリンが優勢だったが、
その薄さが目立っていた。
隊長は部隊を3つに分けると、2部隊に村の周りのゴブリンを
掃討するように指示した。
そして隊長率いる部隊が村の中に入って行った。
そこで隊長は信じられない光景を目にした。
1人の若者が数十匹というゴブリンを相手にしていたのだ。
若者は血で真っ赤に染まったブロードソードを構え
仁王立ちしていた。
若者の周りには数えきれないほどのゴブリンが転がっていた。
取り囲むゴブリンは動こうとしていない。
隊長は直ぐに若者を助けるように指示した。
騎馬兵が動き始めると、ゴブリンは直ぐに気が付き、
行動を開始した。
若者もその期を逃さなかった。
素早い動きでゴブリンを薙ぎ払った。
数匹のゴブリンが吹き飛ぶ。
血糊で切れ味が鈍っているのだろう。
ゴブリンは致命傷を受けずに立ち上がった。
騎馬兵はゴブリンの集団に突っ込んだ。
あとは乱戦だった。
ゴブリンはゆっくりとだが確実に数を減らしていった。
ある程度まで数が減ったところで、
ゴブリンは劣勢を理解したのか、
散り散りになって村から逃げて行った。
隊長は馬を降り、息を切らしながら若者に近づいた。
若者は全く疲労が無いようにも思えた。
隊長:「大丈夫か?」
若者:「えぇ、大丈夫です。」
若者は息切れ一つなく答えた。
隊長:「それにしても凄いな。
その体格であれほどの戦いができるのか。」
若者の身体は、ガリガリにやせ細っていた。
若者は少し間をおいて言った。
若者:「私は選ばれたのです。
そして、神の啓示を受けたのです。」
隊長:「神の啓示?」
若者:「私の中に神が舞い降りたのです。
その時から私は強くなりました。」
隊長:「そうか。
ところで君の名前は?」
若者:「ノリスです。」
隊長は、ノリスの戯言とも思える言葉を
記録として残し、公国へ報告した。
ノリスは村の英雄として称えられ、公国からも表彰された。
そしてこの事件から半年後、ノリスは自宅で殺害された。
ノリスは白い玉を守るように死んでいたそうだ。
公国はその事件を調査した。
そして、目撃情報などから、
顔に包帯を巻いた者の存在を知る事となった。
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ゾル:「我々を襲ったあの男の動き。
そして、君の動きを見て、この事を思い出した。
君も神の啓示を受けたのか?」
パイン:「・・・」
ゾル:「白い玉は、公国で厳重に保管されている。」
パイン:「・・・」
パイン:(グレイグ、どうしたらいい。)
グレイグ:(公にしない事を条件に
ノリスと同じように答えるのがいいだろう。
そして、白い玉に近づくのだ。)
パインは少し考えて答えた。
パイン:「これから話す事は、公にしないでください。」
ゾル:「分かった。
約束しよう。」
パイン:「私も啓示を受けました。」
ゾル:「!!!」
パイン:「そして、顔に包帯を巻いた者を追っています。」
グレイグが神かどうかは別にして、
その言葉に嘘は無かった。
包帯を巻いた者の情報を入手しようとしているのも事実だ。
ゾル:「包帯を巻いた男とは何者なんだ?」
パイン:「残念ながら分かりません。
只、白い玉を追えば答えに辿り着けると考えています。」
ゾル:「実を言うと、私も主の命によって
顔に包帯を巻いた者の足取りを追っていた。
そして、ナカサ村へと行きついたのだ。」
パイン:「そうだったんですか。」
パインは多くの事柄を知る事ができた。
まず、選ばれた者は、自分だけでは無いという事だ。
これは、大きな意味を持つ。
悪人がこの力を手に入れれば、魔王になりえるという事だ。
次に、包帯を巻いた者が関係しているという事。
グレイグは、分けられた力が入っていると言っていた。
包帯を巻いた者は、自分と同じ力を求める者だということだ。
我々を襲った男。
あの者が包帯を巻いた男と同一人物かは分からない。
しかし、同じ力を手にいれた者なのだろう。
そして、白い玉。
しかし、不可解なことがある。
包帯を巻いた者は、何故、白い玉を持ち去らないのだろう。
持ち去れば他の者に力が渡らないのに、、、。
パインにはその理由を想像することが出来なかった。
ゾル:「頼みがある。我が主にあってほしい。
そして、今の話をしてほしい。」
パイン:「分かりました。」
そして、2人は転受の魔法陣がある部屋を後にし、
別の部屋へと移動した。
*1:公国
王国は王を君主とし、公国は貴族を君主とする。