旅立ち
===== 冒険者心得 =====
冒険者にとって情報は命と同じと言っても過言は無い。
情報収集は絶対である。
しかし、情報を鵜呑みにしてはいけない。
疑う余地を残さなければならない。
なぜならば、情報には間違いや偽りが含まれるからだ。
それは誤って、あるいは故意に流されるのだ。
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採取を完了した日の夜。
パインはベッドに横になりながら、昼間の事を思い出していた。
明らかに異常だった。
オーガの腕をへし折るなど、本来ならば自分には
不可能と言ってもいい。
それが現実におきたのだ。
魔法であるならば、攻撃系の強化系魔法であろう。
それは精霊魔法であることを意味している。
それ故、魔法の力ではないとも考えられた。
パインは見習いといっても魔導士なのだ。
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魔導士にとって相手が発動しようとしている魔法を
己が知っているかどうかは、とても重要なことである。
発動魔法を知っていれば、対処のしようがあるが、
知らなければ対処できない。
それは場合によっては死を招くのだ。
魔導を志すものは、全ての魔法発動方法とその効果を覚えよと
口を酸っぱくなる程注意されるのだ。
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自分が使えない魔法でも大抵の魔法なら知っている。
しかし、魔法の力とは思えなかった。
確かにオリジナルな魔法という事もあり得る。
しかし、それには伝説になるほどの魔導士の存在が
必要となるのだ。
この力の源はグレイグあることは間違いないだろう。
グレイグは伝説級の魔導士なのか?
グレイグという大魔導士の名前は記憶にはない。
表にでなかった魔導士なのだろうか?
なぜ今になって現れたのだろう?
そもそも、この力をもたらす事によって
自分に何をさせようとしているのだろう?
次々と現れる疑問で頭がいっぱいだった。
考えれば考えるほど頭をなやませた。
そして何時しか眠りへと誘われた。
グレイグ:(次の場所は、この村から北東だ。
近くに着いたら正確な場所を教える。)
パインは、その声で目を覚ました。
そしてベッドの中で考えた。
グレイグの指示に従うべきか、拒むべきか。
パインは、アリスとこの村の人々に感謝していた。
出来る事ならこの村に留まって、
村の為に何かしたいとも思っている。
しかし、オーガとの一件。
グレイグがもたらした力の事が気になる。
そして王国軍と戦った常人離れした者の存在。
何かが起こっている事は間違いない。
胸騒ぎがする。
自分もその渦中にいる気がする。
底知れない恐怖心がパインを襲う。
このまま村に留まれば、アリスを、アッシュを、パムを、
リョウを巻き込む恐れもある。
彼等だけとは限らない。
村人全員を巻き込む恐れもある。
それは絶対に避けなければならない。
恐れの原因は、グレイグの目的が分からない事だ。
グレイグは言っていた、いずれ知る事になると。
パインは、内に芽生えた真実への探求心が大きくなるのを
感じていた。
そして、滝つぼの一件を思い出した。
自分の意志に反した行動を身体が取った。
グレイグは身体を操れる。
だとしたら、拒むことは不可能。
唯一の幸運はグレイグが完全に支配しようとしない事だ。
それに、この考えもグレイグは知っているだろう。
グレイグは否定するだろうが、もしも完全に乗っ取られたら、
アリスやこの村に迷惑をかける可能性もある。
グレイグの気が変わらないうちに行動にでるしかないだろう。
結論は直ぐにでた。
パイン:(旅にでよう。)
決心するとすぐにアリスの元へと向かった。
アリスを目の前にすると自然と笑顔になった。
そして心の底に纏わりつく恐怖心が薄れていくのを感じた。
離れたくないと言う感情がむくむくと湧き上がる。
しかし同時に守りたいという感情が大きくなった。
アリスと少し雑談をしたあと思い切って切り出した。
パイン:「実は、村を出ようかと思っている。」
アリス:「えっ。」
アリスは突然の事に驚きを隠せなかった。
パイン:「どうしてもやらなければならない事があるんだ。」
アリスは、悲しそうな顔をして言った。
アリス:「そうですか。
折角お友達になれたのに残念です。」
パインは、慌てて答えた。
パイン:「やる事を終えたら、必ず戻ってきます。」
アリス:「私にはパインさんを止めることはできません。
でも。」
アリスは少し間をおいて続けた。
アリス:「個人的には村に残ってほしかったです。」
アリスの頬が少し紅潮したように思えた。
パイン:「全て終わったら、戻ってきます。
その時は、この村に住まわせてください。」
アリスは、少しだけ元気よく答えた。
アリス:「はい。」
少しの沈黙の後、アリスは言った。
アリス:「ところで、どちらに向かわれるのですか?」
パイン:「実のところ場所までは分かっていません。
北東へ向かえば、何かわかると思います。」
アリス:「北東ですか。
では、コリキ村へ向かったらどうでしょう?」
パイン:「コリキ村ですか。」
アリス:「コリキ村は、この村から丁度北東に位置します。
不帰の森の近くにあるんですが、
あの辺りは池や川から遠いため、
魔物の数が少ないんです。
その為、不帰の森の木を植林・伐採して
生計を立てているんです。」
パイン:「そうなんですか。」
アリス:「それにコリキ村とは交流があり、
ハーブの販売と木材の購入の為に、
定期的に馬車をだしています。
今日の昼にも便があります。」
パイン:「なら、その馬車に乗せてもらう方がいいな。」
アリス:「あっ、ちょっと待ってください。」
アリスは席を離れるとゴソゴソと何かをやっていた。
それが終わるとパインの前へと戻った。
アリス:「これを。」
パイン:「???」
アリスは、パインに小さな袋を手渡す。
袋を開けると、金貨*1が3枚入っていた。
パイン:「これは?」
アリスはすまなそうに言った。
アリス:「ホーリーバジル採取の報酬です。
本当は、もっと差し上げる予定だったんですが、
取引が済んでいないので、手持ちが無くて。」
パイン:「いや、非常に助かります。」
アリス:「では、アッシュさんの所にいきましょう。」
パイン:「えっ。」
アリス:「アッシュさんとパムさんが、
コリキ村への馬車を出すんです。」
パイン:「なるほど。」
パインは馬車の荷台にいた。
向かいには、アッシュとパムが並んで座っていた。
荷台には、多くの荷物が隙間なく置かれており、
中身は、バジール村で栽培されたハーブだった。
ハーブは、需要が高いため常に高値で取引されている。
コリキ村で、ハーブの取引を行い、
その金で木材を仕入れるのだ。
パムがアッシュの腕を突っつく。
何か話をするように促しているように見えた。
アッシュが重い口を開いた。
アッシュ:「ところで、パイン。」
パイン:「なんでしょう?」
アッシュ:「お前、独身だったよな?」
パイン:「えぇ、そうですけど。」
アッシュ:「結婚とかは考えてないのか?」
パイン:「冒険者になろうとしていたんですよ。
そんなこと考えた事もないですよ。」
アッシュ:「まあ、そうだろうな。」
突然パムが会話に割り込んできた。
パム:「もう、じれったいわねぇ。
ちょっと、パイン。」
パイン:「はっ、はい。」
パム:「アリスのこと、どう思ってるのかな?」
突然の質問にパインは驚いた。
パイン:「アリスですか?
優しいし、思いやりもあるし、凄くいい子ですよね。」
パムは、うんうんと頷きながら聞いている。
パム:「それで、アリスのこと、好き?」
パイン:「えっ。」
パム:「どうなの?」
パインは照れながら答えた。
パイン:「まっ、まだ出会ったばっかりなので、
好きとかそういうのは、まだわからないです。」
パムは、じろじろとパインの顔を見た後、
ニヤニヤわらいながら言った。
パム:「ふーん、そっか。
そうなんだ。」
パムは、何か納得したように頷いていた。
しばらくの沈黙の後、馬車はコリキ村に到着した。
夕方だった。
3人は、馬車を降りるとハーブの販売と木材の購入を行い、
宿屋へと向かった。
宿屋は、1階が酒場になっており、2階が宿泊場所の様な
構造になっていた。
3人は部屋を確保したあと、1階の酒場へと移動した。
3人は、エールを飲みながら雑談を楽しんでいた。
パイン:「えっ、御馳走になってもいいんですか?」
アッシュ:「あぁ、今回の取引はかなりの儲けになったからな。
宿代もこちら持ちにしてある。」
パイン:「ありがとうございます。」
パム:「それにしても、ビックリしたね。
王国がハーブを買い漁っていたとはね。」
ハーブは様々な用途に使用される。
大きく分けると、食用か薬用のどちらかだ。
バジール村で栽培されるハーブの多くは薬用だ。
食用よりも需要は少ないが、薬用は高値で取引される。
特にヒーリングポーション等の魔法具に利用されるハーブ類は、
目が飛び出るほどに高価だ。
アッシュ:「どうやら、王国も本気のようだな。」
その時、隣の席に座った4人組の会話が聞こえてきた。
「お前知ってるか?
3番伐採場の山小屋に変なやつらが住み着いてるってよ。」
「あぁ、監督から聞いたよ。
どうやら海賊だって話だぜ。」
「なんで山に海賊がいるんだよ。
お前の話は信用できねえな。」
「まったくだ。」
アッシュは立ち上がると、4人組のテーブルへと向かった。
アッシュ:「すみません。」
4人の視線がアッシュに注がれた。
「何だお前は?」
アッシュ:「ぜひ、エールを御馳走させてください。」
そう言って給仕人を呼ぶと4杯のエールを頼む。
「おっ、すまねえな。
それで、何か聞きたいことでもあるんだろ。」
アッシュ:「山小屋に住み着いた人のことなんですが。」
「あぁ、その話か。」
彼等の話は興味を引く内容だった。
伐採場は、1番から10番まであり、1年ごとに番号を変えて、
伐採・植林を繰り返しているらしい。
木材として利用可能な樹齢は通常の場合、50~60年。
種類によっては、100年以上必要な場合もある。
しかし、コリキ村では魔法で成長を促進する方法により、
10年という短期間で伐採を可能としている。
3番というのは、一昨年に伐採・植林を完了した場所で、
あと8年は伐採の予定はない。
その場所にある小屋に何者かが住み着いているという話だった。
現場監督がこっそりと見に行ったところ、
住み着いていた者は海賊服を着ていたらしい。
海賊は、武器を所持していたため危険と判断して、
調査を冒険者協会に依頼したという。
アッシュ:「という話みたいだ。」
パム:「1年前に逃げ出した海賊じゃない?」
パイン:「その可能性は高いでしょうね。」
アッシュ:「なっ、面白い話だろ。」
パイン:「確かに。」
アッシュ:「明日、3人でこの依頼受けてみないか?
受けられればの話*2だけどな。」
パム:「いいね。
砦の情報も得られるかもしれないしね。」
パイン:「元冒険者でも依頼をうけられるんですか?」
アッシュ:「パインは知らないようだな。
元冒険者というのは、何かの理由で依頼を受けない
冒険者の呼称なんだ。
別に冒険者を引退した訳でも無いし、
依頼を受けられないわけでも無い。
1年も依頼を受けなければ
元冒険者の誕生ってわけだ。
そもそも、タグの返却義務はないんだ。
依頼を受けていない年数に応じて
ランクは下がるけどな。」
パイン:「そうだったんですか。」
アッシュ:「まあ、知らなく当然だ。
冒険者に引退してほしくないと考えている
冒険者協会じゃあ、教えてくれないしな。」
パイン:「ところで、村には戻らなくてもいいんですか?」
アッシュ:「実は、今回の取引は休暇も兼ねているんだ。
だから、問題はない。」
パイン:「分かりました。
討伐隊のことも気になりますし、お願いできますか?」
アッシュ、パム:「もちろん。」
*1:金貨
この世界の貨幣は以下の様になっており、
物質としての取引価格と同じに設定されている。
プラチナ貨 : 金貨x5
金貨 : 銀貨x10
銀貨 : 銅貨x10
銅貨 : 現在の価値で100円ぐらい
*2:受けられればの話
依頼を受けるにはいくつかの条件が存在する。
これは、命を懸けた冒険者の生命をできる限り守りたいという
冒険者協会の考えを現したものである。
一つ目は情報。
基本的な情報は冒険者協会が把握している。
しかし未知の生物など情報不足の場合は、
より上位のランクが設定される。
二つ目はランク。
依頼には難易度としてランクが設定される。
ランクが足りない場合受ける事はできない。
三つ目はスキル。
必要スキルが設定されている場合がある。
スキルを持っていないチームの場合、
受ける事さえできない場合もある。