要塞都市メルキス
王国が建国された頃、南部の平原は王国の領地では無かった。
北部と南部は、大きく張り出した不帰の森によって
分断されていたため、迂闊に軍を進める事ができなかったのだ。
初代国王は、南部と北部を接続する事業を立ち上げた。
最も薄い場所を見つけ出し、木を伐採する計画である。
不帰の森に住む魔物との戦いは避けられなかったが、
もっとも薄い最西の位置の伐採には成功した。
ついに南北の接続に成功したのだ。
これからは早かった。
接続位置に砦を築き、そこに軍を駐屯させた。
南北の村々の交流が始まると、必然的に砦は交易地となる。
砦の周りに無断で家を建て、住み着く者が多発した。
砦は彼等を取り込むことにした。
それは家々の外側に城壁を作り、砦の一部とする方法だった。
それを立案したのがメルキス将軍だった。
工事は、区画ごとに行われた。
砦を第一区画とし、その周りを取り囲むように、
北から時計回りに第二、第三、第四、第五と
一周が4区画になるように工事が行われた。
中心の砦を第一層、その周りの4区画を第二層と呼んだ。
同時にバリスタ*1等の多くの防衛武器が設置され、
要塞と呼ばれるほどに堅固になっていった。
時代が進む毎に住み着く人々は増え続け、
現在では、第三層にまで膨れ上がった。
住み着いた者達は、この砦の事を要塞都市メルキスと呼んだ。
パインが監視塔を離脱した日の夜、同じ平原では、
ローブに身を包んだ者達が5人、
北に向かって歩みを進めていた。
平原の地に住む者達は決して夜中に移動することは無い。
何故ならば、ゾンビやスケルトンといった不死系の魔物が
徘徊するからだ。
案の定、彼等の前に数多くの不死系の魔物が立ちふさがった。
しかし、彼等は臆する事も無く、魔物を次々と倒しながら、
先へと進んだ。
彼等が要塞都市メルキスに到着したのは朝日が昇る頃であった。
彼等がメルキスの城門を通過しようとしたその時、
「おい、止まれ。」
彼等は門番に止められた。
3人の門番が彼等の前に立ちふさがった。
「お前たちは商人ではないな。
冒険者なのか?」
「・・・」
彼等は何も答えなかった。
「何故何も言わない。
やましい事でもあるのか?」
しばらくして、5人の中の一人が歩み出た。
「旅人。」
「旅人だと。
行先はどこだ?」
「王都。」
「どこから来た?」
「ナカサ村。」
「ナカサ村だと!!」
警備兵の間でざわめきが生まれた。
ナカサ村で何かが起こっているという話は、
警備兵達の間で噂になっていた。
「あの村で何が起こった?」
「魔物に襲われた。」
「なんだって。
すまないが、少し話を聞かせてほしい。」
「わかった。」
そして、彼等は第八区画の城壁内にある詰め所へと
連れて行かれた。
公国大公執務室。
ドリムは、前日の歓迎パーティーでの激痛を思い出し、
苦笑いを浮かべた。
目の前には、大魔導士キーラとパインが座っていた。
ドリム:「それにしても、ローブを脱いでいただいたのは
大失敗でした。
本当に死ぬかと思いましたよ。
それに、いらぬ手間をかけさせてしまって、
心からお詫びいたします。」
前日の夜、大魔導士キーラの歓迎パーティーが催された。
酔ったドリムは、キーラの忠告を無視し、ローブを脱ぐように
仕向けたのだ。
キーラは仕方なくローブを脱ぐことになった。
当然のことながら、魅了が発動した。
そして、パイン、ゾル、ドリム以外の全ての者が魅了された。
パインとゾルは、キーラに会うのは初めてではない。
ドリムは、背中に対魅了用の魔法陣を彫り込んでいた。
ドリムは、激痛を代償*2に魅了をレジストしたのだ。
大変だったのは、その後だった。
キーラは一人一人魅了の解除をしていかなければならなかった。
キーラ:「いえ、こちらこそ、
もう少し詳しく話すべき事でした。」
ドリム:「いや、悪いのは私の方です。
まあ、この話はこれぐらいにして、本題に入ろう。
さて、朝早くから2人を呼んだのは、
問題が発生したからなんだ。」
キーラ:「問題ですか。
それで、どのような?」
ドリム:「要塞都市メルキスはご存知かな?」
キーラ:「知っています。」
パイン:「はい。」
ドリム:「ならば話は早い。
メルキスが襲撃された。」
パイン:「えっ!!」
キーラ:「ふーん、メルキスがね。
それで、完全に落ちたの?」
ドリム:「いや、第八区画の城壁が占拠された。」
キーラ:「第八区画の住民は?」
ドリム:「既に避難を完了してる。」
キーラ:「第八区画は完全に掌握されたということ?」
ドリム:「あぁ、そうだ。」
キーラ:「ならば、最初から第八区画が占拠されたと
伝えるべきですね。
情報が足りないことで、全体に思わぬ不利益を
被る事もあり得ます。
目先の不利益は無視することをお勧めしますわ。」
ドリムは、焦った。
情報を小出しにしようとしていることがばれたのだ。
ドリムは、幼い時から交渉術を叩き込まれてきた。
最も重要なのは、相手よりも多くの情報を持つ事だ。
相手に渡す情報は顔色をみながら最低限の情報ですますこと。
多くの情報を持つ者の方が有利な立場に立てるということだ。
ドリムは無意識の内に発言を制限していた。
メルキスは、王国の都市ではあるが、
その発展には公国も関与している。
多くの公国の商人がメルキスに在住しているのだ。
特に第三層(第五区画から第九区画)には公国の商人が
多く住んでいる。
彼等の利益は公国の利益でもあり、
絶対に守らなければならなかった。
ドリム:(やはり、キーラは一筋縄ではいかない。)
ドリムは、キーラの進言に納得し、
情報の出し惜しみを避けるべきと決断した。
キーラ:「それで、他に情報はないの?」
ドリム:「犯人が5人であることぐらいだな。」
パイン:「5人?
メルキスの駐屯軍は、1万人のはずですよね?
たった5人に占拠されたんですか?」
ドリム:「あぁ、1万人だ。
数日前まではな。」
パイン:「どういうことですか?」
ドリム:「討伐軍だよ。
王都で演習の為、丁度移動していたんだ。
メルキスに残ったのは警備部隊のみで、
1000人程度だ。
居住区と城壁は、半々となり500人だ。
そして区画で考えると50人程度になる。
さらに三交代になるので常時警備しているのは、
十数人だ。」
パインは思った。
確かに十数人ならば、5人いればなんとでもなるだろう。
しかし、この後はどうするのだろう?
キーラ:「何かしらの要求はあったの?」
ドリム:「いや、何も無い。
ただ。」
キーラ:「ただ?」
ドリム:「市民・警備兵問わず行方不明者が多数発生している。
判明しているだけでも十人以上。
あと、警備兵が不思議な力で狙撃されている。」
キーラ:「なるほどね。
それで駐屯軍は、どうしているのかしら?」
ドリム:「王都からメルキスに向けて移動しており、
明日中には、到着する。」
キーラ:「まずいわね。」
ドリム:「どういう意味だ?
まさか奇襲されるとでも?」
キーラ:「まさに、その通りよ。」
ドリムにはとても信じられなかった。
ドリム:「9000人もいるんだぞ。
とても成功するとは思えん。」
キーラ:「別に全滅する必要はないわ。
自ら撤退するように仕向ければいいだけよ。
指揮官の2,3人も倒せば撤退を決断するでしょうね。」
ドリム:「そんなことが、、、。」
そこまで言って、ドリムはパインを見た。
この者なら、神の啓示を受けた者なら不可能とは言えない。
キーラ:「もし、駐屯軍が撤退したとしたら、
メルキスはどうすると思う?」
ドリム:「戦闘を諦め、住民の避難を優先するだろうな。」
キーラ:「そうですね。
そしてメルキスは徐々に占領されることになる。」
ドリム:「むぅ。
一体、どうすればいい?」
パイン:「私が行きます。」
ドリム:「パイン、行ってくれるのか?」
キーラ:「いや、待って。
今の話は、最悪の場合の話なの。
何もそうなるとは限らないし、
それに、貴方は我々の切り札よ。
まだ直接戦闘に使うべきではないわ。
そう。
パイン。」
パイン:「はい。」
キーラ:「私と公国以外の者で、貴方の能力を知っている、
あるいは見たことがある者は誰かしら?」
パイン:「そうですね。
バジール村のアリス、アッシュ、パム、リョウの
4人ですかね。」
キーラ:「ドリム大公。
今の4人を直ぐに保護してください。
パインの情報を敵に渡す訳にはいかないわ。」
ドリム:「早速手配しよう。」
キーラ:「んー、そうね。
メルキスの情報がもっと欲しいわ。
転受の魔法陣が有効ならば、情報収集のため、
誰かを派遣してください。」
ドリム:「第一区画の魔法陣ならば、まだ大丈夫だろう。
手配しよう。」
キーラ:「私は、すぐに国王に会いに行きます。
ドリム大公も一緒に来てください。」
ドリム:「分かった。」
キーラ:「パイン、貴方もついていらっしゃい。」
パイン:「分かりました。」
キーラ:「ドリム大公。
パインに同行していた、ゾルという若者も
一緒に連れて行きたいんですが、可能ですか?」
ドリム:「もちろん、かまわない。」
この時、ドリムには気になる事があった。
この占領の主犯が、ゲイルかどうかだった。
ドリム:「キーラ。
主犯は誰だと思う?」
キーラ:「さあね。
もしかして、ゲイルだと思っているのかしら。
あながち間違いとはいいきれないけど、
その可能性は、まだ6割というところでしょうね。」
ドリム:「山に籠っていたのに、何故ゲイルの事を。」
キーラ:「私が時事に疎いと思っているのかしら?
私は、たぶん誰よりも詳しいわよ。
全てを見ていたからね。」
ドリムは、キーラの発言に不気味な恐怖を感じていた。
ドリムは短時間しかないにも関わらず迅速に事を進めた。
実際に事を進めたのは部下であったが、
その指示の的確さと素早い行動はキーラも褒めていた。
まずは、国王との謁見だ。
急な国王の謁見は通常であれば不可能であった。
しかし、国王は予定をキャンセルし、
正午に謁見の場を設ける事となった。
次にパインとの約束。
パインは無事に任務を達成したことにより、
異例の2階級昇進*3であるアイアンの称号と共に
ノリスの持っていた白い玉に触れる事ができた。
昇進については、ドリムはパインの実力からして、
もっと上位のランクを与える事も考えたが、
キラーの『不自然すぎる。』という一言で撤回された。
パインは魔導士であるが、使用できる魔法が低位すぎる為、
魔導士のランクとしては不自然だった。
そこで、キーラ、ゾル、パインの3人をチームとして、
アイアンを与える事となった。
白い玉に触れる事によって得られた能力は、
暗視能力であった。
そして、4人の保護。
バジール村の4人は、公国への招待という形で話を進めた。
アリスを除く3人は、招待に応じた。
しかしアリスは、司祭の不在を理由に辞退した。
そこで、公国から司祭を派遣する旨を伝えると、
快く招待に応じた。
なお、メルキスの情報収集については、
無事に潜入したこと以外は特筆することはない。
全ての処理を済ませた後、4人は転移の魔法陣へと向かった。
*1:バリスタ
据え置き式の大型弩砲(大型弓)。
てこ原理を用いて弦を引き絞り、石や金属の弾、
極太の矢(あるいは矢羽のついた槍)、複数の小型の矢、
火炎瓶などを打ち出した。
*2:激痛を代償
国のトップは魅了魔法を防ぐため身体のどこかに
対魅了用の魔法陣を刺青として彫り込む。
この魔法陣は魔法障壁と同じようにチャーム魔法を
別の無害なものに変換する。
その変換の過程で激痛を伴うのだ。
その痛さは、魔法の強さに比例する。
*3:異例の2階級昇進
存命中の冒険者ランクの2階級昇進は冒険者協会設立以来、
3事例目のことであった。




