侵入
大軍の移動には、少人数よりも多くの時間が必要である。
足の速い者、遅い者、体力のある者、無い者など
人だけを見ても様々だ。
それらを同時に移動させるには、
最も遅いもの(者・物)に合わせる必要がある。
そのため、どうしても余裕をもった行軍となる。
休息や食事の為の陣を張ることにより、さらに遅れるのだ。
ラキは本隊と敵の接触までは、およそ3日と予想していた。
1日遅れて、ラキ(キーラ)達は、
メルキスの近くの漁村から魚船に乗り込み、海上を進んだ。
大回りになるが、目的の地点までおよそ2日と想定した。
ラキ(キーラ)、パイン、ゾル、アライン、ミクスタ、トマスの
6人は、船の中にいた。
砦から1Km程度の離れた位置に停泊し、時を待っていた。
その時、ラキの持つ魔法具が光った。
その魔法具は、アラインとエレナが持っていた指輪に近い力を
秘めた物であった。
そう、相手の場所を知る事ができる力だ。
それをラングに渡し、本隊の場所を知ったのだ。
ラキ:「そろそろ時間のようね。
作戦を開始するわ。」
そう言うと、水中呼吸の指輪を発動し、
次々と海中に飛び込んで行く。
海流のおかげもあり、およそ20分後、
6人は洞窟へとたどり着いた。
ラキの話の通り、洞窟も亀裂もボロボロの祠も存在していた。
各自インビジブルの魔法を唱えると、
作戦通りに散開していった。
想像以上に人が少ない。
連合軍の進軍により、多くの者が門付近に移動したのだろう。
パインとキーラは、建屋に入るとエレナの捜索を開始した。
1つ1つ部屋を確認して行く地道な作業だった。
「南の倉庫で火災が発生した。
すぐ鎮火に向かえーっ。」
時折、何人かの海賊と思われる者達が慌てた様子で
目の前を通過して行く。
どうやら、攪乱が成功しているようだった。
その頃連合軍は、戦闘の真っ最中だった。
メルキス駐屯軍を先頭に公国軍、王国軍が続いていた。
連合軍は、前回の砦攻略の失敗を鉄鋼車を使う事で
解決しようとしていた。
鉄鋼車と言うと、いかにも強そうな名前ではあるが、
実際は、前面にくの字型の巨大な鉄の盾(いわゆる鉄板)を
設置した荷車である。
その荷車を人力で押しているのだ。
鉄鋼車を最前面に配置して、それを盾に、ゆっくりとだが
確実に前進して行く。
そして、その後方には重装歩兵*1が続いていた。
今のところ敵の遠隔攻撃は分厚い鉄板を打ち抜くほどの
力は持っていないようだった。
ある程度前進したところで、砦から火の手が上がるのが見えた。
同時に城門にいた兵士達が慌ただしく動き始める。
連合軍の中から歓声が上がる。
勢いづいた兵士達は、次第に速度を上げて砦へと進んでいった。
その時、城門にいた3人の兵士が城門から飛び降りた。
常識的には、あの高さから落ちれば無事では済まないだろう。
しかし、彼等に常識は通用しなかった。
城門から飛び降りた者達は、空中で何回転もすると、
華麗に着地し、人間離れした速度でこちらへと走ってくる。
しかし連合軍の兵士達は、驚くどころか冷静にそれを見ていた。
そして号令が発せられた。
「槍構え!!!」
最前列にいた重装槍兵達が、一斉に前方に向けて槍を構える。
同時に鉄鋼車の盾に鋭い突起が出現した。
鉄鋼車の盾には、無数の小さな穴があけられている。
その穴から金属の槍が飛び出したのだ。
敵は瞬く間に距離を縮め、鉄鋼車の手前で飛び上がった。
鉄鋼車を飛び越えようと考えたのだろう。
少し離れたところで、ラングはその様子を見ていた。
ラング:「やはりな。」
ラングは、この人間離れした者との戦いを十分検討した。
彼等は戦いの中、良く飛び上がった。
彼等の近くの兵士は、突然目の前から敵兵が消え失せた為に、
成す術無くやられたのだろう。
しかし、遠くから見ていれば彼等の動きは良く分かるのだ。
その時、新たな号令が発せられた。
「槍立て!!!」
その号令で槍兵達は、一斉に槍を立てた。
そして、全員が上空の敵を凝視した。
この光景を遠くから見たら、まるで剣山の様に見えた事だろう。
空中高く飛びあがった敵兵は、槍から逃れようともがいていた。
しかし、飛行の魔法や転移の魔法等の離脱ができる魔法を
持たぬ者には決して逃れる事は叶わなかった。
自由落下によって着地点に向かって無情に落ちて行く。
あまりにも単純極まりない方法ではあるが、
効果的な方法であることは間違いない。
空中の敵兵は、手持ちの短剣を着地地点へと投げつける。
しかし、フルプレートアーマーを貫くことは叶わなかった。
そして、空中の敵兵は次の行動へと移った。
両脚を大きく広げ、身体をねじって、
両脚で槍の矛先を変えようとした。
確かにその行動で両脚の範囲内の矛先は向きを変えた。
しかし、他の槍兵は空中の敵を認識していた。
そしてその方向へと槍を突き出した。
無数の矛先は空中の敵兵を無情に突き刺したのだ。
3人の敵兵が串刺しになった時、連合軍の兵士達から
歓声があがった。
ラングは、その様子を無表情で眺めていた。
ラング」「初戦は、勝利できたようだな。
よし、このまま前進だ。」
その頃、キーラとパインは、砦の地下を探索していた。
何度かインビジブルの魔法を掛けなおし、通路の奥へと進んだ。
そして、一人の歩哨が立つ部屋を発見した。
キーラ:(どうやらあそこのようね。)
キーラは、歩哨に対して呪文を唱えた。
歩哨は魔法の糸でグルグル巻きになり、床に転がった。
キーラとパインは、透明化の魔法や能力を解除すると、
扉を開けた。
部屋の中には、エレナが座っていた。
キーラ:「パイン、歩哨を中にいれておいて。」
エレナ:「貴方達は何者ですか?」
落ち着いた口調であったが、
エレナの顔は引きつっていた。
キーラ:「アンナに頼まれて助けに来ました。」
キーラは、この回答が最も早くエレナに信じてもらえると考え
そう答えた。
エレナは、アンナという言葉に驚いた。
エレナ:「アンナは無事なのですか?」
キーラ:「はい。
2人共、安全な場所にいます。」
エレナ:「2人?
もしかして、アラインもいるのですか?」
キーラ:「はい。」
エレナの顔が緊張から一気に解き放たれた。
エレナ:「そうですか。
安心しました。」
キーラ:「直ぐに脱出しましょう。」
エレナ:「分かりました。」
キーラは、エレナの返事を待ち、転移の呪文を唱えた。
しかし、呪文は発動しなかった。
キーラ:「どうやら、転移の魔法は封じられているようね。」
そう言った時、突然扉が開いた。
現れたのは、見覚えのある顔だった。
そう、遺跡で出会ったヘマタイトチームの1人だ。
???:「歩哨が居ないから何事かと思って来てみたら、
お客さんではないですか。
それも、見た顔が来るとは。
火を放ったのもお前たちの仲間だな。
陽動とはやってくれる。
それと、そっちのお嬢さんは、遺跡で世話になったな。」
パイン:「ヘマタイトチームか?」
???:「覚えていてくれたか。
元ヘマタイトチームのリーダー、ボッシュ様だ。」
パイン:「元?」
ボッシュ:「そうだ。
そこの女。
貴様の罠にかかって飛ばされた先が、
この砦だったんだよ。
他のメンバーは選ばれなかった。
そして殺された。
俺だけが選ばれたのさ。
そして、力を得た。
さらに、この砦の司令官にもなったんだ。」
キーラ:「ひとつ訂正させてもらうわね。
あの罠は、遺跡の罠であって、私の罠では無いわ。」
ボッシュ:「そんなことは、どうでもいい。
お前のせいで仲間が死んだんだ。
お前を倒すことだけが、俺の生きがいなんだよ。」
そう言って剣を抜く。
刀身が青く光っている。
明らかに魔法の品だ。
キーラ:「パイン。
修業の成果を見せて頂戴ね。」
キーラは、エレナを守るように2人で壁側へと移動した。
パイン:「分かりました。」
パインは、2本の剣を抜く。
1本は、ロングソード、もう1本は、短剣だった。
ロングソードは、刀身に青い光を携えていた。
短剣の方は、特に魔法の品とも思えないが、
しかし、キーラの弟子ビックスから譲り受けた物である。
ボッシュ:「なるほど。
お前が相手か。
二刀流とは笑わせてくれる。
直ぐに片づけてやるからな。」
次の瞬間、ガンという鈍い音が辺りに響いた。
キーラは2人が動いたようには見えなかった。
常人には見る事さえ許されない速度で剣がぶつかったのだ。
ボッシュ:「多少は、剣術の心得があるようだな。
しかし、わたしは、ジェムの称号を持つ者だぞ。
私に剣技で勝とうなど思わぬことだな。
これではどうだ?」
ガッガッガッ、、、ガッガッガン。
鈍い音が続く。
ボッシュ:「まさか貴様も選ばれた者なのか?
おもしろい。」
ガガガ、、、ガガガン。
鈍い音が連続で続く。
ボッシュ:「受けは、なかなかのものだな。
しかし、受けだけでは、勝つことはできんよ。
本気で行かせてもらう。」
ガーーーーーーガン。
パインが劣勢なのだろう。
パインは徐々に後方へと下がる。
両者の額から汗が流れる。
ボッシュ:「くそっ。
選ばれた私の剣を全て受けきるとは。
貴様は何者なのだ。
魔導士ではないのか?」
キーラは、パインの剣術に満足していた。
アンナは、十分役目を果たしてくれたようだ。
アンナには、受けのみを訓練するように指示したのだ。
そしてロングソードは、公国の国宝、受けの剣*2だった。
受けの剣を使用すれば、ジェムの称号を持つ相手にも
十分対応可能と判断したのだ。
パインは何も答えなかった。
しばらくの間、2人は動かなかったが、
そして、痺れを切らしたボッシュが動いた。
ボッシュ:「必殺の一撃を受けてみよ。」
次の瞬間、ガンという音と共に接触部分が光りを発した。
同時に、ボッシュは剣を落とした。
ボッシュは、驚いていた。
なにが起こったのかわからなかった。
そして、その一瞬がボッシュの命運を決めた。
全く無防備な身体めがけてパインは受けの剣を突き出し、
ボッシュの身体を貫いたのだ。
ボッシュは短いうめき声と共にその場に倒れ込んだ。
パインも驚いた表情をしていた。。
そして、ポツリと呟いた。
パイン:「やった。
本当に成功した。」
そして、ビックスと出会った、あの日の事を思い出すのだった。
=====
パイン:「どんな魔法なんですか?」
キーラ:「マリオネットという魔法よ。
マリオネットは、ビックスの生み出した基本魔法なの。」
パイン:「マリオネットということは、何かを操るんですか?」
キーラ:「えぇ、人間をね。」
パイン:「えっ?」
パインは、対象が人間であると聞いて驚いた。
それもそのはずである。
人間を操る魔法というのは今まで存在していないからである。
魅了にしてもあくまでも感情に働きかけるだけであり、
対象者には提案として受け取られる。
最終的には対象者の意志で行動することになるのだ。
つまり、完全に支配することは不可能なのだ。
パインはグレイグについては、自分と共生している別人格だと
認識しているのだ。
同時に操れる人数や効果時間など、様々な要因があるが、
一人相手ならば、ほぼ無敵だと言って過言ではないだろう。
本当にそれが実在するのならばである。
そんなことを考えていると、
ビックスが2本の剣を持って戻ってきた。
1本は金属で作られた短剣。
もう1本は、木で作られた模擬戦用のロングソードだった。
ビックスは木の剣をパインに渡すと、
受けの構えをさせ、その場に立っているように告げる。
ビックス:「マリオネットの魔法は、私の持っている
この短剣に付与されているのじゃ。
今からその木の剣に向けて、この剣を振るう。
避けずに受け止めるのじゃ。
人生をかけて生み出した魔法じゃ。
どうなるかが、楽しみじゃろ?」
パインは、なにが起こるのか分からなかった。
少し不安を感じながらも剣を受け止める事に専念した。
ビックスが剣を上段に構え、振り下ろした。
パイン:(遅い。)
決してグレイグの力が発動して、遅いと感じたのではない。
確かにグレイグの力は発動していなかった。
にもかかわらず、パインはビックスの振り下ろした剣が
遅いと感じていた。
この老人の行動が遅いのか?
それとも自分が早くなっているのか?
こんなことを考える時間さえ存在する。
その時、老人の後ろにある砂時計が眼に入った。
そして、ある事に気が付いた。
砂の落ちる速度が明らかに遅く感じるのだ。
この時初めてパインは己の身体能力が向上していることに
気が付いた。
これもまた、グレイグの力なのだろうか?
丁度その時、ビックスの振り下ろした剣がパインの持つ剣と
接触した。
接触部分が一瞬光る。
接触部分から、まるで稲妻の様に光が走った。
次の瞬間、剣を持つパインの5本の指が開いた。
パインは驚いた。
木の剣が支えを失い、落下して行く。
そして、パインの驚きが覚めたときには、
木の剣は床に転がっていた。
ビックス:「どうじゃ?
これが、マリオネットの効果じゃよ。」
パインは2つの事で驚いていた。
1つは、確かに自分の意志とは関係なく指が動いた事。
もう1つは、この程度の魔法に人生をかけたという事だった。
キーラ:「あり得ないって顔してるわね。
そう、普通ならあり得ないわ。
でもね、あり得ないと思っていたら何も進まないわ。
ビックス坊やは、その初めの一歩を生み出したのよ。
最初の一歩は小さな一歩でも、
この一歩がなければ、進歩はないのよ。
それに、対策をされるまでは、
かなり有効であることは間違いないわ。」
パイン:「確かにそうですね。」
キーラ:「但し、1回のみのね。
よく覚えておきなさい。
チャンスは1度きりだとね。」
この後、キーラはビックスとマリオネットについての話をした。
そして最後にキーラは質問した
キーラ:「それで、受け継ぐ者はいるの?」
ビックス:「墓まで持っていくつもりですじゃ。」
キーラ:「そう。
そう決めたのね。」
パイン:「えっ、なぜ?」
キーラ:「この魔法は効率が悪すぎるのよ。
たった数秒のために、
ほぼ全ての魔力を必要とするなんて、
使いたくなるかしら。
もしそれが解決したとしても、次に来るのは、
悪意を持った者に使用された場合の対処方よ。」
パイン:「対処方?」
キーラ:「優秀な魔導士であれば、詠唱呪文や残留魔塵から
同じ魔法を作り上げる事は不可能では無いわ。
つまり、同じ魔法を自分を含め、多くの人が受ける
可能性があるということなの。
対処もせずにそれを行使するということは、
将来的に多くの人を危険に晒す事になるのよ。
愚かな魔導士は、それを考えずに公にしてしまう。
その行為が最終的に多くの人を不幸にしてしまうことを
考えずにね。」
ビックス:「その通りじゃな。
時には諦めも必要なんじゃよ。」
キーラ:「魔法を付与した剣は何本あるの?」
ビックス:「この1本だけですじゃ。」
キーラ:「貸してもらえるかしら?」
ビックス:「貸す?
くれの間違いじゃろ?」
キーラ:「あぁ、そうね。
頂けるかしら?」
ビックス:「構わんよ。
もうわしには必要ない物じゃ。」
=====
キーラ:「パイン。
よくやった。」
パイン:「あっ、はい。」
キーラ:「ぐずぐずとしていられないわ。
直ぐに撤退するわよ。」
3人は、部屋を出ると、転移の魔法を試した。
転移の魔法は発動し、そして3人は公国へと移動した。
*1:重装歩兵
フルプレートアーマーを装備した歩兵の事。
武器は状況に応じて持ち替えている。
*2:受けの剣
攻めの剣と受けの剣は、
ニ本一組の剣として知られている。
2本合わせて、夫婦の剣とも呼ばれる。
古代の遺跡で発見されたものであり、
ドリム公国の国宝でもある。
攻めの剣は、相手の急所を狙う攻めに徹した剣である。
その激しい動きから使用者を選ぶ剣と言われている。
受けの剣は、相手の太刀筋に合わせて剣を動かす、
受けに徹した剣である。
追従性は高いが、動きはさほど激しくない為、
使用者を選ぶことはない。




