決着
キーラは跪き、ザラスを睨み付けていた。
ザラスは、戦いの始まった位置から一歩も動かずに、
直立不動のまま、じっと佇んでいた。
それは、傍から見ると勝者と敗者の構図といってもいいだろう。
沈黙が続く中、キーラは思い出していた。
それは、エレナの予知夢だった。
パイン達には、あのように言った予知夢であるが、
完全では無い物の実際には、
かなり近い状況になることが多いのだ。
その為、キーラは、逆転策を考えた。
それは、最後に残った者毎の策だった。
現状、戦力と成りえるのは、アンナだけ。
しかし、まだ条件がそろっていない。
キーラ:(あと一つ、、、。
あと一つで、条件が揃う。)
そう考えた時、ザラスの声が聞こえた。
ザラス:「キーラよ。
もう終わりか?」
ザラスの頭蓋骨の目の奥が一瞬光った。
ザラス:「もう、魔力も殆ど残っていないようだな。」
もし、ザラスに皮膚があったのならば、
顔が緩んでいたことだろう。
ザラス:「どうやら、私の完全な勝利だな。
お前は負けたのだ。
昔のよしみということで、苦しまずに送ってやろう。
おとなしく己の運命を受け入れる事だな。」
キーラは、その声に反応して俯いた。
ザラスが次の言葉を発しようとした時、
キーラが何かを呟いている事に気が付いた。
ぶつぶつと呟く声は、ザラスには聞き取れなかった。
ザラスは、思った。
ザラス:(キーラの魔力は殆ど無い。
たとえ魔法を発動したとしても脅威にはならない。
私の勝利はゆるがない。)
しかし、ザラスも優秀な魔導士である。
僅かながらの可能性を感じ取り、声を聞き取ろうと集中した。
ザラス:「なっ、なんだと!!」
ザラスは、聞き取れた単語に驚いた。
それは、邪神魔法であった。
邪神魔法は、呪い等の魔法がほとんどであり、
その多くが魔法陣や生贄、そして時間を必要とする。
魔法陣は、生贄を必要とする魔法には必須であり、
効果の強化や発動時間の短縮などの効果がある。
魔法陣は、魔晶石の粉末をインクに混ぜて使用するが、
魔法陣の描画にはそれなりの時間を要する。
魔法陣を描画する精霊魔法も存在するが、
魔法陣を長時間存在させることが出来ない為、
邪神魔法で利用することは殆ど無い。
生贄を必要とする魔法は、魔力を必要としない。
生贄を邪神への捧げものとすることで、
その恩恵として邪神がそれに応えるのだ。
邪神魔法は死を司る魔法と呼ばれているが、
生贄は必ずしも死を与えられる必要はない。
邪神が求めるものは、死ではなく、負の感情だ。
絶望、恐怖、怒り、恨み等の負の感情を邪神は求める。
それも、正から負への落差を好むのだ。
落差は、時間短縮や威力に影響する。
落差が大きいほど邪神は直ぐにやってくる。
一部の魔法は、魔力を使用して発動するものもある。
死を与える呪文等がそれにあたるが、
邪神は、落差の少ないそれをあまり好まない。
その為、発動率が著しく低いのだ。
ザラスが次の言葉を発しようとした時、
キーラの魔法が発動した。
ザラスの足元に魔法陣が出現したのだ。
この時、ザラスはどんな魔法が発動したかを理解した。
それは、金縛りの魔法だった。
金縛りの魔法は、低位の邪神魔法であり、
効果は、相手の動きを制限するというものである。
一般的には、攻撃用ではなく、足止め用として使用される。
魔力を必要とする魔法の一つであるが、それだけであれば、
邪神魔法の使い手であるザラスであれば、
容易に破る事も可能だったろう。
しかし、魔法を強化するために、
キーラは残り少ない魔力を使って魔法で魔法陣を描いたのだ。
魔法陣は金縛りの魔法を強化した。
そして、魔法陣の生贄としたのがザラスだった。
ザラスは、焦った。
邪神魔法に感情の変化は危険であることをザラスは知っていた。
しかし、勝利を確信し、正に振り切れた感情からの落差は
少なくは無かった。
身体は完全に動かなくなり、意識だけがハッキリとしている。
そのとき、キーラの声が聞こえた。
キーラ:「アンナ、いまよ!!
全力で連続攻撃して!!」
その声を聞いたアンナは、ものすごい速度でザラスに迫った。
剣を振りかぶりザラスに一撃を与えた。
「ガン。」
乾いた音が鳴り響くと共に、剣が接触した部分が光りを発した。
しかし、アンナも気が付いていた。
ダメージが入っていない。
このままザラスを倒せなければ全員生き残れないだろう。
そう考えたアンナは休まずに攻撃を続けた。
その攻撃のダメージは、全て発光と共に消え失せた。
しばらく攻撃を続けた時、アンナは気が付いた。
魔法陣がまるでカウントダウンするかのように
時計の針が進むように徐々に消えているのだ。
この時点で、既に四分の一程の魔法陣が消え失せていた。
アンナは、焦った。
そして、攻撃の回転をさらに上げた。
キーラはザラスに攻撃するアンナを見ていた。
しかし常人のキーラには、アンナの姿を
はっきりと捉える事はできず、ザラスの周りに
太い帯がかかっているようにしか見えなかった。
攻撃をしていると思われる部分が細い帯の様に光っている。
一体どれだけの攻撃を繰り返したのだろう。
アンナにとっては永遠と思える程の時間だった。
魔法陣は刻一刻と消えて行く。
攻撃は命中するも、光と共に消えて行く。
アンナの焦りは徐々に増していった。
そして、最後の一撃をザラスに打ち込んだ時に、
ついに魔法陣は、消え失せた。
金縛りの解けたザラスは、驚異的なスピードで
アンナに一撃を与えた。
攻撃に専念していたアンナは、
その一撃を避ける事は出来ずに、直撃を受けて吹き飛ばされた。
ザラスはアンナを一瞥すると、キーラの方を向き歩みを進めた。
一歩、また一歩とゆっくりと近づく。
キーラは近づいてくるザラスをじっと見つめ、
微動だにしなかった。
そして、ザラスは、キーラの傍らに立つと、
右手をキーラの頭に伸ばした。
誰も動くことができずに、
その様子を黙って見つめるしかなかった。
キーラの視線は、ザラスのある一点に集中していた。
そしてキーラの顔は、驚きの顔へかわり、
そして悲しみの顔へと変化した。
キーラの目から一粒の涙が零れ落ちた。
ザラスの右手が、キーラの頭へ触れようとした瞬間、
異変は起きた。
その異変は、ザラスの骨のある一点から始まった。
そう、キーラは、その一点を見つめていたのだ。
それは、とても小さな傷だった。
アンナの最後の攻撃は、ザラスに届いたのだ。
それは、ザラスの魔力が枯渇したことに他ならない。
「ピシッ!!」という音と共に、ザラスの骨にひびが入った。
ピシピシという音を立てて、ひび割れはその一点から広がり、
全ての骨へと伝搬した。
そして、ガラガラという音を立てて、ザラスの骨の身体が
崩れ落ちた。
キーラは、最後に落ちたひび割れた頭蓋骨に両手を伸ばした。
キーラの指先がザラスの頭蓋骨に触れた瞬間、
頭蓋骨は、砂で作った城が崩れるように、サラサラと崩れた。
同様に他の全ての骨も砂に変わった。
後に残ったのは、白い砂の山だった。
白い砂の山は、見ている間にも徐々に小さくなり、
最後には全て消え失せた。
歓喜の声などは上がらなかった。
皆、疲労が頂点に達していたのだろう。
長い静寂が続いた。
静寂を破ったのはアリスの悲鳴だった。
アリス:「きゃーーーーっ!!」
静寂の空間にアリスの叫び声が響き渡った。
パインはその声で意識を取り戻した。
他の者達は声の方を向き、そしてヨロヨロと立ち上がり、
アリスの方へと歩き出す。
パインもそれに続く。
皆、アリスのやや下方に視線を落とし、一点を凝視していた。
パインは、最後にそれを見た。
パイン:「だっ、誰だ?
まっ、まさか、、、。」
パインは、絞り出すように言った。
キーラ:「そう、ライよ。」
それは、やせこけ、まるでミイラの様に干からびていた。
呪いが解けたのだ。
アリスは、その声に我を取り戻した。
そして、神聖魔法の祈りを始めようとした。
しかし、キーラによって、それは止められた。
アンナ:「どうして?」
キーラは、静かに答えた。
キーラ:「神聖魔法では、回復しないわ。
ライの呪いは解けたの。
過ぎ去った時間は、解呪により正常に戻り、
ライは本来の時間へと戻ったのよ。」
こうしてキーラ達は、ザラスとの戦いに勝利した。
しばらく休息を取ったのち、ライの死体を炎の魔法で
焼却*1すると、この地に埋めて墓を造った。
皆がライの墓に黙祷を捧げていると、突然パインが言った。
パイン:「メルトニアの宮殿へ直ぐ向かうのだ。」
その声は、パインではなかった。
皆が驚いている中、キーラは落ち着いた口調で言った。
キーラ:「そうね。
私も同じ考えよ。
このまま敵の本拠地に向かいましょう。」
それに対して、ゾルが反論する。
ゾル:「ちょっと待ってください。
魔力が殆どありません。」
キーラ:「えぇ、分かっているわ。
でも、敵の戦力が大きく落ちた、今しかないのよ。
時間を空ければ、増強してくるはず。」
キーラは、空を見上げた。
そして、上空に1匹の鳥を発見した。
右手を上げて、鳥に合図する。
鳥は、急降下し、キーラの上空で旋回を始めた。
キーラは、鳥に向かって叫んだ。
キーラ:「見ていたでしょ!!
メルトニア宮殿へ向かうわ!!
計画通りに実行して!!」
この声に反応して、鳥は旋回をやめて遠ざかって行った。
パイン:「いまのは?」
キーラ:「ビックスよ。
彼を呼んだわ。
少しは、不安は無くなるはずよ。」
そして、一行は休憩を取った。
気力、体力がある程度回復した時、
上空に人影が現れた。
そして、キーラの目前に着地した。
ビックスだった。
彼は、手にドールハウスを持っていた。
ビックス:「まったく。
師匠は、老人使いが酷すぎるわい。」
キーラは、その言葉を無視して言った。
キーラ:「それで、見て来たんでしょ。」
ビックス:「計画には、何も支障はない。」
キーラ:「そう。
よかったわ。」
パイン:「ところで、ドールハウスで移動するのですか?」
ビックス:「いや、これは、保険じゃよ。
転移の魔法で移動する。」
ゾル:「転受の魔法陣は?」
ビックス:「メルトニアの城門を確認するついでに、
簡易的な魔法陣*2を描いてきた。」
そして、一行は、メルトニアへと向かった。
*1:ライの死体を炎の魔法で焼却
センド平原の死体は、アンデットとして蘇る。
このため、センド平原近くに埋葬する場合は、
火葬することが習わしとなっている。
*2:簡易的な魔法陣
一般的な魔法陣を作成する為には非常に多くの時間を要する。
しかし、短時間(半日程度)かつ1回のみの使用に限定すれば、
非常に短時間で作成する事も可能である。




