襲撃
パイン、キーラ、ゾルが王都から旅立った日の昼すぎ。
駐屯軍は、野営の準備にはいっていた。
あまりにも早い行軍中止、そして大規模な野営準備。
多くの兵士達は戸惑いながらも、
多くのテントを設営していた。
兵士達が設営を勤しむ中、見慣れぬ多くの魔導士が、
テントの中を頻繁に出入りしているのが目撃されていた。
2人の兵士が宿泊用のテントの設営を行っていた。
兵士1:「おい。
あの魔導士達は、何をやっているんだ?」
兵士2:「なんでも国王直属の部隊らしいぞ。」
兵士1:「国王直属!!」
兵士2:「しっ。
もっと小さな声でしゃべれ。」
兵士1:「あっ、すまない。
それで、国王直属部隊が、
なんでメルキス駐屯軍なんかに来てるんだ?」
兵士2:「さぁな。
今回の大規模な設営準備とかを考えると、
なにかが起こるんじゃないかと思っている。」
兵士1:「なにかってなんだよ。
怖い事言うなよ。」
通常の野営の場合、その殆どが宿泊用テントと防御柵の設置だ。
しかし、今回の野営は通常とは違った。
宿泊用テント以外に、儀式用のテントの設営、通常より強固な
防御柵の設置だった。
そして、最も違うのは王国から派遣された魔導士達だった。
彼らが何のために派遣されたのかは分からない。
しかし、ほぼ全ての兵士達が、
何かが起きるのではないかと感じていた。
パイン、キーラ、ゾルの3人が転移の魔法陣で飛んだ先は、
テントの中だった。
テントから外にでると、目の前には兵士が立っていた。
兵士:「マスターラキ様でしょうか?」
パイン:「???」
パインは、一瞬人違いかとも思ったが、
偽名であると判断し、何事も無かったかのように装った。
キーラ:「えぇ、ラキよ。」
兵士:「総司令がお待ちです。
こちらへ。」
そう言って兵士は3人を軍議を行うテントへと誘導した。
キーラは、国王直属魔導士隊長ラキという立場で
派遣されたことになっていた。
その立場は本作戦に限り総司令と同等であった。
3人が軍議用テントに近づいた時、怒鳴り声が聞こえた。
「なんだと!!
ラキは小娘だというのか?
まったく、国王は軍というものを分かっておらん。」
ラキはその言葉を聞いてムッとした顔をした。
ラキの顔を見た兵士は、近寄り、取り繕うように小声で言った。
兵士:「申し訳ありません、ラキ様。
あの声の主こそ、ラング総司令です。
別に悪い方ではないのですが、
少々口がわるいのです。」
ラキ:「別に気にしていないわ。
確かに小娘ですものね。」
兵士は困った顔をすると、
それ以上何も言わずにラキをテントへ案内した。
ラングは、いかにも将軍といった巨体と風貌をしていた。
顔についた切り傷が歴戦の勇士であることを物語っている。
3人は何も言わずに会釈した。
ラキが目の前に立つと、ラングは皮肉っぽく言った。
ラング:「これはこれは、ラキ殿。
そして、お供の方々。
我が軍へようこそ。
まさか、ラキ殿がこれほどお若い女性であるとは
思ってもいませんでした。」
キーラも負けじと応戦する。
ラキ:「いえいえ。
見た目や生きて来た長さと知識や能力は関係しません。
若くても才ある者は数多く存在します。
ただ単に優秀な上役や運に恵まれなかったことが、
妨げになっているだけです。
私は、優秀な上役や運に恵まれた。
だだ、それだけですよ。」
パインは思った。
若者が今の発言をしたら単に傲りと思っただろう*1。
しかし、何百年も生きて来たキーラが言うと話は違う。
ラングは、ただ単にそれを知らないだけなのだ。
ラング:「むぅ。
しかし、肉体的なものについては違うだろ。
その体で私と張り合えるとでも言うのか?」
3人を見て明らかに勝機があると判断した反論だった。
ラキ:「私は魔導士ですので肉体に代わる力を持っています。
しかし、異なる力で争っても意味がありませんよね。
どうでしょう。
この者と腕相撲でもしてみませんか?
勿論魔法など使いませんよ。」
キーラは、そう言ってパインを指さした。
ラングは一目見るなりニヤリと笑った。
ラング:(この貧弱な若者が、
私相手に腕相撲で勝てると思っているのか?)
そして、その提案を承諾した。
キーラは、パインに近づくと小声で指示を与えた。
パインは、キーラの意図が分からなかった。
パインのラングへの第一印象は傲慢だ。
しかし、仲間でもある。
仲間同士いがみ合ってもしかたがない。
張り合う必要があるのだろうか?
確かにグレイグの力がある限り負ける気はしなかった。
それに手を動かすなという指示。
パインの頭の中に様々な疑問が沸き上がった。
そしてパインが考えている間に、
腕相撲用のテーブルが運ばれた。
腕相撲は、王国軍の中では大会が開かれるほどメジャーであり、
ラングは大会でも3本の指に入るほどの強者だった。
そして、準備が整った。
ラングの大きな手とパインの小さな手が組み合った。
キーラの手が2人の手の上に軽く乗せられる。
そして、開始の合図を待った。
ラング:(小さな手だ。
組み合えば分かる。
こいつは弱い。
ならば、一気に決着をつけよう。)
ラングがそう考えた時、開始の合図が発せられた。
ラングの上腕筋が一気に膨れ上がった。
次の瞬間、ラングは驚きの表情を見せた。
二人の腕は、まるで固定されているかのように
ピクリとも動かないのだ。
ラング:(なんだこれは、城壁を押しているようではないか。)
さらに力が込められる。
ラングの上腕に血管が浮き出した。
ラングの額に汗がながれる。
しかし、ビクともしない。
ラングは顔を上げ、パインの顔を睨み付けた。
パインは何事もなかったように平然としている。
ラングは、怒りが込み上げてきた。
ラング:(こんな貧弱な男に、私があしらわれるというのか。)
ラングの顔が赤鬼の様に真っ赤に変わった。
ラングの腕がプルプルと振るえる。
同時にテーブルがミシミシと音を立てた。
しかし、パインの手は微動だにしなかった。
試合は、『バキバキッ。』という音と共に終了した。
テーブルが壊れたのだ。
ラキ:「試合終了。
勝者なし。」
その合図でラングは、我に返った。
そして過去の記憶から一つの答えが導き出された。
ラング:(ノリス。
そうノリスだ。
この若者、ノリスと同じだ。
神の啓示を受けた者なのか?
そうだ。
国王の直属なのだ。
そうに違いない。
それ以外に考えられない。)
ラング:「この若者、ノ、、、。
いや、なんでもない。」
ラングは、ノリスの名前を出そうとして思いとどまった。
ノリスの事は国王の指示で極秘として扱われていたからだ。
その発言で、キーラはニヤリと笑った。
ラング:「ラキ殿。
それで、私にどうしろと?」
ラキ:「この若者と同等の力を持つ者が敵として現れています。
それも複数確認されています。」
ラングは、驚いた。
キーラは、ラングに近づき耳打ちする。
ラングは、目を見開いて驚いた。
ラキ:「そこで、我々に協力してほしいのです。
成功すれば、国王の貴方への信頼がさらに上がります。
仮に失敗したとしても、極秘作戦なので処罰の対象には
なりません。」
ラング:「わっ、わかった。
協力しよう。
それで、どうすればいいんだ。」
パインはこの時、キーラの考えが理解できたと思った。
ラングは自信の固まりだ。
敵の襲撃を教えたとしても安易に考えただろう。
特に少人数の襲撃ならば、なおさらだ。
いくら同等の権限を持つラキの発言とはいえ、
その自信故に聞く耳を持たないだろう。
腕相撲をしたのはノリスを思い出させるため、
そしてノリスと同等の力を持つ者が
敵として多数存在することをほのめかし、
警戒心を煽ろうとしたのだ。
たとえ思い出さなかったとしても、自分を超える力を持つ者が
奇襲をかけてくるとすれば、警戒するだろう。
そして、最後に飴をちらつかせる。
パインは感心していた。
ラキ:「既に準備は整っています。
あとは。」
キーラは、ラングに近寄ると再度耳打ちする。
ラング:「了解した。
直ぐに各将軍に通達する。」
ラングは、直接赴く必要があると判断し、
すぐにテントを出て行った。
パインはキーラを見ると疑問を投げかけた。
パイン:「腕相撲は、計画だったのですか?」
キーラ:「本当にそう思う?
ただ単に小娘ってバカにされたからよ。」
そう言ってキーラは笑顔を見せた。
果たしてその発言が本当なのか、パインには分からなかった。
その日の夜。
仮設砦の柵の外側を複数の黒い影が移動していた。
その影は闇に紛れ、仮設砦の内側へと侵入した。
空には満天の星々が輝き、
そよ風がかがり火の炎を揺らめかしていた。
かがり火は普段よりも多くなく、所々暗闇が存在していた。
彼は歩哨だった。
警備する場所に武装して立ち、不審者を取り締まるのが仕事だ。
彼はラングのテントの入口を警備するのが仕事だった。
歩哨と巡回兵を除き、殆んどの兵は眠りについている。
影は、歩哨の位置に注意しつつ、
ゆっくりとだが確実に目的の場所へと移動していった。
彼は暗闇の中、動く物体を視界の端に捉えた。
通常ならば、笛を鳴らし緊急事態を知らせる。
しかし、彼は何事もなかったように立ち続けていた。
突然、叱責の声が聞こえた。
テント前の歩哨が怒られているようだった。
影は、チャンスと思ったのだろう。
歩哨の立つテントの後ろへと回り込んだ。
短刀を取り出すとテントの一部を切り裂き、
開いた穴からテント内部へと侵入した。
入口付近では、まだ叱責が続いている。
テントの中は暗かった。
外に置かれたかがり火の明かりがテントの布を通して
射し込んでいるだけであった。
わずかな明かりであったが、ラングが寝ている簡易寝台の位置を
確認するのには十分だ。
影は寝台に近づくと、懐から短剣を取り出し、振りかぶった。
そして、何のためらいも無く振り下ろした。
その瞬間、辺りが光に包まれた。
半時程前。
パインは歩哨の服装を着て、ラングのテントの前に立っていた。
暗闇にも関わらず、ナイトビジョンのおかげで、
まるで昼間の様に視界は良好だった。
パイン:(よく見える。
でも、色が分からないのは違和感でしかないな。)
パインには景色が白黒でしか見て取れなかった。
パイン:(本当に敵は来るんだろうか?)
パインはキーラの事を疑っているわけでは無かったが、
今夜襲撃が来るかは半信半疑でもあった。
キーラの説明では、敵から見て最も効果的なのは、
援軍が直前まで迫った時の撤退であり、
安堵から絶望へと変わるとき、人の心は折れるという。
しばらくの間は何事も起こらなかった。
パインの緊張がゆるんだ時、背筋に寒気が走った。
そして、全身の毛穴という毛穴が逆立つのを感じた。
パイン:(何か嫌な予感がする。)
その時パインは何かを見たのかもしれない。
しかし、パインはそれに気が付かなかった。
パインは気を引き締めて辺りを見回した。
その時、視界の端に、視界から逃れるように移動する
何かを捕らえた。
パイン:(来たか。)
パインは、キーラの指示通り行動した。
大きく背伸びすると、大きなあくびをした。
「おい、貴様。」
そう言いながら近づいてくるのは警備隊長だった。
警備隊長:「まったく、たるんどる。
貴様は、新兵だな。
:
:」
パインは警備隊長の叱責を黙って聞いていた。
これもキーラの作戦の一つだった。
隙を作る事、それとキーラ達にそれを知らせる合図でもあった。
パインの合図が発せられる前、
キーラ、ゾル、ラングの3人は、穴の中にいた。
穴と言っても、天井は木の板でふさがれている。
ラングは、地面に腰を下ろし、窮屈そうに小声で言った。
ラング:「まさか、こんなものが作られていたとは。」
ラキ:「しっ。」
ラキは、口の前に人差し指を立て、
静かにしろという仕草をした。
ラングは、それを見て口を閉ざした。
穴は、ラングのテントの真下に作られた穴だった。
ゾルは、少し離れた位置で待機していた。
それは、テントの入口辺りだった。
黙って待つ事数分。
ゾルは、上から叱責の声を聞いた。
そしてラキに合図する。
ラキは所定の位置を確認し、そして時を待った。
天井に描かれた魔法陣が薄っすらと光を帯びた。
その時、ラキは何かを言った。
魔法陣が強く光り、そしてテントの中を包み込んだ。
*1:若者が今の発言をしたら単に傲りと思っただろう
パインの思考は次のようなものだった。
同じ時間に生きる人間にとって得られる知識は限られている。
その時間をどのように振り分けるかなのだ。
広く浅く、あるいは狭く深く。
魔導士等の専門職は、狭く深くなのだ。
特に1人籠って追究する魔導士は。
魔導に関するより深い知識を得ているが、
その逆に時世には疎くなる。
そのために高名な魔導士でも、それを知らずに接した者は、
時世知らず、常識知らず扱いする者が多いのだ。
時世に疎かったとしても己よりも遥かな高みの
存在かもしれないのだ。




