薬草採取
薬草採取の当日。
村の門を出ると、この村全体が丸太を組み合わせた壁で
覆われていることが分かった。
門の近くには、物見櫓まである。
パイン:「まるで砦ですね。」
アッシュ:「おっ、わかるか。
この壁は我々が指揮して作ったんだ。」
パイン:「何故です?」
アッシュ:「前に話したと思うが、我々は冒険者だった。
5年前に、依頼を受けて5チーム、総勢30人で
不帰の森に入ったんだ。
依頼内容については聞かないでくれ。
とは、言っても本当は何も知らないんだけどな。
総指揮をとっていた男は何かを探していたらしい。
それだけしか知らないんだ。
そして森の中でゴブリン、オーガの大軍と遭遇した。
我々は戦った。
しかし、敵はあまりにも多かった。
チームの戦士が倒されたとき、
バランスは崩れ去った。
精霊魔導士、神聖魔導士の2人が倒された時、
完全に崩壊し、逃げ出したんだ。
そして、この村に逃げ込んだ。
ゴブリン達がこの村に襲い掛かる可能性は
否定できなかった。
村長は、ここまで話しても我々を追い出さなかった。
そこで、村人達と共に防衛のための壁を作ったんだ。
結局、ゴブリン達は来なかったがな。
恩のある村を守りたいと思った。
それで、冒険者をやめたんだ。」
パイン:「すみません。
そんなことがあったんですか。」
アッシュ:「いや、気にするな。」
パインは、それ以上聞かなかった。
パイン、アリス、アッシュ、パム、リョウの5人は、
森の中を進んでいた。
パインは魔導士に似つかわしくない皮鎧を装備し、
背中に大きな籠を背負っていた。
腰にはショートソードを携帯し、
左手には、小型の木盾を装備していた。
アッシュ:「パイン。
結構皮鎧も結構似合ってるじゃないか。」
パイン:「そうですか?」
パム:「偏見かもしれないが、どうしても、魔導士といえば、
ローブって思ってしまうよ。」
パイン:「そうかもしれないですね。
多くの魔導士はローブを羽織りますからね。
でも、吟遊詩人に語られるほどの魔導士は、
ローブの下に魔法の皮鎧を装備していますよ。」
アリス:「あっ、確かにそうですね。」
パム:「そうなのかい?」
アリス:「はい、そうです。」
パイン:「皮鎧は軽量ですからね。
丈夫な魔導士ならば苦も無く装備できますよ。
まあ、フルプレートアーマーを装備した
魔導士は、想像できませんけどね。」
アッシュ:「確かにそうだな。」
魔導士がローブを好んで着る理由。
一般的に魔導士は戦士に比べて肉体的に劣っている。
その差を埋める為の方法として先制攻撃や罠にかける等がある。
決して接近戦を許してはいけない。
魔導士はその為に策を講じる。
魔導士だと悟られないようにする。
多くの魔法具を忍ばせる。これは結構な重量になる。
魔法発動時の手の動き、身体の動きを見られないようにする。
これらを実現するために、ローブが最も適しているのだ。
勿論軽量であるというのも理由の一つでもある。
つまり、防御力を高める装備で身を固めるよりも、
魔導士らしい方法で勝利を得ることを考えたのだ。
武器にしても同じ理由なのだ。
装備できない訳では無い。
訓練さえすれば、魔導士でもグレートソードは扱える。
それにかかる時間を魔導の探求に振り分けたのだ。
ただ、それだけだ。
しばらく歩き続けると、川の流れる音が聞こえてきた。
アッシュ:「あと少しだ。
目的地は、川縁にある。」
視界が開け、目前に川が見えた。
川幅は、4-5mぐらいだろうか?
川の反対側は直径20-30mぐらいの広場があった。
そこに数多くの草が生い茂っていた。
アッシュ:「ここだ。」
リョウが真っ先に川を渡り、慎重に茂みに入って行った。
リョウ:「あったぞ。」
パム、マリア:「よかった。」
アッシュ、パム、マリアは、安堵の表情を浮かべた。
パイン:「もしかして、無い場合もあったのか?」
アリス:「ホーリーバジルは、デリケートな草なんです。
環境が大きく変わると枯れてしまいます。」
パイン:「なるほど。」
アリス:「茂みに入るのも注意が必要なので、
採取は私とリョウさんで行います。
アッシュさん、パムさん、パインさんは、
周りの警戒をお願いします。」
アリスは、パインから籠を受け取ると、
川を渡り、茂みに入って行った。
残された3人は、警戒の為その場に待機した。
しかし、警戒といってもやる事はほとんどない。
パインは、何気なく川上を見た。
遠くに滝が見える。
パイン:(もしかしたら、あの滝が落ちた滝なのか?
ナガットは、無事だろうか?)
パインはその疑問を解決すべくアッシュに話しかけた。
パイン:「アッシュ。」
アッシュ:「んっ?、なんだ?」
パイン:「あの滝なんだが。」
パインは、滝の方向を指さす。
パイン:「もしかしたら、私達が落ちた滝かもしれない。」
パム:「あぁ、パインと冒険者仲間が落ちた滝ね。」
パイン:「ナガットの事が気になる。
見てきても良いだろうか?」
アッシュ:「そうだな。
警戒を解くことはできない。
1人で行くと言うのなら、構わんぞ。
但し、陽が真上に登るまでには戻ってきてくれ。」
パイン:「そうか、感謝する。」
パインは、そう言うとすぐに川上へと歩き始めた。
10分程歩くと、滝の音が聞こえてきた。
滝つぼに近づくにつれ、滝の音と涼やかな風が頬にあたる。
そして、滝つぼへと到着した。
ナガットは見当たらなかった。
パインが滝つぼに入るか迷っていると、それは突然起こった。
突然声が聞こえたのだ。
グレイグ:(滝つぼへと入るんだ。)
その声と同時に滝つぼへ向かう様に前進した。
パイン:「えっ、なんだ?」
パインの意志とは関係なく、勝手に歩き出したのだ。
パインは必死に抵抗した。
しかし、その努力も虚しく滝つぼの中へと進んで行った。
腰辺りまで水に浸かりながら滝つぼの中心へと向かう。
冷たい水であるにも関わらず、不思議と冷たさは感じなかった。
滝つぼの中心辺りで止まると、急に体が自由になった。
パインは慌てて滝つぼから脱出する。
声が聞こえた。
グレイグ:(よくやってくれた。
君は新たなる力を手に入れた。)
パイン:(私の身体になにをした。)
グレイグ:(すまなかった。
戸惑っていたようなので少し借りた。)
パイン:(お前は自由を奪えるのか?)
グレイグ:(可能だが、望んでやることではない。)
パイン:(・・・)
グレイグ:(恐れているようだが、安心してほしい。
君に危害を加えるつもりはない。
君の破滅は、私の破滅でもあるのだ。)
パインは悩んだ。
しかし、今の考えも全て知られているのだろう。
答えは簡単だった。
グレイグを信じるしかないのだ。
パイン:(分かった。信じよう。
ところで、新たなる力とはなんだ?)
グレイグ:(君と私が一つになった時。
ベースを手に入れた。
それは自己治癒力と肉体的能力向上だ。)
パイン:(自己治癒力?)
グレイグ:(自己治癒力は、不死身ではないが、
大抵の怪我病気等は1日もあれば完治するだろう。)
パイン:(骨折が治ったのも、それの力か?)
グレイグ:(そうだ。)
パイン:(ヒーリング魔法なのか?)
グレイグ:(己にしか効果の無いヒーリング魔法と
考えればいいだろう。)
パイン:(肉体能力向上とは何だ?
強化魔法のことか?)
グレイグ:(言葉の意味そのままだ。
但し、これも己自身にしか効果はない。)
パインは薬石の運搬を思い出していた。
パイン:(己のみか。)
グレイグ:(そして、今回新たなる力をてにいれた。)
パイン:(それは?)
グレイブ:(籠手だ。)
パイン:(ガントレット?)
パインは両手を見回した。
パイン:(何も無いようだが?)
グレイグ:(いずれその意味を知る事になるだろう。
パインよ。
君の力を他人に知られてはならない。
いずれその力を知り、狙う者が現れるだろう。)
パイン:(命を狙われるとでも言うのか?)
グレイグ:(結果的にそうなる事も考えられるということだ。
十分気をつける事だ。
さて、そろそろ戻った方がいいだろう。)
その言葉を最後にグレイグの声は聞こえなくなった。
パインは仲間たちの元へ戻る為、下流へと向かった。
その時、絹を裂くような悲鳴が聞こえた。
「きゃーーーーっ。」
パインは、すぐにその声質からアリスの声だと直感した。
声のした方向である、下流へと走り出す。
パインは高揚していた。
今までの自分であれば、あり得ないスピードだった。
川辺だというのに足を取られる気がしない。
まるで空を飛ぶような感覚だった。
声の主は直ぐに発見できた。
やはりアリスだった。
アリスは、川辺の石に足を取られたのか、
しゃがみ込み一点を凝視していた。
視点の方向には1匹のオーガがいた。
身長2m以上あるだろう。
ゆっくりとアリスに近づき、右手に持ったこん棒を振り上げた。
(飛べ!!)
パインはアリスに向かって飛んだ。
そして、アリスとオーガの間に着地する。
オーガは何のためらいも無くこん棒を振り下ろした。
(受け止めろ!!)
考える間も無く、振り下ろされるこん棒を左腕で
受け止めようとした。
刹那、パインの両腕の肘から下が黒く変色する。
こん棒と左腕が接触した時、ものすごい力で押さえつけられる
感覚を感じた。
しかし、耐えられない力ではなかった。
パインは、こん棒の殴打を左腕で受け止めた。
(腹に一撃を加えてやれ!!)
頭に浮かんだ言葉は、パイン自身が恐怖するような
冷酷さを持っているように感じた。
言葉の意味ではない。
ただ単にそう感じたのだ。
パインは、拳法をやったことはなかったが、見たことはあった。
そして、見様見真似で拳を強く握り、
一歩踏み出しながら拳を突き出す。
オーガはそれに反応したのか、左腕でそれを受けようとする。
パインの右拳とオーガの腕が接触した。
直ぐにパインは嫌な顔をした。
それは、骨の砕ける感触だった。
『ゴギッ』と嫌な音を立て、オーガの左腕は変形した。
パインは、その嫌な感触に拳を振り切るのをためらった。
オーガは、拳の衝撃を吸収できずに後方へと吹き飛ばされ、
ゴロゴロと転がり、地面に突っ伏した。
同時にパインの両腕の色は元にもどった。
パインは、後ろを振り返りアリスを見た。
アリスはその場にうずくまり震えていた。
パイン:「もう大丈夫だ。」
アリス:「ありがとう、パイン。」
パインは顔を上げ、オーガの方を見た。
オーガは、ヨロヨロとよろめきながら森の奥へと逃げて行った。
アッシュ:「なんとか、ゴブリンは倒したぞ!!」
パインが声のする方を見ると、アッシュ、パム、リョウの
3人が近づいてきていた。
パイン:「オーガは、逃げていきました。」
パム:「なら、しばらくは、安全かな。」
ゴブリンとオーガは異種族でありながら共存関係にある。
狩りの上手いゴブリンは、狩りの下手なオーガを養っていると
言ってもいいだろう。
代わりにオーガはゴブリンの為に働く。
しかしそれは服従ではない。
あくまでも、共存だ。
いざという時に裏切る可能性も含んでいる。
ゴブリンは、それも踏まえて共存しているのだ。
ゴブリン達は、縄張り(テリトリー)を持ち、
生存できない場合を除き、その場所を出ようとはしない。
巡回中のゴブリン達を倒す事により、
ゴブリンは巣の防衛に徹する。
つまり、ゴブリンの巣を襲わない限り、
しばらくの間は攻めてこないということだ。
これは、ゴブリンが人間並みの知能を持っている事を意味する。
リョウ:「なら、さっさとホーリーバジルを採取して帰ろう。」
パム:「そうね。
さっさと終わらせましょう。」
リョウとアリスが採取を続ける中、パイン、アッシュ、パムの
3人は、警戒を続けた。
その後、何事も無く採取を完了し帰路についた。