募集
----- 冒険者心得 -----
冒険者は常に死と隣り合わせだ。
仲間の死を悼んでいる暇はない。
行動せよ。
それこそが、生き残る方法なのだから。
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パインは、アッシュ達との会話で、
この村に冒険者協会の事務所が存在することを知った。
護衛失敗の報告の為、いやいやながらも事務所へと向かった。
冒険者協会では、依頼を受ける者として
守らなければならないものの一つである、
報連相を徹底している。
つまり、報告・連絡・相談である。
いかに戦闘力の高い冒険者であっても、報連相を怠る冒険者は
協会から退会させられる場合がある。
魔物の行動は予測できない。
難易度の低い依頼であったとしても、強い魔物が
移動してきている場合もある。
できる限り迅速に他の冒険者に伝える必要がある。
それらを纏めているのが冒険者協会なのだ。
冒険者が生き残るためには、情報は命なのだ。
たとえ依頼が失敗に終ったとしても、
他の冒険者の生命を守るために報告が必要なのだ。
パインは、民家の立ち並ぶ中に冒険者協会事務所を見つけた。
普通の民家を事務所として使っているのだろう。
外観は、民家と変わりない。
しかし、入り口に『冒険者協会』の看板があった。
パインは、扉を開け中へと入った。
部屋の中は完全に民家だった。
都会の冒険者協会事務所と違ってカウンターがある訳でもなく、
部屋の真ん中にテーブルが置かれていた。
民家と大きく違うのは、壁には書棚が並んでいることだった。
真ん中のテーブルには1人の男性が座っていた。
事務員:「いらっしゃい。
冒険者協会へ、ようこそ。」
当たり障りのない挨拶だった。
パイン:「依頼の報告なんですが?」
事務員はパインを繁々と見た。
事務員:「失敗ですか?」
パインは、驚きの表情をすると言った。
パイン:「えっ、はっ、はい。」
事務員:「そうですか。
あまり気を落とさないでください。
冒険に失敗はつきものなんです。」
パインは、依頼の遂行中に起きた出来事を細かく説明した。
それに対する事務員の対応は、
事務的で人間味を感じられなかった。
事務員:「そうですか。
大変な目にあいましたね。
お気の毒です。
依頼失敗ですので、報酬は支払われません。
荷物の回収・運搬は、別の冒険者に依頼します。
またカッパークラスの場合は、襲撃が証明されれば、
依頼品が喪失していた場合でも
弁済の必要はありません。」
パイン:「それは助かります。」
事務員:「なお、カッパータグですが。
規則上、返却していただくことになります。
無印タグ*1を再発行いたします。」
パイン:「わかりました。」
事務員:「以上になります。
なにかご質問はございますか?」
パイン:「いえ、ありません。」
事務員:「さて、ここからは別の話になります。
現在王国から冒険者協会に対して、
討伐軍の募集*2が来ています。」
パイン:「討伐軍の募集ですか。
募集の締め切りは?」
事務員:「締め切りは、今月末です。」
パイン:「作戦開始は?」
事務員:「作戦開始は、3ヶ月後となります。」
パインは、金銭的には多少の蓄えはあったが、不安もあった。
初めてのチーム依頼に失敗し、次の依頼は無かった。
個人でのチーム再編は時間がかかる。
しかし、冒険者協会のチームは、もうこりごりだった。
討伐軍であれば、チームは関係ない。
その上、多くの冒険者と交流を持てる。
チームに所属していないパインにとって、
参加することによるメリットは計り知れない。
事務員は探るようにパインの顔を見ていた。
そして、表情の変化を感じとったのか、パインに話しかけた。
事務員:「どうされますか?
応募しても合格するとは限りませんが、
参加できれば何かが変わるかもしれませんよ。」
パインは、事務員の言っている事は本当だと感じた。
踏み出さなければ変わらない。
まさにその通りだ。
パインは募集という形態から、
応募後のキャンセルは可能と判断した。
そして、情報収集は後回しにして応募することを選んだ。
パイン:「応募します。」
その後の手続きは、パインは最後に名前の記入のみで、
ほとんど事務員が行った。
一ヶ月後に冒険者協会で結果が発表される。
パインは、冒険者協会を後にすると、アッシュの所へ向かった。
冒険者の作業の多くは情報収集に充てられる。
情報が命を助けるからだ。
どんな依頼でも情報収集を怠ると命を危険に晒す。
依頼者が依頼内容を偽ることもあるからだ。
通常であれば、冒険者協会が調査を行う。
しかし、膨大な量の依頼を全て詳細に調査することは
不可能である為、詳細調査は抜き打ちで行っている。
つまり、依頼によっては問題が発生することがあるのだ。
現に過去には冒険者が命を落とすこともあった。
さらに依頼を偽った、実際に起こった事件もある。
依頼者が密輸品の輸送を冒険者に依頼し、
依頼者が輸送隊を襲い、魔物の仕業に偽装するという
事件だった。
この事件は大々的に報じられ、その後から冒険者は、
依頼内容を精査する習慣が生まれたのだ。
アッシュはパインを快く迎えてくれた。
パインはアッシュとパムが冒険者に復帰することを考えていると
思っていた。
2人は冒険者引退後も鍛錬を怠らず、現役さながらな体系を
維持していた。
情報も同様に精査しているのではないかと考えたのだ。
アッシュ:「パインじゃないか。
一体どうしたんだ?」
パイン:「討伐軍について、情報があれば知りたいのですが。」
アッシュ:「討伐軍募集の件か。
そうだな。
誤情報も多く出回っているし、
出来る限り正確な情報を教えてやろう。」
パイン:「よろしくお願いします。」
アッシュ:「まず、海賊ゲイルの砦を知っているか?」
パイン:「はい、人魚の涙にある砦ですよね?」
アッシュ:「あぁ、そうだ。
その砦が建国宣言を発した。」
パイン:「その話は聞いた事があります。
しかし何故建国なんて。」
アッシュ:「何故かは、何も情報は得られていない。
ただ、その兆候と思われることは起きている。」
パイン:「それは?」
アッシュ:「関係ないかもしれないが、話しておこう。
ゲイルには7人の副官と呼べる部下がいた。
彼等は海賊時代からの仲間だった。
そう、1年ほど前の事だ。
7人の内3人の部下が多数の元海賊達とともに
砦から逃げ出したんだ。
理由は解らない。
彼等の消息は今も分かっていない。
彼等と話ができれば、何かわかるかもしれない。」
パイン:「内部分裂ですか。」
アッシュ:「あぁ、そう考えるのが普通だな。
話を戻そう。
砦の建国宣言に対して、王国は軍を動かした。
その数、およそ数百人。」
パイン:「1000人じゃないんですか?」
アッシュ:「噂というのは尾ひれがつくもんだ。
あまりにも切りの良い数字は疑ってかかるべきだ。
さて、話の続きをしよう。
軍が砦に近づいた時、先頭を進んでいた兵士が
次々と倒れだした。
毒ガスかと考えて進軍を中止して救護を始めた。
そして奇妙な事を発見した。
皮鎧の胸の部分に丸い穴を発見したんだ。
その穴は皮鎧を貫通していた。
弓矢だとしたら距離がありすぎるし、
矢も残っていなかった。」
パイン:「魔法?
しかし、そんな魔法は聞いたことが無い。」
アッシュ:「あぁ。
従軍した魔導士も不思議がっていたらしく、
魔法ではないと判断されたみたいだ。
結局のところ、分からず終いだった。
部隊は混乱し、1人の人間。
いや、人間かどうかはわからない者の
接近をゆるしてしまった。」
パイン:「人間かどうかわからないって?」
アッシュ:「その人間と思われる者は、全身を覆うタイプの
黒く染めた皮鎧を着ていたようなんだが、
その行動が人間離れしていたらしい。
ここからの話は、話半分で聞いてほしい。
フルプレートアーマーを着た兵士を
片手でもち上げたとか、剣を振るったら、
プレートアーマーが真っ二つになったとか、
瞬間移動したとか、いわゆるそう言う話だ。」
パイン:「なんかすごい話ですね。」
アッシュ:「そして、先頭の10人ほどの兵士を倒したあと、
砦へ帰って行ったらしい。
直接見ていた兵士達はその恐怖で逃走したらしい。
部隊は半壊となり帰路へとついた。
兵士達に事情聴取がおこなわれたが、
直接見ていた兵士は何も語らないそうだ。
状況を語った兵士は、直接見たわけでは無く、
叫び声等から推測した話だということだ。」
パイン:「確かに、話半分で聞いたほうがいいですね。」
アッシュ:「王国は、真偽を確かめる為に軍を動かすらしい。
それが今回の討伐軍だ。」
パイン:「なるほど、それで冒険者を集めていると。」
アッシュ:「あぁ、酷い話だ。
王国は冒険者を捨て駒にして
真偽を確かめようとしているようだ。」
パイン:「ところで、これらの情報はどこで?」
アッシュ:「情報源を教える訳にはいかないな。」
パイン:「まぁ、そうですよね。」
冒険者は、情報屋*3であったり、知り合いの冒険者であったりと
様々ではあるが、多数の情報源を持っている。
しかし、情報源を明かす事は、提供者との関係に亀裂を生む。
その為、情報源を明かす事は決して無いし、
冒険者であるならば、それを知らないはずはない。
アッシュは少し驚いたような顔をしてパインに聞いた。
アッシュ:「まさか、参加するつもりじゃないだろうな?」
パイン:「応募しましたが、まだ迷ってるんです。」
アッシュ:「なら、やめておけ。
真偽は別にしても、
命を懸けるほどの事でもないだろう。」
パイン:「やっぱり、そうですよね。」
パインはそう言いながらも、
もう少し情報収集するつもりでいた。
*1:無印タグ
冒険者チームには、タグが配布されるが、
それにはチーム情報が魔法刻印される。
チームメンバーの変更は、一度チームを解散した上で、
再結成する必要がある。
チームに所属しない者には、無印タグが発行される。
*2:討伐軍の募集
戦争や魔物の大軍等を討伐するために国が軍を派遣する場合、
冒険者協会を通じて冒険者の参加が募集される場合がある。
大抵の場合、通常依頼よりも危険度は増すが、
その分報酬が高額になっている。
最低限の食費・消耗品なども別途提供されるため、
冒険者にとっては非常に好待遇といえる。
しかし詳細が明かされないことがほとんどである。
*3:情報屋
一般的に流布する情報には誇張や嘘が多く含まれる。
それらを精査して正確な情報を集めて高額で販売する者を
情報屋という。
違法ではないが、手に入れた情報によっては
命を狙われる場合もある。
このため、ほとんどの情報屋は表立って販売はしていないし、
さらに顧客を選んでいる。
冒険者の間では、信頼できる情報屋と繋がるだけでも、
財産だと言われている。